一触即発
爆乳酪農家狙撃兵ホルスタイン零-zero- 第三十一話
ペイルライダーとその随伴歩兵が、闇の中から現れる。
「よし...気づかれていないな、このまま第三収容所の裏手に突入できる位置まで移動するぞ。」
やがて一団の前に川が現れる、第三収容所の裏手に走っている川だ。
この川があるせいで第三収容所の裏手は防備が薄くなっていた、歩兵だけならともかく、装甲車両は渡ってこれないからだ。
「だが、生まれ変わったこのハイパー・ペイルライダーなら...」
ペイルライダーの先頭に立っていた兵士がライトで川向こうの林に向かい合図を送る。
林の暗がりの中からバラバラと人影が飛び出してくる、全員が手にトルクレンチや工具のようなものを持っている。
彼らは対岸で待ち構え、手に持っているライトで準備完了の合図を返す。
「よし、渡河準備開始!」
一人が小さい声で指示を出すと、ペイルライダーから同じく工具を手にした兵士達がバラバラと降車し、作業を開始する。
一人がポンツーン(浮袋)を取り出し、ホースをペイルライダーの排気マフラーに接続する。
吹き込まれる排気ガスにより、たちまちいくつかの浮袋が出来上がる。
男がそれらを川に浮かべている間に、他の兵士達が一斉にペイルライダーの周りに群がり、手にしたトルクレンチでボルト止めされた追加傾斜チタン装甲を取り外していく。
ガガカガッ!!ガガガガガガガッッ!!
第二次改装計画で置き換えられたペイルライダーの積層傾斜チタン装甲は、外側の一次装甲はボルトで簡単に付け外しができるようになっている。
この一次装甲取り外しにより、車重はさらに一時的に軽くなり、およそ11.8トンまで削減できる、完全な渡河能力を維持できるのだ。
渡河ポイントはあえて近くにちょっとした滝があるポイントを選んだ、その分水深も深く、水の流れが激しく渡河には不利だが、滝の音がトルクレンチの音をかき消してくれるからだ。
兵士達はトルクレンチを駆使し、あっという間にペイルライダーの一次装甲を取り外していく、まるでF1のピットクルーもかくや、と言わんばかりの早業だ。
取り外された一次装甲は、重ねて川面に浮かべられたポンツーン二つに分散し載せられる。
ペイルライダーの後部のフックにロープが結ばれ、ポンツーンと接続される。
「よし、行くぞ、ペイルライダーの波切り板を降ろせ!」
ペイルライダーの前面に取り付けられた、浮き兼波抑えのための波切り板が降ろされる。
水上を移動(浮航)するときに車体が沈んだり、波が前方に被って水が車内や上面に入り込むのを防ぐための装備 だ、この装備を使うために正面装甲だけは二次装甲まですべての追加装甲を外してある。
ペイルライダーに乗り込めるだけの兵士が乗り込み、泳ぎが達者なものはかさばる装備だけをペイルライダーに預け、川に飛び込む。
ペイルライダーがゆっくりと水面に侵入していく。
改装による重量増加により、本来の航行速度...約時速5.6kmは出せないが、時速4km、人間が少し早足で歩く程度の速度で水面を進む。
M113の渡河能力はスクリューやウォータジェットなどではなく、キャタピラで犬かきのように水をかくことで進むのだ。
「よし、ビルジポンプ(排水ポンプ) も正常に作動しているな、渡れるぞ...」
ペイルライダーが目指す対岸には、すでにトルクレンチ片手の人影が待ち構えている、先行させていた不知火隊員達だ。
ペイルライダーに載った兵士達は油断なく周囲の暗闇を見回す、この渡河中こそが自慢の追加装甲防御力も機動性も失われる、最も脆弱で危険な時間なのだ。
「急げ...敵に気づかれる前に...」
誰かが呟く、だがペイルライダーの航行速度がそれで早くなるわけではない。
じりじりとする時間が流れる暗闇の中で
ジャリッ...ジャリリリ...
ようやくペイルライダーのキャタピラが、川底の砂利と砂を噛み込む音が響いた。
その音と同時に兵士達はトルクレンチを片手に飛び出す。
対岸で待ち構えていた不知火達が後部に接続されていたロープを綱引きのようにつかみ、外された装甲板を乗せた浮袋を手繰り寄せる。
手繰り寄せた浮袋に乗っていた一次装甲板を次々と二人がかりで抱え、車体に再び取り付ける。
僅か数分後には、ペイルライダーはふたたび追加装甲をまとった姿を現す。
「不知火のみんな、ありがとう、これで敵の意表を突ける。」
「俺達はこのまま後方撹乱やジャミング戦に向かう、突入と人質の解放、よろしく頼むぞ」
「任せておけ、表からは別部隊が零の火力支援を受けつつ突入する、俺達は救出された人質の収容と離脱だ。」
いくつかの打ち合わせを行うと、男たちは互いの健闘を祈りつつ、ペイルライダーとともに闇へと溶け込んでいった。
全ての役者は、それぞれの位置へと配置されつつある。
闇は深く、静けさを保つ。
国境ではにらみ合いの一触即発の緊張が続く。
それぞれの収容所内では生霊達が息をひそめ、その時を待つ。
収監者たちの間では次々と伝言リレーが行われ、彼らの表情にも緊張と覚悟が宿っていく。
そして、作戦成否のカギを握る死神もまた――
どんな手を使ってでも、この作戦だけは成功させる...
肩に預けた鎌の重さを確かめながら、ただ静かに闇の中でその時を待つ――
国境付近に展開している部隊とサンタ・ルシア軍は、数kmの距離を隔てて対峙していた。
互いに相手の動きを神経質に監視している。
「またサンタ・ルシアの連中、頭数が増えてやがるな...」
双眼鏡を向けると、同じく双眼鏡をこちらに向けている敵兵と目が合った。
「アイツらもピリピリしてやがるな...」
「オイ、むやみに視線を合わせて刺激するな、間違っても銃口を向けるなよ。」
国境付近ではラ・エスペランサ正規軍とサンタ・ルシア正規軍の部隊同士がにらみ合っていた。
もう、にらみ合いは二週間にもなる。
「分かってるよ、敵も味方も殺気立ってるからな、ちょっとしたきっかけでいつドンパチ始まってもおかしくねぇ...」
「軍令部とのやり取りも確実に、なるべく頻繁にやれ、もう最近は軍令部からの命令すら朝令暮改だらけで信用できねぇ。」
「ああ、でもよ、この前の補給はそのおかげで儲けたよな。」
「ああ、ここに配備されてた第47中隊が別の戦線に移動したのに、情報の行き違いで第47中隊の分の補給物資まで届いたんだったな。」
「ああ、おかげでせっかく持ってきたからって、あいつらの分の補給物資分けて貰えたからな。」
「俺、タバコ3カートンも貰ったぜ、これでしばらくタバコの心配はねぇ。」
その余裕を示すように、さっそくタバコに火をつけ、気前よく隣の兵にも一本差し出す。
「ありがとよ、俺もくそ不味くて残ってたレーション交換してもらえたよ、飯の時分けてやるよ。」
「まぁ今回は俺らも得したけどよ、こういう情報の混乱、本来なら褒められたこっちゃねぇわな。」
「栄光のラ・エスペランサ軍ももう過去の話しさ。」
続けてすぐに二本目のタバコに火をつける、まだまだ残りの本数に余裕はある。
「...どうなっちまうのかねぇ、この国は...」
誰も答えられず、ただ紫煙だけがゆっくりと天高く昇り、掻き消えて行った。




