第57話
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その日の夜。
王宮で最も高い見張り台に、私はジェロームを呼び出した。
二人きりで話がしたい。
そう言って。
ジェロームは警護もつけず、鎧すら身に着けず、現れた。
私のことを、少しも疑っていないからだ。
「マリヤ様、お話とは?」
いつも冷静なその表情が、やや高揚しているように見える。
……私から『二人きりになりたい』などと言うのは初めてなので、もしかしたら、ロマンチックな展開を期待しているのかもしれない。
いや、違うかな。
ジェロームの表情は、『高揚』と呼ぶには少々固い。
私と同じく、何かを覚悟しているように見える。
そんなジェロームに、私は単刀直入な問いをぶつけた。
「ジェローム。あなた、本当にクーデターを起こす気なの?」
持って回った駆け引きをするつもりはなかった。小細工を嫌うジェロームなら、私のまっすぐな問いに、まっすぐ答えてくれると信じている。そして彼の答えが、私の迷いを打ち消すようなものであったなら、その時は――
ジェロームは、しばし黙った。
月のない夜。
雲の多い夜。
風が冷たい。
しかし、寒さは感じなかった。
緊張しているからだろう。
やがて、ジェロームは口を開いた。
「はい。決行は三日後。私は軍部の半分を掌握しました。現王政派との力は五分と五分。恐らく、壮絶な戦いとなるでしょう」
三日後――
良かった。
もう少し迷っていたら、手遅れになるところだった。
私は乾いた唇を、ゆっくりと動かしていく。
「その『壮絶な戦い』の結果、多くの人が死ぬことは、当然わかっているわよね?」
「はい」
「戦闘員だけではなく、民間人もよ。絶対に巻き込まれる人が出る、そうよね?」
「はい」
「それでもやるの?」
「はい」
「どうして? あなたは、エリウッド様より自分の方が王にふさわしいと思っているの?」
「…………」
お返事人形のように『はい』『はい』と答えていたジェロームが、黙った。
私は、なおも畳みかける。不思議と、心は落ち着いていた。こんなことなら、あれこれ悩むより、最初からジェロームと直接話をすべきだったのかもしれない。
「あなたは、今の立場に不満があるの?」
「…………」
「それとも、お母さんの宿願を叶えるために、王座に就きたいの?」
「…………」
「あなたはエリウッド様を……そして、リザベルト様を、憎んでいるの?」
そこでやっと、ジェロームが口を開いた。
錆びついた扉より、彼の口は重かった。
「あるいは、そうかもしれません。母を殺した太后リザベルト様と、兄弟として仲睦まじく過ごしながら、ある日突然態度を変えたエリウッド様を、私は恨んでいるのかもしれない。だから……」
「あるいは? かもしれない? そんなあやふやな理由で、クーデターを起こすっていうの? しっかりしてよ。あなた、誰よりも冷静で、状況が良く見えている人だったでしょ?」
再び、ジェロームは黙り込んだ。
風が強まる。
彼の赤髪が大きく揺れた。
そして、強かった風が嘘のように収まるのと同時に、ジェロームは語り始めた。
「最初は、ハッキリとした理由がありました。マリヤ様、あなたも同席したオルソン聖王国との会合でのエリウッド様の稚拙な振る舞い。あれを見て、『この方にはとてもパーミルを任せることはできない。たとえ血が流れるとしても、誰か、ふさわしいものが頂点に立たねば、国が亡びる』そう思いました。しかし……」
「しかし?」
「戴冠してからの短い期間で、エリウッド様は劇的な成長を遂げられた。もはや以前とは別人。堂々たる王です。思い知りましたよ。私と彼の、持って生まれた天分の違いを。私は所詮『補佐者』。自らが頂点に立つ器ではなかった。今の立場に不満はありませんし、亡き母の宿願を果たすことも、正しい道とは思えない」
「ならどうして、クーデターを中止しないの?」
「このクーデターは、もはや私一人の意思で決行するものではないからです。先王から現国王――エリウッド様への権力移行時に、王宮内での派閥闘争に敗れ、日陰者になってしまった重臣たち。それに伴う軍部の再編で、それまでいた地位から降格された将校たち。そういう者たちの想いも、私は背負っているんです」
「…………」
「彼らとて、パーミルのために懸命に尽くしてきたのに、ほんの少しのことで立場が大きく変わってしまった。……彼らは過去の地位と誇りを取り戻すため、私にすべてを賭けたのです。そんな彼らの信頼を、今になって裏切ることなどできるはずがありません。だから、間違った道とわかっていても進み続けるしかないんです」
「そう……誠実と言えば誠実だけど、ほんっとうに頭が固いわね、あなた」
「生まれついての性分ですから。……マリヤ様、力づくで、私を止めますか? 今日はそのために呼び出したのでしょう?」




