救い
爆乳酪農家狙撃兵ホルスタイン零-zero- 第二十九話 救い
新月の夜――
暗闇の中、反乱軍兵士達が無言のまま動いている。
先行が必要な全ての戦力は配置完了している。
先行偵察部隊の報告でも、目的地まで政府軍の哨戒部隊などは見当たらない。
ブラッドレイとハイパーペイルライダーは、付近の村々に分散配備して隠してある。
今頃彼らも出撃しているはずだ。
腰の特製ガンベルトに巨大なヨルムンガンドの砲弾をつるした零がトラックの荷台に乗り込む。
一発およそ800g、十発持ち込むだけで計8kgの弾薬重量。
だが今はこの重さが心強い、この『鎌』の重さこそが、あたしと仲間を守ってくれる最も確かな命の保証書だ...
トラックの運転席から咥えタバコのザックの声が聞こえる。
「俺とルークも手分けして持てるだけの砲弾もっていくぞ、今回は撃ちまくるだろうからな。」
トラックの荷台の脇にやってきたホセ司令が、片手で懐中時計を弄びながら零の顔を見る。
「すまないね零君、いつものことだが、今回はまた飛び切り君に負担を押し付ける作戦になる。」
どうやら本気で零に対して申し訳ないと思っているらしく、珍しくその表情は真面目だ。
「大丈夫だって、『おまじない』もあるし、任せといてよ!」
肩に担いだヨルムンガンドの砲身をポンポンと叩く。
屈託なく笑う零の表情を見て、ホセ司令も少しだけ笑顔を見せる。
「第三は何とかなるはずだ、仕込みが使えるからね。問題はそのあとの展開だ、大変だろうけど、頑張ってほしい。」
「分かってるって、でもおまじない使った後はすごくお腹へるから...」
あざとく上目遣いでホセ司令を見る。
「ハハハッ、了解だ零君、帰ってきたら三日月亭で君の好きなものをボクが奢るよ。」
「エル・ウラカン飲み放題もつけてもらうからね!」
「おうよ、ガツ煮込みもお前の馬並みの食欲に合わせて鍋からはみ出すぐらい作っておくから、無事に帰ってきやがれよ零。」
ガンドロワもオタマ片手に、出撃していく兵達の見送りに来ている。
二人に手を振りながら、零を乗せて走り出したトラックを見送る。
「本来ならここまでタイトな作戦は組むべきではない...あまりタイト過ぎる作戦は僅かな狂いが全体の瓦解を招く...」
ホセ司令が小さな声で呟く。
反乱軍の最大目標ともいえる、大規模収容所の二か所同時攻略作戦。
この二か所の収容所は、地形的にも距離的にも相互防衛が容易な位置関係にある。
それゆえ今まで反乱軍の戦力では手に余るとして、手が出せなかったのだ。
だが隣国サンタ・ルシア連邦共和国との国境付近では緊張が高まり、政府軍の高位者の急死や、後継者への交代にともない生じた軍内の混乱も発生している。
玉藻の前作戦で鹵獲したいくつかの兵器により、攻略のめどが立ったとホセは判断した。
そして隣国との緊張関係を利用した『後始末』も、このタイミングでなければ成しえない。
ここでしか、チャンスはない――
最後の兵を乗せたトラックが出発するのを確認したラグランジュ大佐が、自分のトラックの助手席に乗り込む。
「今までだってうまくいったんだ、今回もうまくいくさ。もちろん俺達も全力を尽くす、零にだけ負担はかけさせん。」
「ああ、よろしく頼むよラグ。」
そう告げるとラグランジュ大佐はドアを閉め、トラックは闇夜へと走り出していった。
「きっとうまくいくさ司令、俺達が命懸けで調整したミブロだってある。」
いつの間にか隣に立っていたのは整備長だ。
「ああ...司令室に戻るよ、ボクも全力で指揮をとらないとね。」
ホセは静けさを取り戻した拠点の街道を、司令部に向けて歩き出す。
司令部の入り口で、司令は一度だけ後ろを振り返る。
仲間たちが消えていった暗闇に視線を送り...
