第42話
少々生意気なお説教ではあるが、まあ、こちらとしても非常に危ない目に遭ったのだから、これくらい言う権利はあるだろう。エリウッドは顔を伏せて黙っているので、私はなおも言葉を続ける。
「私の破壊の力にも、限界があります。グラディスさんがうまくハッタリをきかせてくれなかったら、今頃どうなっていたことか……」
エリウッドは、やはり何も返事をしない。もしかして酔いつぶれて寝ているのかと思い、少々憤慨して顔を覗き込むと、意外にも、酷く反省したエリウッドの面持ちが目に入り、私は思わず黙ってしまった。
沈黙してしまった私の代わりに、エリウッドがぽつ、ぽつと言葉を紡いでいく。
「すまん……返す言葉もない……俺の軽率な行動で、皆の命を危険にさらしてしまった……」
痛々しいほど、力のない言葉だった。
本当に、心の底から申し訳ないという感情のこもった言葉でもあった。
エリウッドは少しだけ顔を上げ、私の目を見て話し続ける。
「酒が入っていたせいもあるが、あんな下劣な男に、パーミル王国を軽んじられ、誰よりも誠実であった父上を侮辱され、挙句の果てに、出たくもない会談にわざわざ出てくれたお前のことを、目の前で徹底的にコケにされて、完全に理性を失ってしまった……」
「私のために、怒ってくれたんですか?」
「綺麗な言い方をすればそういうことになるかもしれんが、結局のところ、俺は自分の感情を抑えられなかっただけだ……重ねて謝罪する……すまん……」
私は何と言葉を返していいか分からず、黙り込む。
……エリウッドのとった行動は軽率だったと思うが、それでも、少しだけ嬉しい気持ちが、自分の中にある。だって私自身も、オルソン聖王国の王子にこれ以上ないほどの侮辱を受け、我慢の限界だったから。
あそこでエリウッドが怒ってくれなかったら、私は逆上して、オルソン聖王国の王子に対し、破壊の力を使っていたかもしれない。
もしもそうなっていたら、今とは比べ物にならないほどまずい状況になっていただろう。さすがに、王子を殺した私をそう簡単に逃がしはしないと思うし、私自身も、殺人者となってしまうところだった。あんな最低の男を消し飛ばして、一生人殺しの十字架を背負って生きていくのは嫌である。
そう考えると、私のために怒ってくれたエリウッドに対し、改めて感謝の気持ちが込み上げてくる。さっきは『少しだけ嬉しい』という控えめな表現をしたが、実際のところは、私は彼の行動をとてもありがたく思っているのだろう。
とにかく、これ以上エリウッドを責めても事態は好転しない。グラディスが言っていた通り、今回の騒動で、パーミルとオルソンの同盟関係はおしまいだろうが、なんとか戦争にはならないように、今後のことを話し合っていくしかない。
オルソン聖王国を脱出した三台の馬車は、すでに国境を越えてパーミルの街道を走り続ける。行きとは違い、先頭の馬車に私とエリウッドが乗り、手練れの衛兵二名が御者をしている。
真ん中の馬車には大臣たち。そして、グラディスとジェロームが最後尾の馬車に乗って、しんがりを務めていた。追手が来た場合、即座に対応するためである。
しかし、それは無用の心配だった。穏やかな月明かりの中、私たちは何事もなくパーミル王国に到着し、王宮の広場にて、皆馬車から降りる。大臣たちは、ひとまず危機を脱したことで力が抜けたのか、その場に座り込んでしまった。
エリウッドも、ジェロームも、いまだに硬い顔をしている。きっと、私も似たような表情なのだろう。そんな中、グラディスだけが、燃え盛るような長い赤髪を揺らして、豪快に笑っていた。
「いやあ、面白かったな! 見たか、あの厭味ったらしいオルソン聖王国の王子の泣きっ面を、積年の恨みが晴れて、気持ちがスッとしたぞ」
この状況で、ただ一人、うろたえていない。
まったくもって豪胆な人である。
ジェロームは呆れたように小さく息を吐き、言葉を返す。
「姉上、笑い事ではありません。オルソン聖王国の王子の顔を蹴飛ばし、傷をつけたということは、オルソン聖王国の権威に傷をつけたも同様。当然、これまでの同盟関係は決裂し、彼らは軍隊を編成して、今夜のうちに攻め込んでくる可能性すらあります。こちらも、至急対策を練らなければ」
だがグラディスは、余裕の笑みで言う。
「案ずるな、その心配はない。たぶんな」
「何故?」
「わからんのか? 本当に?」
「は、はい」
「ジェローム、お前は賢いが、頭が固いな。ちょっと考えればわかることだぞ」
「もったいぶらずに教えてください。何故、オルソンは攻めてこないのですか?」
「簡単なことだ。そんなことをしたら、体裁が悪いからだよ」
「体裁が悪い?」
「いいか、今回のことでパーミルとオルソンの友好関係はおしまいだろうが、それでも、正式に同盟決裂の調印式を執り行うまでは、同盟関係は維持されたままだ。それを無視し、怒りのままに攻め込んでくるなどありえん。オルソンの連中は、どの国よりも体裁を気にする、見栄っ張りの集まりだからな」




