行こう、ここもじきに腐海に沈む....
ホセ司令の優秀なるクールビューティ秘書クレア嬢。
彼女にはとある秘密があった。
ホルスタイン・ゼロはついにその深淵を覗き込む…
「.......とりあえず落ち着け、そして我々地球人にも理解できるように説明するんだ零。」
紅茶のカップを片手に、ラグランジュ大佐は右手で胃の辺りを抑える。
「あたしの情報が政府軍に漏れてる!! 死神のオカマがどうたらとか!!」
「ハリウッド女優よりもずっと美人で可愛いかっただとか!! とにかくヤバいのよ!! ダダ漏れなのよ!!」
多少改ざんした情報を早口でまくし立てるが、ホセ指令が割って入る。
「ああ、爆乳の死神の源氏名ならウチの諜報部隊のほうでも把握しているよ。」
「心配いらないよ、流出したのは『バケモノみたいな銃を担いだ爆乳の女』ってだけで、人相や国籍はおろか、コードネームもまだ掴まれてないからね。特定されるところまではたどり着けないと思うよ。」
「そんなのんきなこと言ってる場合じゃないのよホモ指令!! このままだとあたし達は生体エネルギーユニットとして人間乾電池にされるかもしれないんだよ!? 早急に情報漏洩ルートを突き止める必要があるわ!!」
バンバンと司令部にあるホワイトボードを叩きながら
「ピラミッドパワー」
「モアイ像が共振」
「バシャールの愛の波動」
「レプティリアンの地球農場化計画」
「アセンションによる次元上昇」
「ホワイトハウスはすでにウンモ星人の巣窟」
などのキテレツなワードを書き込み、必死で熱弁を振るう零。
「そうか、うん...分かった、すぐに調査させよう。だから今日はもう帰って温かくして寝るんだ零、いいな?」
そう告げて最後の錠剤をボリボリとかみ砕き、紅茶で流し込むラグランジュ大佐。
「胃薬代はあとで領収書回してくれれば、経費で落とせるからね。」
ニヤニヤと笑いながら、優しく告げるホセ指令だった。
◆◆
翌日の夕方、零は指令室の秘書クレアのアパートに招かれていた。
零がクレアのアパート前を通りかかった時宅配便が届き、クレアが受け取りに出てきたのだ。
段ボール二つは重かろうと、零と配達員で手分けして部屋まで運んだお礼に、クレアからお茶とクッキーでも...と招かれたのだ。
「部屋まで運んでもらっちゃって、有難うございます零さん、重かったでしょう?」
「なんのなんの、ヨルムンガンドの弾薬箱と比べりゃ軽いモンよ。」
ぐっと右腕に力こぶを作る零。
「ンでもさ、これ中身何か聞いて良い? 日本から取り寄せたってのが気になっちゃってさ。」
お茶うけに出されたクッキーをモグつきながら尋ね、紅茶を飲みながら部屋の隅に重ねておいた二つの段ボール箱を見やる。
「えーと...うん、まぁ零さんにならいいか、本なんですけどね。」
段ボールを開け、中から一冊の妙に薄い本を取り出し零に手渡すクレア。
段ボールの中は同じような本がぎっしり詰まっている、重いわけだ。
「ふーん....わざわざ日本から取り寄せてまで読みたい本なの? マンガ?」
表紙にはなぜか上半身裸の男性二人がベッドの絵で並んで抱き合っている。
一人は黒髪短髪の筋肉質、もう一人は胸の膨らみからして間違いなくこれも男性なのだが、顔立ちも体つきも妙に線が細く、顔だけ見ると中性的で目の前にはうっとうしそうに前髪の毛がかかっている。
視界の邪魔ではないのか?
その二人が物憂げな表情で描かれていた。
二人共アゴが、昔の軍艦の艦首についている衝角のごとく細く尖っている。
「.......?」
何ページかめくり、中を確認する零の手がピタリと止まり、大きな目がさらに大きく見開かれる。
「.............んえっ!?......ぬぉっ!?.......こここここ、これなにクレアさん!? なんで男の子同士で......うっわー.....えっ? えぇっ!?......はうぁっ......!!」
食い入るように本を見る零、時々変な声が漏れる。
「ええ、まぁそういうジャンルの本なので、日本ではLGBTQなんて言葉ができる、はるか以前から市民権を得ていると聞いています。」
そう、クレアは腐っていた。
零が幼いころ知っていた日本とは、何かが違うような気がする...。
「零さんには、こっちの作家さんの絵柄のほうが合うかもしれませんね。」
と、再び段ボールの中から一冊取り出し渡す。
今度の本では何かのアニメキャラが描かれている。
たしか三年ほど前に日本で話題になったアニメのキャラだったはず、零にも見覚えのあるキャラ達だった。
だが、なぜかそのキャラがふんどし一丁で兄弟船と書かれた小さな船の上で仁王立ちしている。
生足には一本もスネ毛はない。
筋肉質な上半身は素肌の上に革ジャンを羽織り、隣にいるドレスのようなものを身に着けたキャラの細い腰に手を回し、伝説の聖剣を握った反対側の手で抱き寄せている。
零の記憶が確かならば、このキャラは長髪の美形男性で、仁王立ちしている主人公のライバル的な立ち位置のイケメンキャラだったはずだが...
