第25話
美味しい。
スープのベースは魚介だろうか? ともすれば生臭くなりそうなものだが、大量の香辛料が嫌な臭みを消していて、非常に食べやすい。
……ただ、辛い。一口めでは『そうでもないかな』と思ったが、二口、三口と麺を口に運んでいくうち、辛さで体が熱くなり、ドッと汗が噴き出してくる。
しかし、一時期日本で流行った激辛ブームの料理のような、度を越えた辛さとは違い、あくまで常識的範疇の辛さだ。これならなんとか完食できるだろう。私は黙々とすべてを平らげ、結局のところ、辛いスープも全て飲み干してしまった。
すると、魔人討伐の疲れも汗と共に流れ落ちてしまったかのように爽快な気分になる。辛い料理は新陳代謝を良くする効能があるそうだが、これがそういうことなのかもしれない。私はすっきりとした気分で支払いを済ませようと思い、先程エリウッドに貰った金貨を差し出した。
「あの、支払い、これで足りるでしょうか?」
そう言いながらも、まさか足りないなんてことはあり得ないと思っていた。この国の王子様が直々に手渡してくれた金貨で、露店の支払いができないなどということはまずないだろう。
しかし露店のご主人は、私から金貨を受け取り、しばらく訝しげな目でそれを見つめると、素っ頓狂な声を上げる。
「お姉サン、こんなの困るヨ。こんな大金貰ってモ、おつり返せないヨ」
独特のイントネーションでそう言われ、私も困ってしまう。……だが『こんな大金貰ってモ、おつり返せないヨ』ということは、少なくとも、足りないというわけではなさそうだ。
私は微笑を浮かべて、言う。
「あの、それじゃ、おつりはいりませんから……」
「駄目駄目駄目駄目、そういうわけにはいかないヨ。とにかくこれは返すヨ。普通のお金で払ってヨ」
えぇ~……
普通のお金って言われても……
私、この金貨以外、持ってないんだけど……
だいたいこの金貨、普通のお金じゃないの?
エリウッドは、なんでそんなのくれたのかしら……
どうしたものかと困っていると、背後から声をかけられる。
「……マリヤさん? どうしてこんなところに? 王宮で、未確認危険能力の調査に協力しているのではなかったのですか?」
振り向かずとも、声だけで誰か分かった。
メリンダだ。
私は振り返る。
メリンダは、どこかにお使いに行っていたのか、それともお昼の休憩中なのか、小脇に袋を抱えて、私を不思議そうに見ていた。天の助けとばかりに、私はエリウッドから貰った金貨を見せて現状を説明した。
「……と言うわけで、このお店のご主人さん、この金貨は受け取れないって言うのよ。あなた、なんでか分かる?」
メリンダは小さくため息を漏らし、答える。
「当然でしょう。その金貨は王族や高貴な身分の人々が主に使用する特殊金貨です。たった一枚で、一般市民が使用する通貨の何百倍もの価値があります。たとえこの露店そのものを売り払ったとしても、おつりを返すことはできませんから、店主さんも、さぞ困ったことでしょう」
「そ、そうなの。ごめんなさい、私、別に店の人を困らせようと思ったわけじゃないんだけど。でも、どうしよう。それ以外にお金持ってないから、このままじゃ……」
うろたえる私と反対に、メリンダは平然としており、懐から財布を取りだすと、数枚の貨幣を店主さんに手渡して言った。
「これで足りますか?」
「はイ、まいド。またどうゾ」
……どうやら、私の代わりに支払いを済ませてくれたらしい。
そのままつかつかと歩いて行こうとするメリンダに追いつき、私は礼を言う。
「あの、ありがとう。代わりに払ってくれて。普通のお金を手に入れたら、今の分、ちゃんと返すわね」
メリンダはほとんど表情を変えずに言葉を返す。
「いいんです、これくらい。あなたには色々とご迷惑をおかけしましたから」
淡々とそう言って、メリンダは歩き続ける。
相変わらずそっけない態度だが、別段、私のことを嫌っているわけではなさそうである。……私のことを疎んでいるなら、屋台の支払いに困っている私を助けたりしないはずだからだ。
今だって、ついて来る私を拒絶するそぶりはない。
しばらく無言で歩くと、公園と思しき場所に私たちは到着した。
すべり台と砂場、後はベンチが二つだけの、簡素な公園だった。
メリンダはベンチに腰を下ろすと、先程から抱えていた袋から、携帯食のエネルギースフィアを取り出し、一口で食べてしまう。どうやら、これが彼女の昼食らしい。




