第37話
「うーん、お見事。さすが、パーミルいちの剣の達人ね」
「恐れ入ります」
「エリウッド様の乗っている馬車は大丈夫かしら?」
「殿下は、姉上と、さらに二人の手練れが警護しています。心配無用ですよ」
「それもそうね」
私たちは再び馬車に乗り込んだ。夕闇の中、ゆっくりと馬車の車輪が回り始める。その後、オルソン聖王国の正門に到着するまで、さらに2回も魔物の襲撃を受けた。
パーミル周辺はすっかり平和になったので、魔物の数が増加しているという実感はまったくなかったが、どうやら世界は、思ったよりまずい状況らしい。これでは、旅人や行商人が街道を行くことなど不可能だろう。
エリウッドから聞いた話では、パーミルの周囲にはタチの悪い国ばかりだが、それでもやはり、魔人と魔物を放っておいてはいけないのではないかと思う。だって私には、魔人たちを消し去る力があるんだから。
そんなことを考えているうちに、私たちパーミル一行は、オルソン聖王国の王宮に案内された。私とは正反対の真っ白な装束に身を包んだ侍女が、私たちを食堂らしき場所に連れて行く。
そこには、侍女と同じく、真っ白なテーブルクロスが掛けられた、長い長いダイニングテーブルが用意されていた。燭台には明かりが灯り、厳かな雰囲気である。……どうやら、会食という形で、会談をするらしい。
テーブルのこちら側に、エリウッドと私、そして、随行した二人の大臣が座る。警護役のジェロームとグラディスは立ったまま、周囲に気を配っていた。
オルソン聖王国側の王族は、まだ来ていない。
エリウッドが、苛立たしげにつぶやく。
「まったく、こちらは時間通りにやって来たというのに待ちぼうけを食わせるとはな。いつものことだが、奴らは時間を守らない。パーミルを属国か何かと思い、軽く見ている証拠だ」
そして、私たちが座席についてからだいたい十分後。
大勢の近衛兵を引き連れて、一人の青年がやってきた。
「やあやあ、お待たせして申し訳ない。公務が長引いてしまいまして」
その青年は、申し訳ないなどとは少しも思っていなさそうな軽薄な笑顔で、こちらを一瞥しながら言った。……忘れるはずもない、一ヶ月前、私のことを『どうしようもないゴミ』呼ばわりした、オルソン聖王国の王子だ。苦い記憶が脳裏によみがえり、私は自然と、歯を噛みしめていた。
遅れてきたくせにヘラヘラしている彼の態度に、エリウッドも不快感を覚えているようだが、その不快感を表情に出すようなことはなく、事務的に「それほど待っていないので、お気になさらず」と言い、会食は始まった。
オルソン聖王国の王子は、エリウッド以外には視線を向けることもなく、とりとめのない話をしながら会食は進んでいく。話の内容は、次第に交易や軍事についてのことになり、それが一段落すると、エリウッドは少しだけ厳しい声で問いかける。
「オルソン国王陛下は、今日もご欠席ですか? 大切な会談なのですから、お顔くらいは見せてもらいたいものなのですが」
それについては、私も不思議に思っていた。
エリウッドはまだ王子という立場だが、正当な王位継承者として、そして、国家を代表する者として、もはや満足に政務をおこなうことのできない病気の国王の代わりにこうしてやって来たのだ。オルソン聖王国も、国家を代表する者が出てくるのが筋である。
しかし、この会食に出席しているのは、多くの近衛兵以外は、オルソン聖王国の王子ただ一人だけ。重臣たちすら同席していないのは、いくらなんでもおかしい。
そんな疑問に、オルソン聖王国の王子はワインを一口飲んでから、つまらなそうに答えた。
「父上は、すでにお休みになっています。過度の美食で少々太りすぎたのか、それとも毎晩の酒宴が良くなかったのか、最近、どうにも体調が思わしくないようでしてね。日中もベッドで過ごすことが多くなっているのです。ふふふ、エリウッド君、あなたのお父上と同じですよ」
その言葉に、エリウッドは露骨に眉をひそめた。
「一緒にしないでいただきたい。俺の父は、酒を飲まず、食事もつつましく、贅沢などしなかった。常に民のことを第一に考え、寝る間も惜しんで政務に励んだ結果、体を壊してしまったのです」
オルソン聖王国の王子は、グラスを持ち上げ、軽く回し、深紅の液体を弄ぶようにしながら、冷笑と共に言う。
「ふふ、ふふふ、一生懸命頑張った結果、もともと強くない体を駄目にしてしまい、もう余命いくばくもないのなら、結局のところ、困った王様だったということになるのではないでしょうか? 息子であるあなたに、若いうちからこうして負担をかけているわけですし」
「なんだと……」
「おっと、失言でした。この話はここでやめておきましょう。別段、あなたとあなたのお父上を侮辱しようと思って、会食の場を設けたわけではありませんからね。今日は、交易や軍事よりも大切な話があるんです」




