第35話
エリウッドはそう言うと、腕を組んでふんすと息を吐いた。
娘の嫁入りを拒む頑固なお父さんのような仕草で、ちょっと面白い。
「なんだか、パーミル王国って、思った以上に凶悪な国に挟まれてるんですね。まともな国……と言うか、味方はいないんですか?」
「一応、同盟関係の国はある」
「へえ、なんて国なんです?」
「お前の大嫌いな、オルソン聖王国だよ」
「げっ、最悪」
オルソン聖王国の名前が出ただけで、およそ三週間前に、散々な扱いをされたことを思い出し、表情が渋くなる私だった。
「前にも言っただろう、我がパーミル王家とオルソン王家は遠縁の親戚関係だとな。それが縁で、大国であるオルソンとパーミルは、今でも繋がっているのだ」
「それじゃ結局、パーミルの周りには、最悪の国しかないってことですね」
「残念ながらな。だがオルソン聖王国は、差別主義の最低な連中の集まりではあるが、文化レベルは高く、優秀な魔導士が大勢いて、軍事力もラング王国に匹敵する。それ故に、オルソンと同盟関係のパーミルを、他国は簡単に侵略することができないのだ」
「う~む……なるほど……」
「俺だってオルソンは嫌いだが、付き合いをなくすわけにはいかない。あの国との交易も、重要な財源だからな。嫌な連中とも、上手に付き合っていかなければならない。まったく、世知辛いものだよ。来週にはまた、こちらからオルソンに出向いて会談をしなくてはならない。王族の責任とはいえ、憂鬱なことだ」
肩をすくめて、少々大げさなため息を漏らすエリウッド。そんな彼を、私は『王族って大変なんだなぁ、偉いなぁ』と、他人事のような気持ちで眺めていた。
しかし、それから一週間後。
オルソン聖王国との会談が他人事ではなくなったのである。
なんとオルソン王家は、パーミル周辺の魔人を駆逐掃討した『聖女マリヤ』の情報を知り、定例の会談に同席させるよう、要請してきたのだ。
同盟関係と言っても、大国と小国。
実際の立場は、パーミルがオルソンに従属しているのに近い。
オルソン側が、特定の人物を名指しして『同席させろ』と言ってきたら、パーミルとしては、非常に断りにくい。しかしエリウッドは、『行きたくなければ行かなくていい』と言ってくれた。
……私は、少しだけ悩んだ結果、会談に同席することにした。
もちろん、もう二度とオルソン聖王国に足を踏み入れたくなんてない。
あの、最低の王子の顔なんて、見たくもない。
なのになぜ、行くのか?
簡単な話である。
私には、責任があると思ったからだ。
私は今、パーミルの聖女として、王族に次ぐ地位で、様々な恩恵を受けている。
いや、誤解を恐れずに言うならば、近隣の魔人たちを討ち果たし、パーミルの平和を取り戻した今の私の地位は、王族に匹敵すると言っても言い過ぎではない。町を歩けば、老若男女、皆が私に頭を下げ、衛兵は直立不動で敬礼をする。王宮内に一流ホテルのスイートルーム以上の私室を与えられ、何不自由ない生活だ。
あれ、おかしいわね。
なんか、自慢話みたいになっちゃった。
違うのよ。
別に自慢したいんじゃないのよ。
つまり、何を言いたいかっていうと、王族みたいな立場になった以上、恩恵を受けるだけじゃなくて、立場上の責任と義務が発生するんじゃないかってことを言いたいのよ。
エリウッドだって、オルソン聖王国は嫌いなのに、王族の責任を果たすため、わざわざ出向いて行くのだ。オルソンと関係を良くしておくことが、パーミルの国益を守り、ひいては、パーミルの国民を守ることに繋がるからだ。
ならば、王族とほとんど同等の立場と言ってもいい『パーミルの聖女』である私だって、オルソンとの会談から逃げるわけにはいかないだろう。それが『特別な立場にいる者』の責任というものである。
そんなわけで、私は今、馬車に揺られてオルソン聖王国に向かっている。
豪勢で柔らかな座席に腰を下ろし、流れゆく景色を見ていると、およそ一ヶ月前、行商人のホランドさんの荷馬車に乗って同じ道を進んだことを思い出し、何とも言えない懐かしい気分になる。
「あれからまだ、たったの一ヶ月しか経っていないのね……」
誰に言うでもなく、しみじみとそうつぶやく私。
向かいの座席に座っているジェロームが、微笑と共に言う。
「そのたった一ヶ月で、あなたはこの近辺の魔人を全て消し去ってしまいました。まさに『伝承の聖女』の名にふさわしい、偉大なる業績です」
日常的に私の警護を担当しているジェロームは、今日もこうして、私の一番近くで外敵に目を光らせている。もっとも、パーミル近隣で魔物が発生することはなくなったので、外敵に襲われる心配など、もうない気もするが。




