第19話
会話が終わりを迎える頃、馬車がスピードを落としているのが分かった。
エリウッドが小さく「洞窟に到着したようだ」と呟く。
そして、完全に停止した馬車から、私たちは地面に降り立った。
目の前には、巨大な岩壁。
その、岩壁の一部に、人間一人がやっと入れそうな横穴があいている。
……魔人は、こんな狭い洞窟に潜伏しているのだろうか?
私の表情から考えていることを読み取ったのか、エリウッドが解説するように言う。
「狭いのは入り口だけだ。中はかなり広く、迷路状になっている。湿気のせいで滑りやすいから、気をつけろよ」
「わかりました。……ひゃっ!?」
わかりましたと言ったそばから、ぬらりとした苔の塊を踏んで、私は盛大に滑ってしまう。その、大きく傾いた体を、エリウッドが抱き留めてくれた。
「気をつけろと言っただろう。魔人と遭遇する前に、滑って転んで大怪我しましたなんて、笑い話にもならんぞ。……しかし、どこも打たなくて良かった。足元には特に注意するんだぞ」
「い、以後気をつけます……お手数おかけしました……」
気恥ずかしくて、思わず赤面してしまう。
その時、エリウッドのかなり後ろで、数人の人影が揺れるのが見えた。
まさか、あれが魔人!?
……と、一瞬思ったが、よく考えたら、まだ洞窟の入り口だ。いくらなんでも、わざわざ潜伏している魔人とやらが、こんなところをウロウロしているはずがない。私は、人影を指さし、エリウッドに尋ねる。
「あの、王子様。あそこ。誰かいるんですけど。なんなんですかね、あれ?」
「だから、『王子様』と呼ぶのはやめろと言っているだろう。……あれは、俺の警護をしている、近衛兵だ。いくらお前を一級市民にするための実績作りとはいえ、流石に俺とお前、二人きりで魔人討伐に向かわせるのは危険だということで、ついて来たのだ」
「なあんだ。近衛兵の人たちがいるなら、安心ですね」
「あまり気を抜かれては困るので、黙っておこうと思ったのだがな。お前の、あの『黒い光』は、どうやら危機感や闘志のようなものが高まってないと、上手く発動しないようだからな」
「大丈夫ですよ。もう何回も使ったし、かなりコツを掴んでますから」
「その割に、昨日は発動に苦戦していたようだったが」
「あれは、無抵抗の鎧相手だったからですよ。みんなに迷惑をかけてる魔人とやらが相手なら、遠慮する気ゼロです。一瞬で片づけてやりますよ」
「それはそれは、勇ましいことだ」
そんなことを話しながら、私たちは洞窟の奥へ奥へと進んで行く。
エリウッドが最初に言った通り、洞窟内は、かなり複雑な迷路だったが、魔人の潜伏場所はもう特定しているらしく、エリウッドは悩むことなくルートを選び、私を先導する。
そして、細々とした通路を三十分程歩いた頃。
これまでよりも天井が高く、広い空間に出た。
どういう理屈なのか、太陽の光など届くはずがない洞窟の深部なのに、ぼんやりと明るい。その、淡い光に囲まれるようにして、丸い岩の上に、一人の男が座禅を組んでいた。
……お坊さん?
それが、男に対する、私の第一印象だった。
ほとんど半裸であり、身にまとっているのは、ボロボロの袈裟だけ。
しかし、不思議と薄汚い印象は受けず、ある種の気高さすら感じる。
静かな眼差しでこちらを見つめるその姿からは、一切の敵愾心を感じない。
……なんで、こんなところにお坊さんが?
私は、エリウッドにそう尋ねようとした。
しかし、途中で言葉を飲み込んでしまった。
エリウッドが腰の剣を抜き、その切っ先をお坊さんに向けたからだ。
「魔人、ゴーファだな。魔獣を操り、我が臣民と、街道を行く罪なき旅人を傷つけた罪、万死に値する。何か、申し開きはあるか?」
魔人、ゴーファ……
この、穏やかで、優しそうなお坊さんが、魔人なのか……
いや、エリウッドが、迷うことなくここまでやって来て、この場にいたのがあのお坊さんだけなのだから、彼が魔人なのだろうとは、薄々思っていた。しかし、私の中にあった邪悪な魔人のイメージとはあまりにもかけ離れていて、なかなか事実を受け止めることができない。
ゴーファはゆっくりと口を開く。
その声は、驚くほど澄んでおり、爽やかだった。
「罪……罪ですか。なるほど、人々を傷つけた私には、確かに罪があります。しかし、『罪なき旅人』というのは、いかがなものでしょうか」
「なんだと?」
「私が殺した旅人の大半は、商人です。彼らは何の罪もない豚や牛を殺し、肉にして売ります。自分の金もうけのためにです。これは罪です」
「…………」
「彼らの罪は、それだけにとどまりません。不当な値段交渉で、大した価値もない物の値段を驚くほど釣り上げて、無知な者に売りつけます。逆に、上手に人を欺き、価値のある物を、はした金で詐取することもあります。これは罪です」
「なるほど、お前の言いたいことは分かった。だがそれは、魔物に惨たらしく殺されなければならないほどの罪か?」




