第34話
恵まれた生活をしている人間ほど、突然の死に対する恐怖は大きい。彼らは私にすがることで、なんとかその恐怖から逃れたいと思っているのだ。
自分で言うのもなんだが、私は一応、善良な人間のつもりである。『助けてほしい』と頼まれ、自分にその能力があるのなら、怯える人々の力になってあげたい。
これは、純粋な善意である。決して、特注品の綺麗なドレスを着せられ、『聖女様聖女様』と祭り上げられているうちにその気になってきたとか、そんな俗っぽい話ではない……たぶん。
とにもかくにも、私は聖女として、パーミル王国周辺の魔人たちを討伐していくことになった。パーミルの宮廷魔導師と近衛騎士団は優秀で、魔人の潜伏場所をすぐにいくつか特定し、私は彼らと共に現場におもむいた。
魔物の数が増えているというのは本当らしく、道中、見るからに凶悪そうなモンスターに何度も襲われたが、一瞬で敵を消滅させることができる私の破壊の力の前では、飛んできた虫を払うのと大差なかった。
それは、魔物たちの元締めである魔人が相手でも同様であり、これと言って苦戦することもなく、私はどんどん魔人を消し去っていった。
その甲斐あって、討伐を始めて二週間も経つ頃には、パーミル近辺の魔人は全滅し、街道にモンスターが出現することもなくなったのである。
私の名前も大きく上がり、近隣の国からたびたび『魔人討伐に来てくれないか』という要請が入るようになったが、エリウッドは『聖女マリヤは一度に力を行使しすぎて少し疲れている』と言い、それを断った。
……ハッキリ言って、私はまったく疲れていない。
破壊の力は、精密にコントロールするためには少々集中力がいるものの、基本的に何かを消費して発現させるものではないから、いくらでも使い放題である。
エリウッドもそれは分かっているはずだ。それなのになぜ出し惜しみのような真似をするのかわからず、ある日の午後、昼下がりの太陽に照らされたテラスで、私は彼に意見した。
「あの、エリウッド様。私、別に疲れてませんよ。ケチなこと言わずに、他の国の人たちも助けてあげればいいじゃないですか」
「誰がケチだ。……お前が疲れていないことは知っているし、他国の民とはいえ、無辜の市民が魔人の犠牲になるのを良いことだとは俺も思っていない。しかし、そうやすやすとお前を他国へ出向させるわけにはいかんのだ」
「どうしてですか?」
エリウッドは、テラスから一望できる風景を指さし、ため息と共に言う。
「我がパーミル王国はな、近隣国と関係が良くないんだ。いや、もっとハッキリ述べるなら、敵対関係にあると言っても過言ではない。パーミルは小国だが、交通の要所であり、軍事的にも交易的にも重要な地点なのだ。だから過去には、他国から何度も侵略まがいのことをされている」
「…………」
「北のラング王国などは、ほんの半年前、父上の体調不良にかこつけて国境で小競り合いを起こしたのだ。その際、数名の兵士と民間人が犠牲になっている。それなのに、『聖女マリヤ』の噂を聞きつけて、いの一番に助けを乞うてきた。虫が良いにもほどがある」
「そ、それは確かに、図太い神経してますね」
「どうせ、我が国の中に諜報員を潜ませているから、どこよりも早くお前の情報を手に入れることができたのだろう。ラング王国は軍事力に優れた国だ。今すぐに聖女の助けがいるとは思えん。それなのに、自国の弱みを晒すような形で敵国に救援要請を出すなど、怪しすぎるとは思わないか?」
「ラング王国は、何かよこしまな目的があって、私をおびき出そうとしていると?」
エリウッドは、深々と頷いた。
「俺は、その可能性が高いと思っている。好戦的で、約束を破ることなど何とも思っていない連中だからな。そんなケダモノたちのところに、お前を向かわせることなどできるはずがない」
「なるほど……でも、救援要請を出しているのは、そのラング王国だけじゃないんですよね?」
「ああ、東のダルモン合同集落からも、しょっちゅう要請が来る。だがあそこは、ラング王国よりも危険だ。何といっても、あそこの首領は、野盗から成り上がった男でな。あの国では、強盗・殺人・誘拐が罪にならんのだ」
「ええっ、そんなの、ありなんですか?」
「あの国では、ありなのだ。弱肉強食。奪われたくなければ、強くなり、奪う方に回れという狂った倫理観の国だ。ラング王国同様、奴らも嘘をつくことなど何とも思っていない。さっきは言い忘れたが、あそこでは詐欺も罪にならないからな。騙される方が悪い――そういう考え方なのだ」
「うーん、無法地帯というか、何というか……」
「魔物たちが増加して困っているのは本当かもしれないが、あそこは、これまで散々悪事を働いてきた連中が、最後にたどり着く魔境とでも言うべき場所だ。それが今さら聖女に助けを乞うなど、身勝手すぎる。少なくとも、お前の身の安全を完璧に保証しない限りは、行かせるわけにはいかん」




