第2話:歪みの美学と、届かぬ秤
ヴェルサイユ宮殿の「重量測定の間」。そこは貴族たちの栄辱を決定づける、聖なる儀式の場であった。
部屋の中央には、特注の巨大な天秤と、重厚な真鍮製の目盛盤が鎮座している。測定を担当する「肉格審判官」たちが真顔で記録用紙を抱え、緊張感のある面持ちで控えていた。
「次の方、オーギュスト・エルサイズ公爵!」
呼ばれたオーギュストは、覚悟を決めた重い足取りで測定台へと上がった。ミシ……と床が沈み込み、針が勢いよく右へと跳ね上がる。
「……測定完了。体重は先月よりプラス12キロ」
審判官の声に、周囲の貴族たちから「おお……!」と感嘆の漏れ球が上がった。だが、記録用紙を熟視していた筆頭審判官は、険しい顔で首を横に振った。
「待たれよ。……これは、合格とは認められん」
オーギュストの顔から一気に血の気が引いた。
「な……なにゆえですか!? 確実に12キロの増量に成功しております!」
「確かに絶対的な質量は増加している。しかしだね、オーギュスト様」
審判官は真鍮の分度器と竹尺を取り出し、オーギュストの身体に当てがった。
「腰回りの増加率に対して、肩幅と二の腕の肉だまりの増加率が下回っている。……均整が崩れているのだ」
「均整……?」
「肥満とは、ただ増えれば良いというものではない。球体に近しき美しき丸み、全方向に満遍なく配置された脂肪の調和……それこそが『肉格』の真髄。現在の貴女のシルエットは、腰回りに偏りすぎている。美学上、著しく均衡を欠いていると言わざるを得ない」
審判官の冷徹な宣告に、オーギュストは衝撃のあまり打ち震えた。
「そんな……私が、美しき肥満の調和を乱しているというのですか……!」
「したがって、今回の『公爵級・特肉格』への昇格は見送りとする。出直して来なさい」
失意の底に突き落とされたオーギュストは、茫然自失のまま宮殿の回廊を歩んでいた。
「くっ……! 私としたことが、ただ闇雲に食べれば良いと過信していたのか……! 均整の取れた肉だまりを作れぬなど、エルサイズ家の名が泣く……!」
自らの不徳を恥じ、拳を強く握りしめるオーギュスト。
そこへ、再び実家からの飛脚が駆け込んできた。差し出されたのは、またしても父・ジャルジェ伯爵からの信書であった。
オーギュストは藁にもすがる思いで封を切った。しかし、そこに書かれていたのは、娘の苦悩に寄り添う言葉ではなかった。
『これ以上太るな。我が家の恥晒しめ』
静寂が流れた。
オーギュストはゆっくりと手紙を閉じ、天を仰いだ。その目には、怒りではなく、深き悲しみが宿っていた。
「父上……。均整の乱れどころか、『太るな』などという言葉を吐くとは……。完全に脂質代謝が停止し、脳の思考回路が焼き切れてしまわれたか……」
彼女は手紙を固く握りつぶすと、通りかかった下僕をつかまえた。
「おい。今すぐ実家へ向かい、父上に純度百パーセントの豚脂樽を十個届けろ。……手遅れになる前に、私がその壊れた脳を治してみせる」
「はっ!」
父親の深刻な病状に心を痛めつつ、オーギュストは己の「肉格」の均整を取り戻すため、さらなる高カロリー食の計画を練り始めるのであった――。




