第26話
私は苦笑して、言う。
「お昼ご飯、5秒で終わっちゃったわね」
「そうでもありませんよ。後はゆっくり時間をかけて、お茶を飲むので」
そう言うと、袋から水筒を取り出した。どうやら魔法瓶(たぶん、私たちの世界の二重構造魔法瓶と違い、本当の意味で魔法の瓶なのだろう)のようで、中から温かい紅茶をカップに注ぐと、メリンダは少しずつ口をつけ、飲み込んでいく。
本当に、ゆっくりゆっくりといった感じだ。このペースなら、たった一杯の紅茶を飲み干すのにも、かなりの時間がかかるだろう。立ったまま、彼女が紅茶を飲む姿を見つめていた私に、メリンダは言う。
「マリヤさんも座りませんか?」
「ええ。それじゃ、お隣、お邪魔するわね」
隣に座った私に、メリンダは「どうぞ」と言って別のカップを差し出してくる。それから、魔法瓶の紅茶を注いでくれた。まるで淹れたてのような良い香りを楽しんだ後、静かに紅茶を飲む。
私たちはしばらく、無言で時を過ごした。
その静寂を打ち破ったのは、メリンダの方からだった。
「私、この性格ですから、役所で馴染めなくて。お昼の休憩時間は、こうして外で紅茶を飲んで時間を潰してるんです」
「そうなんだ……。なんとなくわかるわ、その気持ち。馴染めない場所に無理して居続けるよりは、誰もいないところでゆっくりすごす方が楽だものね」
「はい。でも本当は、もっと馴染む努力をしなきゃいけないと思うんですけど、他の人たちも、罪人の子供である私に馴れ馴れしくされるのは嫌かもしれないし、そう考えると、どうしても上手く打ち解けられないんです……」
「罪人の子供って……あなたが?」
「はい……私の家は、魔法使いの名家として、準一級市民とでも言うべき立場だったんですけど、父と母はその地位に満足せず、様々な手段を用いて正式な一級市民を目指しました。しかし、そう簡単に一級市民になれるなら、誰も苦労しません」
「…………」
「いつまでたっても努力が実らない苛立ちからか、父と母の行動は、次第に犯罪まがいのものが多くなっていき、最終的には、できもしない古代の秘術を無理に使おうとしたせいで、国に損害を与えてしまったんです。しかも父と母は、一切の責任を取らず、私と兄を捨てて国外に逃亡しました」
ひどい話だ。
初めに役所で会ったとき、メリンダは感情的になって『できもしない魔法を、平然とできるって言っちゃうような人、大っ嫌い』と叫んでいたが、あれはきっと、無責任な父と母に対する怒りからきていたものなのだろう。
メリンダは喋り疲れた喉を癒やすかのように紅茶を少し飲み、話を続ける。
「本来なら、何の責任も取らずに逃げた罪人の子である私と兄に対し、何らかの罰が与えられてもおかしくないのですが、慈悲深い国王陛下は『親の罪を理由に子供を罰するべきではない』とおっしゃり、私たちを許してくださいました。正直言って、死罪も覚悟していたので、国王陛下には本当に感謝しています」
そういえばパーミルの国王陛下――エリウッドのお父さんは、貧しい移民や旅人のために宿泊施設を作ってあげるような人だったわね。本当に、寛容な王様だったのね。
「国王陛下のお慈悲に報いるため、兄は衛兵として、命を懸けて国家に忠誠を尽くす道を選び、私は役所で働くことになりました」
「あなたくらいの年で、わざわざ大人の姿に変身してまで役所で働くって、めずらしいことじゃない? 普通はまだ学校に行ってる年齢よね?」
「そうですね。実際、兄は私だけでも学校に通って魔法の勉強を続けたらどうだと言ってくれましたが、もう学校に私の居場所はありません。学校中の皆が、私の両親がしでかした大罪を知っていますから」
「…………」
「仲の良かった友達たちも、完全に私との付き合いを断ちました。それでも、一番の親友だった子から手紙が届いて、喜んで封を開けてみたら、中に書いてあったのはただ一文、『国から出てけ、恥知らず』という言葉だけ」
「そんな……」
「その言葉通り、本当に国を出ようかとも思いましたが、ここで逃げ出してはあの両親と同じになってしまう。だから意地でもこの国で頑張ろうと思っているんです。これでも、一応は魔力を感じ取る才能がありますから、市民権希望者の中から有能な魔法使いを見つけて王宮に推挙すれば、多少は国王陛下へのご恩返しになるでしょうし……」
「そう……立派ね」
お世辞ではなく、本当にそう感じた。もしも私がメリンダと同じ16歳の頃に、彼女と同じような境遇だったとしたら、両親が犯罪を犯した国に残って頑張れるとは、とても思えなかったからだ。
私のうちは一般的な家庭で、クラスにはまあ……それなりに苦手な人もいたけど、それ以上に仲の良い友達がたくさんいたし、これといったトラブルもなく、ほどほどに勉強し、ほどほどに遊ぶ、平々凡々とした高校生活だった。ハッキリ言って、メリンダが味わったであろう苦しみは、ちょっと想像がつかない。




