第39話
「奪い取るだなんて、人聞きの悪いこと言わないでくださいよ。さっきも言ったでしょう。その女は、もともと我々が召喚したのです。最近急激に数を増やしている魔物どもから国を守るためにね。まあ、見た目が気に入らないので、一度は捨てましたが。でも、いらないと思った道具が、やっぱり必要になることってあるでしょう?」
「マリヤを侮辱するな。彼女は道具じゃない」
「そうでしょうか? エリウッド君。あなたも結局のところ、魔人を駆逐するための便利な道具として、その女を上手に使っているだけなんじゃないですか? 『伝承の聖女』などと、大層な称号を与えて祭り上げ、気分を良くさせてね」
オルソン聖王国の王子の嫌味な言葉で、ただでさえ赤かったエリウッドの顔が、さらにもう一段階赤くなる。もはやトマトと言うより、爆発寸前の爆弾だ。
エリウッドは唇をわなわなと震わせ、何か言い返そうとしているが、あまりにも頭に血が上りすぎてまともに言葉が出てこないのか、「うぐぐ……」と唸り声をあげるだけになってしまっている。
その表情が、オルソン聖王国の王子の嗜虐心を刺激したのか、彼は勝ち誇った様子で立ち上がり、テーブルの上のエリウッドを嘲笑ってペラペラと言葉を並べ立てていく。
「くく、くくく、そんなに顔を赤くして怒らないでくださいよ、みっともない。今私が述べたことは、ただの戯言ですよ、ざ・れ・ご・と。それとも、内心痛いところを突かれたので、困ってしまったのですか?」
「なに!? いったい、何のことを言っている!?」
「あなたもやはり、聖女マリヤのことを、便利な道具としてしか見ていないってことですよ。その便利な道具が取り上げられそうになったから怒っている、つまり、そういうことなんでしょう?」
「貴様……」
「心配しなくても、聖女を保護した功績は認め、功労金は払ってあげますし、パーミルでまた聖女が必要になったら、貸してもあげます。これでいいでしょ?」
完全に私をレンタル自由な道具としか思っていない発言に、私はキレた。
だが、私がキレるより早く、理性を失った人がいた。
エリウッドだ。
エリウッドはもう、オルソン聖王国の王子といかなる言葉を交わす気もなくなったらしい。右足を後方に上げ、そして、ちょうどいい位置にあるオルソン聖王国の王子の顔に、トゥキックをぶち込んだ。
「ぇげっ」
小さな叫びと共に、オルソン聖王国の王子は後ろに倒れ込んでしまう。
たくさんいた衛兵たちも、属国だと思っているパーミルの代表――エリウッドが、このように直接的な暴挙に出るとは予想していなかったらしく、反応が一瞬遅れる。
衛兵の隊長と思しき男がオルソン聖王国の王子を抱き起こすと、彼の端正な唇が大きく切れているのが目に入った。流れる血で、王子本人もそのことに気が付いたのか、先程までの傲慢ぶりはどこへやら、声を震わせ、涙ながらに言葉を紡いでいく。
「あぁ……あぁぁ……私の口が……口が……切れてしまっているぅ……!」
そんなオルソン聖王国の王子に対し、エリウッドは悪びれる様子もなく言う。
「すまんな。お前の口があまりにも下劣なことばかり言うので、俺の足が勝手に動いて、黙らせてしまったようだ。でも、そんなに嘆くことはなかろう。どうせ、人を侮蔑する以外に使い道のない口だ。傷を縫うついでに唇も縫い付けて、一生黙っていた方が周囲の人間のためだと俺は思うがな」
「ふざけるなっ! 衛兵隊! こいつらを殺せ! パーミルなど、我がオルソン聖王国が本気になれば、一瞬で消し去ることができる小国のくせに調子に乗るんじゃない! お前たちを皆始末して、今夜のうちにパーミルに攻め込んでやる!」
一応は同盟国であるパーミルを侵略するという発言に、私たちと同様、オルソン聖王国の衛兵たちも戸惑っているようだった。しかし、王子の命令とあれば、無視はできない。彼らは覚悟を決めた表情で、槍を構えた。
そんな衛兵たちから私たちを守るため、後ろに控えていたグラディスとジェローム、そして、随行した数名の近衛兵が前に出てくる。
しかし、多勢に無勢。
まともに戦えば、まず勝ち目はないだろう。
グラディスが、どこかのんびりとした声で、誰に言うでもなくつぶやく。
「やれやれ、えらいことになったな。まあ、うちの王子様と向こうの王子様は、根本的にそりが合わないから、いつかこうなるとは思っていたけどね。ハッキリ言って、私もあいつ、嫌いだし」
そう言って笑うグラディスを、ジェロームが諫める。
「姉上、笑っている場合ですか。このままでは、パーミルとオルソンは全面戦争をする羽目になってしまいます。いや、そもそも我々自身が、ここから生きて帰れるかどうか。オルソンの衛兵隊と魔導師隊は強力無比。これから続々と増援がやって来ることを考えれば、たとえマリヤ様の破壊の力でも、すべてを退けるのは難しいですよ」




