第53話
「ジェロームが心を許し、参謀総長となった今も警護を続けている女性。つまり、あなたのことよ、マリヤちゃん。二人きりの時に、あなたが破壊の力を使えば、たやすくジェロームを……」
「やめてください、そんな話!」
私は耳を塞いで叫んでいた。
悲しかった。
ジェロームがエリウッドに反旗を翻そうとしていることも。
ジェロームを止めるために、彼を殺すことができるのが私だけであることも。
……恐らくはリザベルトが、ジェロームを殺す『手段』にするために、私に実の母親のように接し、優しくしていたのであろうことも。
リザベルトは小さく息を吐き、優しく、諭すように言う。
「ごめんなさいね、嫌な話をして。でも、誤解しないでほしいんだけど、あなたと親しくしたのは、単に暗殺の手駒にするためじゃないわよ。パーミルの聖女と祭り上げられている異世界からの来訪者が、どんな人格で、どのくらいこの国のことを思ってくれているか、それを見極めたかったのもあるの」
「…………」
「少なくない時間を一緒に過ごした結果、あなたは心優しく誠実で、エリウッドにも好意を持っていて、何より、自分を受け入れてくれたこのパーミル王国を大切に思ってくれていることがよく分かったわ。だから、誤魔化したりせずにすべてを話そうと思ったの。あなたならきっと、正しい決断をしてくれると思うから」
「……正しい決断って、ジェロームを暗殺するってことですか?」
「そうよ」
「嫌です。私、殺し屋じゃない」
「そうね。でも、わたくしだって殺し屋じゃないけど、大切な国を守るため、多くの人を殺してきたわ。人の上に立つ者には、冷酷な決断をしなければならない責任があるから」
「大切な国を守る……人の上に立つ者の責任……」
「少し、わたくし自身の話をしましょうか。そして、思いを巡らせてほしい。自分が今いる立場と、その責任について」
「…………」
「前に言ったでしょ? 『わたくし、家柄があまり良くない』って。あれ、別にあなたの気を引くための嘘じゃなくってよ。わたくしはね、あのオルソン聖王国の最下級貴族の生まれなの。マリヤちゃん、あなたも、あの国の差別意識の強さは、よく知ってるわよね?」
私は小さく頷いた。
「わたくしの髪、少し色が濃いでしょう? オルソンでは、色素の薄い金髪こそが高貴な色であるとされ、色素の濃い金髪は下品な色として蔑まれるの。わたくしはこの髪色のせいで、子供の頃から徹底的に罵倒されてきたわ。父や母までわたくしの髪を汚い汚いと言うので、わたくしは自分のことを価値のないゴミだと思うようになった」
私がこの黒髪を罵倒されたのは、オルソン聖王国に召喚された当日――ただ一日であった。それでも身を切られるように心が痛んだのに、幼少時から自分の存在を否定され続けたリザベルトはどれだけつらかっただろう。私は彼女の苦しみを想像し、唇を噛んだ。
「でもね、とあるきっかけでパーミルの国王陛下と出会い、彼はわたくしの髪を『なんと美しい』と褒めてくれたわ。最初はからかわれているのかと思ったけど、彼の誠実な瞳を見て、そうじゃないとわかった。しかも彼は、政治的には何の価値もない最下級貴族の娘であるわたくしを、妻に娶りたいとまで言ってくれた……」
今は亡き先王との思い出が浮かんできたのか、厳しかったリザベルトの顔が、少しだけ緩んだ。
「そして、パーミルの国民たちも、わたくしのことを『美しい王妃様』と言って歓迎してくれたわ。わたくしはこのパーミルで、生まれて初めて人としての尊厳と居場所を手に入れることができたのよ。マリヤちゃん。オルソンを追い出されたあなたならこの気持ち、少しは分かってもらえるかしら?」
「はい……リザベルト様の長い苦しみとは、比較になりませんけど……」
リザベルトは首を左右に振った。
「苦しみの大小を比べても仕方がないわ。異世界から連れてこられたあなたの苦しみも、わたくしには想像がつかないもの。ただ、ひとつ言えるのは、わたくしとあなたは、似た者同士ってことよ。だからかしらね、とても話しやすいのは」
「…………」
「このパーミル王国は、わたくしの誇りそのもの。守るためならなんだってするわ。たとえ、万民に冷酷な王妃と恐れられ、残虐な殺人者と罵られてもね。それでもわたくしは国を愛し、民を愛します。だから、民を害する可能性のあるものは、排除しなければならない。わかってくれるわね」
「…………」
「今すぐに結論を出せとは言わないわ。でも、ジェロームのクーデターは、そう遠くない未来に起こる。だからなるべく早く、考えてみてほしいの。自分がすべきことについて」
「……わかりました。あの、最後にひとつだけ、聞いてもいいですか? 今となっては無意味な話かもしれませんけど」
「なに?」
「国の安定を保つためなら、国王陛下と相談して、長女であるグラディスさんを王位継承者にすれば良かったのでは? 彼女は豪胆かつ繊細な心遣いができ、人の上に立てる器です。グラディスさんが女王なら、エリウッドもジェロームも納得したでしょうし、すべてが丸く収まっていたんじゃ……」




