第50話
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その日の夜、私はリザベルトの私室に向かった。
パーミルの聖女として、王族に匹敵する立場の私ではあるが、それでも夜に太后の私室を訪ねるなど、普通なら無礼千万、許されることではない。
しかしリザベルトは、『あなたならいつでも歓迎よ』と言い、私たちはしばしば夜に、楽しい語らいの時間を過ごしていた。侍女たちも下がらせて、二人きりで。
本来なら、リザベルトと二人で過ごす時間は、私にとってこれ以上ないほどの安らぎの時間なのだが、今日は違っていた。私の体は緊張で硬くなり、踏み出す足も、口から出る言葉も重たい。
当然だろう。だって今日は、グラディスが述べていたことの真偽を確かめるために、この部屋を訪れたのだから。……私はグラディスが嘘をつくような人ではないと信じているが、同じくらいリザベルトのことも信用している。だから、リザベルトに直接疑問をぶつけて、すべてが何かの間違いであると言ってほしかった。
だがリザベルトは、私の問いに対し、いつも通りの穏やかな口調で、残酷な事実を述べる。
「ええ、そうよ。わたくし、グラディスとジェロームの母親を処刑しましたわ。重要なことですから、他の誰に命じるわけでもなく、自分の手でね」
足元が崩れ行くような衝撃。
私は、へたり込みそうになるのをなんとか堪え、蚊の鳴くような声で問う。
「どうしてそんなことを……?」
今の私は、きっと泣きそうな顔をしているだろう。
そんな私をなだめるように、リザベルトは母性溢れる笑みで言う。
「あらあら、待って待って。マリヤちゃんったら、もしかしてわたくしが、嫉妬に狂ってあの女を殺したと思っているのかしら? 違うのよ。確かに、ほんのちょっぴり。ほんっとうにちょ~っぴりだけヤキモチを焼いた時期もあったけど、そんなことで人を殺すほど、わたくし浅ましい女ではありませんわ」
リザベルトはそこで言葉を切り、今にも倒れそうな私を支えるようにして、椅子に座らせてくれた。いつもと全く変わらない、たおやかで優しい所作だった。
「えっと、マリヤちゃんは、あの赤毛の女がパーミルにやってきた経緯について、どれくらい知っているのかしら?」
「確か、お医者さんが先王陛下の生殖能力に問題があると診断して、子供を作るのは難しいと判断されたんですよね? でも、世継ぎが生まれないと国が乱れるから、高名な祈祷師に頼んで、子宝に恵まれる可能性がある女性を探させて、それで、その赤毛の女性が連れてこられたって聞いています」
「あら~、よく知ってるのね。どこかのお喋りさんが、ペラペラしゃべっちゃったのかしら。……あの反逆者どもについて語ることは、固く禁止しているのに、困ったものね」
『反逆者ども』という言葉を口に出した瞬間、優しいリザベルトの甘い声が、一瞬苦いものになった気がした。だが、それは本当に一瞬のことで、リザベルトはまたいつもの調子で語り続けていく。
「実はね。その医者と祈祷師は、グルだったのよ。医者の方は、ただでさえ病弱な夫の生殖能力を弱める薬を処方して、子供が生まれないようにし、祈祷師に頼るように仕向けたの。そして祈祷師は、怪しまれないように時間をかけて身分を改ざんした、自分の身内の女を連れてきた。……それがあの、赤毛の女よ」
いつの間にか、リザベルトの口調が少し変わっていた。
声色自体は相変わらず柔らかいが、いつものぽわぽわとした雰囲気が、ごっそりと抜け落ちてしまっている。まるで、鋭利な刃物を優しく包んでいた綿が、無くなってしまったかのようだった。
「奴らはね、先王と赤毛の女との間に世継ぎを作らせ、自分たちが摂政となり、ゆっくりとこの国を牛耳るつもりだったのよ。医者の方は、代々王家の診察を受け持つ由緒ある名家で、祈祷師もまた信任が厚い、王家の相談役的な立場だったから、まさかこの二人が手を組んで国家の私物化をもくろむとは誰も思わなかったのよね」
「ひどい……」
「そう、酷い話よ。信義も何もあったものじゃないわ。でもね、わたくしは何かおかしいって気づいたのよ。だって変でしょう? わたくしと夫の間には長年も子供が生まれなかったのに、あの女が寝室に入った途端、まるで魔法か何かのようにポンと子供が生まれるなんて。それでわたくし、徹底的に調査をすることにしたの」
それまで立っていたリザベルトが、私の向かいの椅子に腰を下ろした。
そして、遠い過去を思い起こすような瞳で、話を続ける。
「あの医者や祈祷師とつながりのある者に、厳しい尋問をおこなったわ。時には拷問もした。わたくしが王宮内で恐れられているのはそのせいよ。酷いわよね。汚らしい簒奪者どもからこの国を守るため、必死に頑張っただけなのに。まあ、それは別にいいわ。とにかくその結果、奴らの反逆行為の決定的な証拠をつかんだのよ」
「えっと、それで、どうなったんですか……?」
「当然、医者と祈祷師の一族は皆殺し。ただ、奴らが企てた陰謀は表沙汰にはしなかった。マリヤちゃんも知っての通り、パーミルの近辺はタチの悪い国ばかり。たかが医者と祈祷師ごときに、あわや国を乗っ取られるところだったと知れたら、北のラングあたりが『なんて弱い王家だ』と見下して、全軍侵攻してくる危険があるからね」




