第56話
私の言葉遣いが変化したのは、リザベルトと過ごす時間が長かったせいだろう。人は、つきあう相手の影響を多分に受けてしまうもの。いつの間にか、私の立ち振る舞いは、以前とは大きく違うものになっていた。
「エリウッド様は、以前の私の方が、お好きでしたか?」
「言葉遣いや身のこなしで人の内面が変わるわけではない。お前の振る舞いたいように振る舞えばいいさ。ただ、少々寂しくはあるな。お前には、気など使わず、距離を詰めて接してほしかったが、これではますます距離は遠のくばかりだ」
私は苦笑して言う。
「今やパーミルの国王陛下となられたエリウッド様に、気を使わないというわけにはいきませんよ。こうして隣り合って、物理的に距離を縮めてるだけで、我慢してください」
「おっ、その生意気な物言い。少しずつ昔の勘が戻ってきたようだな、嬉しいぞ」
そして私たちは、手を握り合ったまま、しばらく黙っていた。
その静寂を、エリウッドが打ち破る。穏やかな水面に小石を落とすように。
「なあ、マリヤ。『国王となった俺に気を使わないわけにはいかない』というのなら、お前も俺の隣に来てくれないか? そして今度こそ、気を使わずに、ごく自然に、接してほしい」
「隣になら、今座っているじゃないですか?」
「そういうことじゃない。俺の隣――つまり、妻になってほしいと言っているんだ」
「えっ……」
「戯れで言っているのではないぞ。俺は、女にこれほど心を許したのは初めてだ。お前と話していると……いや、話をしていなくても、共にいるだけで心が安らぐ」
「…………」
「おっと、もう休憩時間の10分が経ってしまったな。そろそろ政務に戻らねばならん。マリヤ、重ねて言うが、いま述べたことは戯れではない。また次に会う時までに、答えを決めておいてくれ。それではな」
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考えなければならない重大事項がまた一つ増え、ますます悩みを募らせる私は、久方ぶりに城下町を訪れた。時刻は昼下がり。向かったのは、いつだったか、メリンダと二人で話をした公園だ。
……この時間帯にあそこに行けば、お昼の休憩時間を潰しているメリンダに会えると思ったのだ。とにかく、王宮内の問題と無関係な人と話がしたかった。
しかし、メリンダはいなかった。
どうにも気になって、役所へと足を運ぶ。
すると、役所の庭園から、楽しげな声が聞こえてきた。
話していたのは、役所の職員と思しき女性たちと、メリンダだ。
メリンダは変身をといており、普段通りの姿で、職場の仲間たちと語らい、食事をとっていた。食べているのは、あの携帯食のエネルギースフィアではなく、手作りのお弁当。かつて、『料理をする時間も、食事をする時間ももったいない』と言っていたメリンダだったが、何か、大きな心境の変化があったのだろう。
それにしても、本当に楽しそうだ。
……そっか。メリンダは自分の殻を破り、職場の人たちと馴染むことができるようになったのね。この様子なら、お兄さんとの関係も、きっと改善したでしょう。本当に良かったわ。
私は、そっとその場を後にした。
自分で言うのもなんだが、今や私はパーミルで知らぬ人などいない有名人だ(実は、今も正体がバレないように、いつぞやのジェロームのような黒いローブを着ている)。そんな私がノコノコ出て行って話しかけたら、穏やかなお昼休憩の空気を間違いなく壊してしまう。ここは、静かに立ち去るべきだろう。
仕方ない。このまま王宮に帰りますか。
そう思い、王宮への坂道を歩いていると、近くの商店で聞き覚えのある声が聞こえた。……なんと商店の主は、オルソン聖王国から追放された私を、パーミル王国まで馬車で送ってくれた、行商人のホランドさんだ。
懐かしさのあまり声をかけると、ホランドさんは「ははーっ」と平伏してしまった。それから、近況について語ってくれる。パーミル周辺には魔物が出なくなったものの、他国では依然として魔物の増加が続いているので、行商をやめ、思い切って店を構えたそうだ。
そして、その新しい商売が軌道に乗り、今では行商人時代の三倍は稼いでいるという(よく見ると、お腹周りが随分と膨らんでいる。良いお酒やごちそうを少々食べすぎているようだ)。
……みんな、上手くいっているのね。辺りを見回せば、ホランドさんのお店以外も活気に満ちており、道行く人々も幸せそうだ。権力が移譲されるときは、多少は国が乱れるものらしいけど、パーミルに限っては、目に見えて国が安定したように思える。これも、エリウッドが身を削るような思いで政務に励んでいるからね。
その、みんなの幸せが、もしかしたら壊れるかもしれない。
ジェロームのクーデターによって。
そして、ジェロームを止められるのは、きっと私だけ。
王宮への帰り道。
冷たい風が、黒いフードからこぼれた私の黒髪を、さらりと揺すった。
私は、覚悟を決めた。




