うちゅうよりのきょうふ
爆乳酪農家狙撃兵ホルスタイン零-zero- 第三十話 うちゅうよりのきょうふ
樹木に紛れ、人影が音もたてずに動いている。
サンタ・ルシア連邦共和国陸軍特殊部隊ジャガー・ネグロ
指揮官たるホルヘ・ラミレス少佐の傍で、部下が耳打ちする。
「やはりこの先にあるのは、情報通り第六収容所だけみたいですね。」
「収監者は民間人のみか?」
「多少政治犯もまぎれているようですが、ほとんどはただの民間人...徴用兵の人質でしょう。」
「では俺達が手を出すべきではないな、他国の人間とはいえ、民間人に危害を加えるのは気持ちの良いものじゃない。」
「ええ、賛成です。」
「ただ、兵力はただの警備兵にしては多すぎる、おそらく国境防衛にあたっている部隊への補充兵力の駐屯所も兼ねているのでしょう。」
「カルテルの機械化歩兵も何機か配備されているようだな...第三の方は?」
第六収容所の方に双眼鏡を向けながら問う。
「そちらの方にはまだ機械化歩兵の姿は確認されていません、ただ内部に配備されている可能性はありますが...」
ラミレス少佐は少し考えた後、双眼鏡を降ろす。
「谷にかかる唯一の渡河点であるあの橋を落とせば、機械化歩兵の足を一時的に止めることはできそうだな。」
「ええ、ですが今回の任務はあくまで地形調査と拠点兵力の調査、大規模な破壊工作用の装備は持ってきておりません。」
「うん、橋には見張りの詰め所もあるようだし、侵攻時には空軍の空爆で橋を落とすほうが無難かもしれんな...」
森林の陰から明かりの灯る第六収容所を見渡し、少佐は立ち上がる。
「よし、ここはもういい、第三収容所の機械化歩兵の配備の有無を確認しておこう。あれは生身の歩兵部隊が遭遇したら、全滅しかねん危険なバケモノだ。」
「はい、では。」
部下の男が無線とハンドサインで指示を出し、少佐の部隊は第三収容所の方へと姿を消した。
「――よし、サンタ・ルシアの連中は移動したようだ。」
暗闇から対岸のジャガー・ネグロを見つめていた影が呟く。
その言葉を受けた何名かの影が、橋の見張り詰め所へと静かに近づいていく。
詰所の中からシエリト・リンドの口笛が聞こえる、19世紀のメキシコ民謡だ。
ディエゴ・ロペスは狭い詰め所内の机に脚を乗せて、リラックスしていた。
手元に置いたラジオからは、彼のお気に入りのホラーラジオ放送が流れている。
タイトルは
「宇宙よりの恐怖、スペースシャーク襲来!」
『見てジョン!スペースシャークよ!』
『くそ!もうスペースガンのエネルギーがないぞ!』
ラジオからガゴン!ガシャンッ!と安っぽいクラッシュ音とやる気のなさそうな役者の悲鳴が聞こえてくる。
「こういうのって、スタッフが後ろでドラム缶とか叩いて音出してんのかねぇ、スタッフも大変だな」
片手に持ったガラナ・アンタルチカを一口飲む。
詰所の見張りは退屈だ、毎日毎日変わり映えのしない景色では、いかに自然豊かな景観でも飽きる。
ロペスの両親も第六収容所に収監されている。
心配ではあるが、毎日家族に銃口を突きつけて見張る配置にされる収容所勤務よりは、気が楽だった。
番組はいよいよ今週のクライマックスだ。
様子を見に行ったジョンの背中を見送りながら、バカ女が彼氏に囁いている。
『ねぇ、私たちだけで逃げましょうよ! ちょうどジョンが様子を見に行ったし、あいつを囮にしてその間に...』
「そうそう、必ずいるんだよな、こういうバカカップル。」
笑いながらロペスは、ふと尿意を催す。
「ガラナのカフェイン取りすぎたかな...」
億劫そうに体を起こすと狭い詰め所の外に出て、少しだけ辺りを見渡す。
辺りは真っ暗だ、上官もいない。
簡易トイレの設置場所は少し遠いうえに、あそこは汚くて気分が良くない。
ラジオからはやる気のなさそうな棒読みの悲鳴が聞こえてくる。
バカップル二人だけで逃げ出そうとガレージに行くと、なぜかゾンビが待ち構えていたらしい。
ロペスは手近な草むらの前に立つと、男の特権を行使し始める。
「こういう自分達だけ逃げようとするやつから死ぬんだよな、お約束お約束♪」
彼氏はあっさりやられたらしい。
なぜか全裸になっていた彼女に迫るゾンビ。
毎週クライマックスでは全裸のブロンド美女が惨殺される悪趣味全開のB級ノリこそが、この番組の真骨頂にして目玉である。
『きゃああああああああああ!!』
音声だけで語られる惨劇シーンを脳内で補完しつつ、用を足し終わったモノをしまおうとした瞬間...
プシュッ...
それがロペスが聞いた、その夜の最後の音だった。
意識を失ったロペスを見下ろす反乱軍兵士達が、素早くロペスの体を起こして政府軍の制服をはぎ取る。
まだしまわれていなかったブツを仕舞って、ブリーフもしっかり履かせてやる、武士の情けだ。
「半日は目ぇ覚まさねぇだろうけど、念のためふん縛っておけよ。」
ついでにドッグタグを確認する。
「名前は...ディエゴ・ロペスだ。」
「分かった、定時連絡の方は任せておけ。」
一人が詰所の中に潜り込む。
ラジオから緊迫感を演出するチープな音楽と、クラッシュ音が流れてくる。
「しかし、こいつの聞いてたこのラジオ番組、なんだこりゃ? あったま悪そうだな...」
「さぁなぁ、知らねぇけど最近流行ってんじゃねぇの?」
「ふーん、でも笑えそうだし、作戦終わって帰ったら俺も聞いてみようかな...」
『ついにスペースシャークを倒した主人公ジョン!しかしそのシャークの口の中から現れたのは...真の黒幕、スペースニンジャだった!』
「なんでニンジャが...」
「いいから、お前も忍者みたいにさっさと制服に着替えろよ『スペース・ディエゴ・ロペス』君。」
制服を渡された男はすぐに着替え、そのまま詰所に待機する。
「じゃあ橋の工作の方は頼んだぞ、見回りが来たらすぐ知らせるから、いつでも身を隠せるように気を付けといてくれ。」
「分かった、ラジオに気を取られて見落とすなよ。」
残りの男たちは荷物を抱えて、橋の方に消えていった。
『次週、宇宙よりの恐怖、スペースシャーク襲来! ついに迎える感動のフィナーレを聞き逃すな! 最終話「新たなる戦い」に乞うご期待!』
「最終話なのに新たなる戦いってなんだよ...誰だよ、脚本書いてるアホは。」
闇夜の中、偽スペース・ロペスにすり替わった男のつぶやきだけが、夜のしじまに吸い込まれていった。
劇中劇、宇宙よりの恐怖 スペース・シャーク襲来! は雪風のお気に入りの設定で、すごく気に入ってます。
とても頭悪そうなのがいい味出してます。




