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霧の巨人

挿絵(By みてみん)


爆乳酪農家狙撃兵ホルスタイン零-zero- 第三十三話 霧の巨人



大佐率いる本隊からの返信が届く。




「作戦に変更なし、予定通りの時刻に行動を開始せよ、とのことです大尉。」





「...分かった。」




大尉は短く一言だけそう返した。




国境での作戦担当部隊は、準備を整え、動き出すタイミングを待っていた。




「この格好も久しぶりな感じがしますね大尉。」




「そうだな...実際にはそこまで長くは無いはずだが...何か久しぶりな気はするな、確かに。」




「ええ、でも我々が幽霊になって、ずいぶん経ったような気がします。」




暗闇の中から国境付近を広く見渡しながら、両陣営の動きを細かく観察する。




「タイミングが重要だ、うまくサンタ・ルシア共が反応してくれると良いが...」




「大丈夫ですよ大尉、お忘れですか?」




「...ん?」




大尉が部下たちの方を向く。




「俺達、『政府軍正規兵』なんですよ?」




――プッ...



誰かが噴き出す声が聞こえた。




思わず大尉の顔もほころぶ。




「ハハハッ、おいおい、士官学校で教わらなかったか? 報告は簡潔、かつ正確にせよ、って。」




「『元政府軍』の『元正規兵』だな。」




「はぁ...自分、座学は苦手で...もっぱら昼寝の時間、教科書は睡眠薬代わりでしたので...」



「ハハッ、まぁ俺も得意ではなかったがな、特にリヒター教官の授業はありゃほとんど催眠術だ。」




「あ、やっぱり有名だったんですか? リヒター教官の誘眠話法...」




「俺達の代では幽体離脱話法って呼ばれてたな。」




暗闇の中でクスクスとあちこちで笑いをかみ殺す声が聞こえる。




「だが、リヒター教官じゃないが、俺達の本作戦での役割はある意味催眠術師になることだ。」




大尉の眼付きが鋭くなり、部下たちの雰囲気も引き締まる。




「どっちの陣営にも、とびっきりの良い夢を...楽しい幻覚を見せてやらないとな。」




部下の一人が腕時計を見る。




夜光塗料の針が示す時刻を確認する。









ブロッケン・スペクター作戦開始まで





あと15分――





◆◆




第三収容所の正面ゲートを、暗闇から監視する視線があった。



「あんなので監視なんか勤まるのか、あいつら?」



闇の中で誰かが呟いた。



暗視装置の中に浮かび上がる警備兵二名は、タバコを吸いながらダベっている。


一人は片手に缶コーヒーまで持っている。



「あいつ、タバコ何本目だ?」



「あれで三本目だ、身体に悪いぞって、誰か教えてやれよ。」




「やはり噂通り、軍規は乱れ切っているようだな...」




「我々にとっては好都合です。」



「国境担当部隊の方は?」



「そろそろ時間です、動き出すはずです。」



「連絡はこまめにやれよ、この作戦は連携が命だ。スポットジャミングのスケジュール表は確認しておけ。」



「ええ、分かっています。」




◆◆





こちらは収容所裏手からの突入を担う、ペイルライダー部隊。



ペイルライダーのエンジンは切られている。




闇の中、兵士達は静かに待機している。



「...家族に、逢えるかな...。」



「今度こそ会えるさ。」



「俺達の手で取り戻すんだ。」



兵士達は暗闇の中で、銃を握る手に力を籠める。




◆◆




第三収容所の雑居房の中も、いつもと同じ風景の中で、いつもと少し違う静けさが流れていた。



生霊の監視兵が、房の前を通り過ぎる時。



「...異常なし...ん...んんっ...ゴホッ!...風邪かな...」



そう呟いて次の房の監視に向かう。



「...予定に変更なし、時間通りに決行、だそうだ。」



雑居房の中で小さく言葉のやり取りが行われ、収監者たちは顔を見合わせる。



先ほどの言葉は、あらかじめ取り決めた符丁だ。



「風邪」ならば『予定通り、変更は無し』



「熱っぽい」なら『予定に変更あり、指示あるまで待機せよ』だ。



「銃の扱いのコツは覚えたな? 間違って自分の足を撃つんじゃねぇぞ。始まったら安全装置は外しとけ、素人はいざ戦闘が始まったらパニック起こして、よく安全装置外すの忘れて慌てるからな。」



「その代わり、構える時以外はトリガーガードの中から指を抜いておけ。」



小さな声で収監者たちの密談が続く。



「狙う場所は胴体ど真ん中だぞ、素人が精密な射撃なんでできやしねぇ、胴体狙えば上下左右どこに多少狙いがずれても身体のどっかには当たるからよ。」



「分かってるな? 俺達の目的はここから脱出することだ、無理に政府軍兵士を倒さなくていい。」



「あくまで脱出の障害になっている兵だけを無力化できれば、それでいい、殺すまでやる必要はない、忘れるなよ。」



ただの一般市民にいきなり敵兵を倒せ、は技術的なこと以前に、心理的にもハードルが高すぎるのだ。



元猟師の男はそれをよく知っていた。



「それに、主役はあくまで救出部隊だ、俺達は後ろから必要な分だけ引き金を引くだけでいい、当てなくていい、適当に撃つだけでも牽制と援護にはなる。」



元猟師の男の言葉を聞いて、全員が少しだけホッとしたような表情になる。



「安心しろ、俺だって扱ったことがあるのはハンティング用の散弾銃だけだ、自動小銃なんて使ったこと無いんだからよ、あんたらとたいして変わらんさ。」



元猟師の、いかにも山男といった感じのヒゲだらけの顔が笑う。


「だが、後列の女子供が危険にさらされると思ったら、迷わず引き金を引け。家族の命を守るのに必要なら、その時は絶対にためらうな。」



元猟師の顔にも緊張がみなぎる。



彼とて、動物相手にはともかく、人間相手に引き金を引くかもしれないのは、今回が初めてなのだ。



「しっ...誰か来る」



格子のそばで聞き耳を立てていた見張り役の男が、後ろを振り向いて小声で警告を発する。




房の前に足音が近づいていて来る、全員の体が硬くなり、房内に緊張が走る。




だが房の前に現れたのは、顔見知りの生霊監視兵だ。



監視兵はポケットから何かを取り出すと、無言のまま鉄格子越しにそれを手渡す。




この房のカギだ。



「すまんが、俺達だけですべての房を解放して回る余裕はたぶんないだろうからな、救出部隊が来たら自分で内側からカギを開けてくれ。」



短くそう伝えると、監視兵は隣の房に移動し、同じことを繰り返す。




挿絵(By みてみん)





「...もうすぐだな、脱出の時には救出部隊、俺達、女子供老人、俺達、殿の救出部隊だ、隊列順を間違えるなよ。」



隊列を組む際、能力や経験に差があり過ぎる時は、最も弱い者を真ん中に挟み、先頭と最後尾に最も強力な連中を当てるのが基本なのだ。



「そろそろ時間だ...」



誰かがそう呟き、全員が夜の静けさの中で、じっとりと汗ばんだ手のひらを握り締め、その時を待つ...


さて、いよいよ傭兵時代編最後の山場、ブロッケン・スペクター作戦が次回始動します。

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