第49話
「普段は好人物を装っていても、勝負事に負けた際、本当の人格という奴が表に出てくる。戯れの試合とはいえ、ラング王は部下の前で、女の私に負かされたのだ。普通は間違いなく、気分を悪くする。『力こそ正義』を信条とするラング人ならなおさらだろう。正直『しまった』と思ったよ」
当時のことを思いだしたのか、グラディスの顔が一瞬硬くなった。
「パーミルとラングが敵対関係であったことも忘れ、酔っぱらって愚かなことをしたと後悔した。ラング王は誇りを守るため、大勢の衛兵たちに命じ、この場で私を始末するかもしれない。もう一度言うが、本当にしまったと思った。たぶん、人生で一番自分の愚かさを呪った瞬間だったろうな」
「…………」
「だがラング王は、つまらぬ見栄など一切張らず、純粋な敬意をこちらに向け、私の剣技に賛辞の言葉を贈った。……真の強者とは、虚栄心などなく、他人の強さを認めることができる者だ。それに比べて、遊びの場でムキになって王を倒してしまった私の、なんと弱いことか。そう悟った瞬間、一瞬で彼に惚れ込んでしまった」
中空を見つめるようにしてそう語るグラディスの、ぽーっと熱に浮かされたような顔は、まごうことなき恋する乙女のものだった。
私は微笑して言う。
「私、グラディスさんの豪胆なところとカッコいいところしか知りませんから、なんだか、普通の女の子みたいに好きな人の話をしてる(好きになった理由は普通っぽくないけど)のを見ると、可愛いって思っちゃいます」
その言葉で、グラディスは顔を赤くし、拗ねたように口を尖らせる。
「もういい。からかうならこれ以上喋らない」
「からかってませんってば、だからもうちょっと喋りましょうよ、恋の話」
「やだ。もうしない」
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しばらくして機嫌を直したグラディスは、真剣な表情で私に向き直った。
「ところでマリヤ。王宮の者たちに私がいない間の報告を色々聞いていたのだが、お前最近、随分太后様と親しくしているそうだな」
「ええ。リザベルト様にはとても良くしてもらっています。この前なんて、お菓子の作り方を習って、一緒に……」
楽しげに語る私を見ながら、グラディスは重たい吐息を漏らした。それは明らかに、私とリザベルトの距離が縮まったことを良く思っていないリアクションだった。
気分を害した――というほどではないが、大好きなリザベルトを悪く言われているような感じがして、私は少しだけトゲのある言葉を発する。
「なんですか、そのため息」
「いや、もうすっかり太后様に夢中だなと思ってな」
「それは、そうですよ。リザベルト様は、とても素敵な方ですし」
「そうだな。表面上は魅力的だな」
「表面上はって……それじゃ、実体は違うみたいじゃないですか」
「その通りだ。持って回った言い方は嫌いだから、単刀直入に言おう。マリヤ、太后様から距離を置け。このままでは、きっと良くないことが起こるぞ」
「良くないことって……どういうことですか?」
「ハッキリしたことは分からない。だが、最近どうにも王宮内がきな臭い。そんなタイミングで太后様が戻って来て、お前とやけにベタベタしているのが引っかかるんだ。太后様はもともと、あまり積極的に他人と関わるタイプではないからな」
「その言い方だと、まるでリザベルト様が、私を何かの目的のために利用しようとして、わざわざ近づいてきたって言ってるみたいですね」
「その通りだ。お前はまだ付き合いが浅いからわからないだろうが、太后様は恐ろしい方だぞ。普段は愛情深いが、自分の敵に対しては、命を奪うことを一切躊躇しない冷徹な……」
気がつけば私は、グラディスの言葉を遮るように声を荒げていた。
「リザベルト様のこと、悪く言わないでください!」
ふーっ、ふーっと、自分の荒い呼吸音が耳に届いて来る。
リザベルトを悪く言われたこと、そして、彼女が私を利用しようとしていると言われたことで、これほどまでに自分の感情が昂るとは思いもしなかった。
グラディスの言う通り、私はすっかりリザベルトに夢中になっているのかもしれない。それも病的なほどに。……そう考えると少しだけ冷静になり、私は一度深呼吸をして、グラディスに謝罪した。
「ごめんなさい、グラディスさん。大きな声を出したりして……」
「いや、いいんだ。お前を説得しようとするあまり、私も話を急ぎすぎた。私もまだまだだな。太后様が絡んだ話になると、少々熱くなってしまう。ここはお互いに、少し頭を冷やすとしよう」
そう言って微笑すると、グラディスは席を立った。
この場を去り行く彼女の背中に、私は問いかける。
「あの、グラディスさん。リザベルト様は『自分の敵に対しては、命を奪うことを一切躊躇しない』って言いましたよね」
グラディスは背中を見せたまま答えた。
「ああ」
「それってつまり、リザベルト様が、過去に誰かを殺しているってことですか?」
「そうだ」
「いったい誰を?」
グラディスは歩みを進めながら、ぽつりと言った。
「私の母だ」