タイトルは「漢汁祭り・風雪暴れ太鼓」
「うをっ.....えぇっ!? す、スゴ...!! ひえぇ......んおっほぉっ!?」
零はクッキーをつまむのも忘れて、本を顔の前まで持ち上げ、うなり声をあげる。
「え....ちょっ!? なにこれどういうコト!? や、ヤオイ穴!? なにそれヤオイ....んえぇっ!? ちょッッッ!? ククククククレアさんナニコレやおい穴ってナニ!?」
「やおい穴というのはですね...」
厳かで優雅な手つきで紅茶のカップをソーサーの上に置き、クレアが零の耳元に口を近づけてなにやらゴニョゴニョと囁く。
「二人の男性がですね......愛があれば......実在しない器官...それを使ってですね
.....ために心が通じ合って最高潮に.....出現する神聖なモノなんですよ。」
零の視線は本に釘付けになったまま、耳だけがダンボのように大きくなる。
『お前...良く見るとまつげ長ぇな...』
『腰細っせぇな...』
『お、おい...なんか当たってるってば!!』
『わざと当ててんだよ♥』
などのパワーワードが、凄まじい瘴気を放ちながら零の視界を埋め尽くしている。
「うん、やはりこのサークルさんはストーリーの作り方が上手ですね、注目のサークルさんです...」
呟きながら読んでいるクレアの本の表紙には、満員電車内で機関車ト〇マスがゴ〇ドンを背後から抱きかかえ、のしかかり気味に壁に押し付けている。
二人共アヘ顔だ。
タイトルは「痴漢者トー〇ス」
『あぁ...こんなところでだめだよぅ〇ーマス...れ、連結器が...連結器が連結されちゃう..』
ブツブツと小声で、クレアがセリフを音読している。
満員電車の中に機関車がいる構図だけでも相当な破壊力だが、痴漢する側もされる側も、もはや人間ですらない。
ラストのベッドシーンでは
「おん! おん! おん!」
というよく分からないセリフと共に
チカッ!
チカッ!
ガキン!
ガキン!
ブシュウゥ!
シュコォォッ!
という一般的なベッドシーンでは、まずお目にかかれない擬音が踊っている。
どう見てもロボットアニメの熱血合体シーン用の擬音である。
「じゃ、じゃあさクレアさん? こういうのってさ、周りの人間とかでも妄想してたりすんの? た、例えばザックとルークとかさ...」
「そうですね、その二人だと、やはりザックさんが攻めのルークさんは誘い受けでしょうか。」
「じゃ、じゃあホモ司令とかも!? せ、攻めかな? 受けかな?」
「いえ、司令はあの性格ですし、ルークさんを司令室に呼び出して色々と罠にハメて、ザックさんの目の前でNTRする展開でないと違和感がありますね。」
「『ザック君の前でそんな顔を見せるのは初めてだろう? 彼の目の前でボクの色に染め上げてあげるよルーク君...ふふ、さぁ背徳のまな板ショウの幕あけだ!!』とか、あぁ...エア息子がフル起っきしちゃいますね。」
普段通りのクールビューティーな表情を全く崩さず、とんでもないオリジナル展開で即興のセリフを述べるクレア。
「じゃあさ!! じゃあさ!! 例えばガブリエルが敵に捕虜にされちゃってさ、こんな拷問とかで...ごにょごにょ...中華鍋片手に救出しに来たガンドロワが、その姿に興奮して、そのまま二人で...ごにょごにょ...」
耳元でささやく零の言葉に、クレアの鼻からツッゥ...と一筋鼻血が流れる。
「そ、それはいくら何でも過激すぎますよ零さん!! あ、でもこのトーマス本のサークルさん、その設定で来年の夏に新刊出してもらえないかファンレター送ってみようかなぁ...。」
鼻にティッシュを詰めながら、キャアキャアと声をあげるクレアと零。
……一方その頃、クレアの隣室に住むフリーター青年、パトラッシュ・ペプシチューハイは、薄い壁を通して聞こえてくるそのかしましい二人の声に両耳をふさぎ、のたうち回っていた。
「うぅ...チクショウ...あの隣の腐れヲタ女!! 今夜は友達まで引っ張り込んでやがるのか...毎晩毎晩『脚立受けタワシ攻め』とか『コロスケに分からせられるブタゴリラは割とイケるけど、汁の描写がちょっと甘い』だの、訳の分からねぇことをデカい声でブツブツ独り言言いやがって...」
「いい加減にしてくれぇ!!」
薄い本を片手に、歓談し合うその二人の女達の黒ミサは結局明け方まで続いた。
翌朝、早朝筋トレでジョギング中だったルークは、目の下にクマを作ってフラフラと自宅方面に歩いてゆく零を見つけ、声をかけた。
「おぉ? なんだゼロ珍しいな、こんな早朝に。作戦時以外はいつも昼近くまで寝てるナチュラル・ボーン・ニート気質が...」
「ぶはははははは!! なんだその目の下のクマは!! ひっでぇ顔!!」
大声で笑うルークに、しんどそうにジロリと淀んだ目で一瞥をくれる零。
「...昨日は『ダメぇ司令!! ボク女の子にされちゃうよぉ!!』とかさんざん啼いてたくせに...」
そう呟くと、フラフラとおぼつかない足取りで自宅方面へと消えていく零。
その後姿を眺めながらその場に固まるルークを、昇り始めたさわやかな朝日の光が照らしだしていた。
爆乳酪農家狙撃兵ホルスタイン零-zero- 第二話・「レジスタンス・ラプソディ」完




