第31話
その声を聞いて、ジェロームはすぐに振り返り、片膝をついた。
驚くほどに、機敏な動作だった。
ジェロームから数秒遅れて私も振り返る。
視線の先にいたのはエリウッドだった。彼は王冠を被り、豪勢なマントをつけたいかにも正装といった格好で、こちらに歩いて来る。……その表情は、心なしか不愉快そうに見えた。
ジェロームは頭を垂れ、先程私と話していた時とはまるで違う、硬い喋り口で口上を述べる。
「ご機嫌麗しゅうございます、王太子殿下。聖女マリヤ様をお連れいたしました」
「見ればわかる。ご機嫌麗しゅうなどと、いちいち世辞を言うな、わずらわしい」
冷たい反応だった。
いや、そりゃ見ればわかるでしょうけど、自分の使いを果たしてくれたジェロームに対して『わずらわしい』って、あんまりと言えばあんまりである。いくらなんでも、その態度はないんじゃないの?
そんな思いが、そのまま口から出た。
「エリウッド様、そんな言い方をしたら、ジェロームがかわいそうです」
しかし、そんな私をジェロームは制した。
「よいのです、マリヤ様。殿下、それでは失礼いたします」
ジェロームはエリウッドに道を譲り、風のようにその場から下がっていった。あとに残されたのは、私とエリウッド、そして、何とも言えないぎこちない空気だけ。ジェロームは『よいのです』と言っていたが、私はやはり納得がいかず、もう一度食って掛かる。
「あの、なんでジェロームに対して、あんな態度をとったんですか?」
エリウッドは『まだその話を続ける気か』とでも言いたげに眉を顰めると、つまらなそうに言葉を返した。
「俺は、世辞が嫌いだからだ。前にも言っただろう、上辺だけ敬意に溢れた、持って回ったような言い方をされるのは面白くない」
「嘘でしょ? そんなことで腹を立てたの? あんなの、お世辞ですらない、ただの挨拶じゃないの。いくらなんでも心が狭すぎるわ。『王太子様』が聞いて呆れるわね」
本当に呆れたエリウッドの物言いに、思わず敬語が消える。
私が敬語をやめることを望んでいたエリウッドだが、明らかに馬鹿にされるのはさすがに不愉快だったのか、口をとがらせて言い返す。
「別に、それだけで機嫌を壊したわけではない。理由はもうひとつある」
「どんな理由?」
「……後ろから見ていたが、お前とジェローム、随分と会話が弾み、楽しそうだったじゃないか」
「? それが何か、問題でも?」
「ジェロームがあれほど柔らかい表情を浮かべ、楽しげに話すのをひさしぶりに見た。俺が正当な王位継承者になってから、あいつは一度としてあんな顔を俺に向けたことはない。それどころか、常に臣下としての硬い態度を崩さず、心の内を晒すことすらない。それが、不愉快でたまらんのだ」
エリウッドはムスッと腕を組みながらも、どこか寂しそうな視線を、ジェロームの去った先に向けていた。私も同じように腕を組み、少し思案してから言葉を発する。
「……えっと、つまり、自分に対して堅苦しい態度ばかりとるジェロームが、私と楽しそうにしてたから、ヤキモチをやいてるんですか?」
「たわけ。ヤキモチなどやいておらぬわ。ただ、ちょっと面白くない。それだけのことだ」
「ちょっと面白くないって……ついさっき、不愉快でたまらんって言ってたじゃないですか」
「ええい、うるさい。不愉快といえば、お前の態度も不愉快だ。マリヤ、お前、俺には敬語を使って『様』づけで話すのに、ジェロームのことは早々に呼び捨てにして、随分と気安い話し方をするじゃないか。この違いはなんだ?」
「なんだと言われましても……ジェロームの方が話しやすいから……ですかね。ほら、エリウッド様、根はいい人だと思うんですけど、ちょっと偉そうで、高圧的なところ、ありますし」
「ハッキリ言ってくれる。嫌な女だ」
「あれ? 『上辺だけ敬意に溢れた、持って回ったような言い方をされる』方が嫌なんじゃありませんでしたっけ?」
「ふん、ああ言えばこう言う。まったく、気に入らんな」
エリウッドは不愉快そうに鼻を鳴らしてそう言ったが、『気に入らん』と言う割に、怒気はちっとも伝わってこない。どうやら、本当に持って回った言い方をされるより、ハッキリ言う相手の方が好きらしい。その証拠に、先程まではへの字に曲がっていたエリウッドの端正な唇が、いつの間にか微笑を浮かべていた。
私は、悪戯っぽく問いかける。
「どうです、王子様。ご機嫌、直りました?」
「多少はな。その『王子様』というのをやめてくれたら、もう少し上機嫌になれそうだが」
「前向きに検討します。……ところで、私の破壊の力について、詳しいこと、わかりました?」




