ルビコン川
爆乳酪農家狙撃兵ホルスタイン零-zero- 第三十二話 ルビコン川
反乱軍拠点戦略司令室では、ホセ司令が自分のデスク前でモニタを見つめている。
「配置は...?」
「ラグランジュ大佐の主力部隊、各不知火隊員、零さんも予定地点に到着待機しています。」
クレアが端末を叩き、情報を伝達する。
「第三のペイルライダーも無事渡河に成功し、配置完了したそうです。」
「救出後の人員輸送用のトラック部隊も後方で待機完了。」
「第六のミブロも機体に問題はないそうです。」
次々と情報が上がってくる。
「あとは生霊だけど、彼らはさすがに自由に通信を...って訳にはいかないからね、うまく動いてくれているといいが...」
言いながら、司令はラグランジュ大佐に分けて貰った胃薬をコップの水で飲む。
そんなホセ司令を見るのは、長い付き合いの司令室スタッフも初めてだ、一番付き合いの長いクレアにも、胃薬を飲む司令など記憶にない。
ホセ自身が言うように、今回の作戦は薄氷の上で動き続けるような、ギリギリの作戦なのだろう。
精密時計のように緻密に組み合わされ過ぎた作戦は、わずかな予定の狂いが全体を瓦解させかねない。
本来ならそれをカバーするために、ある程度の余裕を持たせるべきなのだ。
だが今の状況も。
許された時間的猶予も。
反乱軍に使える戦力も。
『後始末』のための手段も。
全てがそれを許さない。
やってのけてみせるしかない――
スタッフ全員がそれを感じ、再び自分のデスクに向かう。
鍵は零だ、死神の鎌と足。
そして、その死神の戦場伝説そのものが作戦の成否を左右する。
「なんであろうと、利用しきってやるさ...」
ホセは誰にも聞こえないよう小さくもう一度そのセリフを呟き、再びモニタに視線を落とす。
作戦開始まで、あと一時間――
◆◆
第六収容所の整備庫では整備兵達が走り回っている。
「おい、整備兵、しっかり俺達のスケルトンを整備しとけよ、もしかしたら国境での戦闘に俺達も駆り出されるかもしれんのだからな。」
高圧的な口調で傍の整備兵に声をかけているのは、カルテルから派遣されてきた私兵だ。
「はい、整備マニュアルも預かっていますから、大丈夫です。」
「しかしお前らも大変だな、家族人質に取られてるそうじゃないか? 同情するぜ、なぁ?」
ヘラヘラと笑いながら整備兵の肩を叩くその表情からは、同情の念など読み取れない。
吐息は酒臭い。
ただの他人事として、哀れな囚われ人をせせら笑っているだけだ。
「何なら政府軍やめて俺のスケルトンの専属整備兵になるか? カルテルに斡旋してやるぜ」
「まぁお前に美人の姉か妹がいれば、の話しだけどな。」
「お前の目的はそっちだろ!」
周りの私兵が、どっと下品なヤジと笑い声をあげる。
整備兵達は聞こえないふりをして、黙々と手を動かしてスケルトンの整備を続ける。
カルテルからの派遣だか何だか知らないが、こいつらの態度は傍若無人が過ぎる。
収容所の上部にまで無礼な態度と口調、気に食わないことがあればすぐに整備兵を殴ったり蹴り飛ばしたりする。
上官に報告しても無駄だ。
注意しておく、の一言だけで目をそらし、結局は事実上野放しだ。
大声で笑いながら食堂の方に去っていく私兵たちの姿を見送りながら、整備兵はポケットにそっと手を入れる。
スケルトンの装甲の解放されているメンテナンスハッチの中に手を入れ、握られた金属製の小さなピンを太い電装ケーブルに素早く突き刺し、差し込む。
「おい、もうそろそろ時間だ、仕込みは?」
隣の整備兵が整備を行いつつ、目を合わせないようにささやく。
「今やってる、だが約束はできんぞ、整備マニュアルだけでは急所は推測することしかできないからな、ヘリの方は確実だ。」
「一機だけでも起動不能にできれば、突入してくる連中の負担とリスクがそれだけ減る。」
「収監者の方は?」
ひときわ声を小さくして聞く。
「準備はできている...はずだ。」
「そうか...」
それだけ答えて、メンテナンスハッチを閉じ、隣のスケルトンの整備に取り掛かる。
不確実だろうが何だろうが、もうやるしかないんだ...
少しでも、俺達にできるやり方で...。
俺たちなりの戦い方で...。
ブラッドレイのキャビンでラグランジュ大佐はミブロを見る。
まだ機体には火は入っていない、頭部ユニットは取り外されている。
通信機からは次々と情報が送られて来る。
薄暗がりの中、淡い光を放つモニタには第六収容所の姿が映し出されている。
「よし、ガブリエル、そろそろ搭乗しとけ。」
車外で柔軟体操をしていたガブリエルが振り返り、キャビンに乗り込んでくる。
降着姿勢のミブロのコックピットに足をかけ乗り込む際、天井に頭をぶつけた。
「ここ第六収容所の攻略戦はお前のミブロが要になる、危険の大きい任務だが、頼んだぞガブリエル。」
「分かってますよ大佐、自分に与えられた任務だけは確実に遂行してみせる。」
コックピットに収まったガブリエルが真っすぐ前を見据える。
「少なくとも...」
「俺の背中にいる奴らは、誰も死なせねぇ...」
「俺も無線でサポートするよガブ、バランサーの数値は75以下、防御時には避弾経始の角度を常に意識するんだぞガブ。」
「分かってるよ、ホントうるさい奴だ。」
だがその笑いと二人の間に交わされる視線は、互いへの信頼に満ちている。
「爆導索の用意もできているな?」
ラグランジュ大佐が運転席にマイクを通じて問う。
「はい、屋外でのスケルトン対策にはこいつが命綱ですからね。」
ブラッドレイの上部に増設された特殊ランチャーの確認をする。
「大佐、国境担当部隊からの連絡です、サンタ・ルシア軍の戦力が想定していたより多いようです。」
通信手が無線機を操りながら、隣で諜報部員が暗号を平文に戻す。
「そうか...ある意味好都合ではあるが、その分後始末は大変かもな...」
「ええ、痛し痒しですね。」
「ホセ司令を信じましょう、すでに賽は投げられました。」
「国境担当部隊への返信はどうしましょうか?」
しばらく黙った大佐は、しかしすぐに返答する。
「いや、作戦に変更はない、予定通りの手筈で予定通りの時刻に作戦を開始せよ、と返信だ。」
大佐の視線の先には、まだ静かな夜の冷たい空気が流れている。
だがその空気はやがて、怒号と硝煙と殺気で塗りつぶされる時を待っているだけに過ぎない。




