第46話
そんなふうに悩んでいるうちに、ジェロームは私からすっと身を引いた。自分の額に手を当て、熱に浮かされた頭を冷やすように何度か首を左右に振る。その表情は、これ以上ないほどの後悔と罪悪感に溢れていた。
「……失礼しました。激情に任せて、浅ましく、無礼なことをしてしまうところでした。警護者として……いえ、あなたを愛する者として、あるまじき振る舞い。どうか、お許しください」
そう言って深々と頭を下げた後、顔を上げるジェローム。
その視線は、先程までより冷静だが、強い意志を感じさせるものだった。
「しかし、今さっき述べたこと、ただひとつとして偽りはありません。私の想いと、エリウッド陛下の想い。あなたにとって、どちらが大切なものか、それについては、少しだけ考えていただけますか?」
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私は最近、ちょっと疲れていた。
別に、働きすぎとか、寝不足とか、そう言うわけではない。
パーミルの聖女として、多少は儀式的な仕事をこなさなければならなかったが、どんなに長くても丸一日かかるような儀式はないので、ハッキリ言って仕事としては相当楽な部類だろう。
私の疲れは、精神的なもの――いわゆる、気疲れという奴である。
エリウッドとジェロームの間で板挟みになり、彼らの仲を何とか取り持ちたいと思いつつ、二人の想いについても考えなければならず、なんだか無性に疲れてしまった。
以前はグラディスがよく相談に乗ってくれたのだが、エリウッドが正式に王座についてからは、グラディスは先王の長女にして、現国王の姉という貴重な立場を活かし、頻繁に外交活動をおこなっていた。そのため、国を出て何日も戻らないことが多く、あまり話せる機会がなくなっていた。
気さくで豪胆、それでいて繊細な気遣いもできるグラディスとの語らいは、私にとって思った以上に癒やしになっていたらしく、彼女と話せないことで、こんなに鬱屈が溜まっていくとは自分でも意外だった。
そんな悶々とした気持ちの中。私の精神状態とは裏腹の明るい日差しが差し込む中庭で、私は『あの人』に出会ったのである。
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彼女は、太陽の光を受け、眩いほどに輝く金色の髪を揺らしながら、こちらに歩いて来た。微笑を浮かべる口元は、どこまでも優しく、美しい。『まるで女神のような』という表現は、よく使われる比喩であるが、私はこの時まさしく、『まるで女神さまだわ』と思った。
金色の女神は私に対して麗しい仕草で頭を下げる。
私も、慌てて頭を下げる。それから、二人はほとんど同時に頭を上げた。
そして、金色の女神は口を開いた。
「聖女マリヤ様ですね。はじめてお目にかかりますわ」
声までも、美しかった。
金色の女神は私の手を取り、言葉を続ける。
「わたくしはリザベルト。このパーミルの王妃ですわ。……いえ、ちょっと待ってくださいね。今はエリウッドが王となったのですから、わたくしは太后ということになるのかしら?」
ぽーっとしていた気持ちが、一気に引き締まった。
王妃リザベルト――エリウッドから聞いていた話では、冷酷で恐ろしい人だという印象だが、今こうして目の前にいる彼女からは、一切の迫力を感じない。むしろ、こんなに優しそうでおっとりした人、初めて見たという感じである。
とにもかくにも、太后様に自己紹介されては、こっちだっていつまでも黙っているわけにはいかない。私も、自分について少し語ることにした。
「私、黒木真理矢……いえ、マリヤと申します。あの、一応、パーミルの聖女をやらせてもらっています」
リザベルトは私の手を握ったまま、ニコニコと頷いた。
「存じておりますわ。あなたのおかげで、パーミル周辺はすっかり平和になったとのこと。亡き夫も、魔物の増加で苦しむ民の姿に胸を痛めておりましたから、それが解決して何よりですわ。夫に代わり、感謝させていただきます」
そして、ペコリと頭を下げる。
「い、いえいえ、そんな……」
……なんか、凄く穏やかで朗らかな人ね。よそ者の小娘が王宮を我が物顔で歩いてたら、正直もっとムッとするものだと思うけど(最初に召喚された国が最悪だったので、異世界の王族に対し、いまだに偏見のある私)、この人には、そういう狭量さがまったくない。
聞いてた話と全然違うわ。
残忍で冷酷な、恐怖の王妃様じゃなかったの?
そんな思いがありありと顔に出ていたのか、リザベルトはちょっとだけ悲しそうな顔になって、寂しげな微笑を浮かべた。
「もしかして、わたくしについて、あまり良くない噂を聞いていますか?」
「えっ、いやっ、そんな……」
咄嗟にごまかそうと思ったが、そんな器用なことはできないので、嘘をつくのが一番失礼と思い、私は素直に「少しだけ……」と言って頷いた。
「まあ、そうですか。実を言いますと、わたくし、王宮の皆様にあまり好かれておりませんの。それで、たびたび意地悪な噂を流されてしまうのですわ。悲しいことですが」