パチンッ!
一度だけ彼の手元で音が跳ね、その後は振り向くことなく司令部へと消えていった。
ブロッケン・スペクター作戦 始動――
「今回はマジ走り回るから、ちゃんとついてきてよね。」
荷台に揺られる零が隣のルークに声をかける。
「お、おう...この作戦に備えて筋トレはやってきたからな。しかし俺とザックはともかく、ヨルムンガンドと弾薬まで担いだお前の方こそ大丈夫なのかゼロ?」
薄明りの中で、床に横たえられた鉄塊を見る。
「ヨルムンガンドと弾薬だけで60kgあるんだろ? 成人男性一人担いで走り回るのと同じだぜ...」
「慣れの問題よ、なんならあんたにもヨルムンガンド貸してあげようか? 明日からはこれを担いで筋トレすれば...」
「そこまで行くともう筋トレじゃなくて、ただの虐待だろ...」
「零の場合はいつものことだ、それより自分の体力の心配しとけルーク。」
運転席のザックが前を見たまま話に加わる。
「今回の作戦で最も負担が大きいのは零だが、俺達随伴偵察兵も零の足についていかなきゃならんのだ、覚悟しとけ。」
「お、おう...」
ルークは緊張をほぐそうと、指の骨をパキバキと鳴らす。
ガクンッ!!
タイヤがギャップを拾い、車体が大きく揺れる。
「ぅおっと。」
零が手近なパイプにつかまると同時にブルルンっと揺れた、揺れたのだ。
「おっと悪ぃ、頭を天井にぶつけなかったか二人共?」
「ちょっとぉ、運転荒いよザック、めっちゃ揺れたじゃんかぁ。ねぇルーク?」
零が口をとんがらせて文句を言う。
「うん...揺れた...すんごく...揺れた...ブルンブルン!って...」
「悪いって、気を付けるからよ。」
軽い口調で謝罪するザックの背後から、零がこっそり接近するのが見える。
「秘孔...激震孔!!」
突然零が両手をグーの形で親指だけを立てた形にし、その親指をシートの左右越しにザックの脇腹に突き立てる。
「ひぎゃあぁぁぁっ!? やめろ零!! あぶねぇぇぇ!!!」
きゅるきゅるとタイヤが悲鳴を上げ、トラックが蛇行し、危うく路肩に落ちそうになる。
「今度トラック揺らしたら、ガンドロワの特製レーション定食一気食いな!」
含み笑いの表情で、零がザックの脇腹にめり込ませた親指をグリグリする。
「ひぎゃぁぁぁぁぁ!!」
「んん~? 何本目で死ぬかなぁ~?」
ケラケラと笑う零の声と、ザックの悲鳴が薄暗がりの中に響き、身をよじるザックの動きに合わせて零の特定部位も『揺れ』まくる。
悶えるザックの後ろでブルンブルンを堪能しながら、ルークはふと自分の肩の力が少しだけ抜けていることに気づく。
そうか、戦闘だけじゃないんだな――
こいつの明るさに、俺達ずいぶんと助けられてる――
キャアキャアと零の声を響かせながら蛇行する前方のトラックを見ながら、大佐は本日二回目の胃薬をボリボリとかみ砕く。
「やれやれ...大一番の作戦本番だというのに、修学旅行気分だな、零の奴...」
ハンドルを握るミゲルは、なぜか嬉しそうに前方のトラックを見る。
「だからこそ、ゼロはゼロなんですよ。」
片方の眉をあげ、何か言いたそうな大佐だが、ため息とともにまた前方のライトに照らし出される景色に視線を移す。
「やれやれ...そうだな、あれでこそ零なのかもしれんな...」
作戦開始まで、あと三時間――




