胎動
爆乳酪農家狙撃兵ホルスタイン零-zero- 第二十八話 胎動
キュウゥゥゥゥン......
低いアクチュエーターの音が響き、サーボの歯がかみ合う。
ミブロが立ち上がる。
「基本の動作と操作法はもう十分習熟できている、今日からは作戦を想定した狭い屋内での運用の訓練だ。」
「了解です、スケルトンの運用に関しちゃ大尉たち講師陣の知識とノウハウが頼りだ、よろしく頼んまっせぇ。」
ミブロのスピーカーからガブリエルの軽口が聞こえる。
「調子に乗ってミブロを壊すんじゃないぞガブ、一機しかないんだからな。」
不知火となった者たちを束ねている大尉のそばで、一緒にモニタの数値を注視していたミゲルが笑いながら声をかける。
「慣熟訓練の時だって輸送トラックにぶつけて、トラックの荷台ヘコましただろ。」
「あ...あれはちょっと油断しただけだ、もう絶対ぇ大丈夫だって!!」
「本当かぁ?ガブは昔っからすぐ調子コキすぎて失敗するから...」
軽口を叩きながらも、ガブリエルは機体各所のコンディションチェックを済ませる。
「成績が悪かったりぶつけたら、今晩の晩飯はスペシャルレーション定食の残飯処理係な。」
大尉がニヤニヤしながらガブリエルに告げる。
「しかも一番エグいイギリス軍のやつな!!」
講師陣の誰かがヤジを入れる。
「良いですねそれ、在庫処分ができてガンドロワも大喜びだ。」
倉庫内でドッと笑い声が上がる。
「じょ...冗談じゃねぇぞ...作戦前に食中毒で俺を殺す気かよコイツら...」
ガブリエルのHMDに「M.C.O.S.」立ち上げ完了の文字が流れる。
「こちら、本気でブラックゲリラ株式会社からの転職を考えたくなってきたガブリエル、準備完了だ。いつでもどうぞ!!」
ミブロの前方には、コンテナや設備、工事用コーンなどを利用して簡易に再現された第六収容所内の廊下が広がっている。
生霊がもたらす情報を基に再現されたスペースだ。
「よし、ではそのまままっすぐに廊下の奥に進め。」
「了解、ミブロ突入を開始する。」
油圧シリンダーの音を立てながら、ミブロがゆっくりと歩を進める。
ガブリエルのHMDの中に曲がり角が浮かび上がる。
あえて倉庫内は照明を落とし気味にしてあるが、ミブロの暗視装置も兼ねるカメラアイは暗がりを昼間のように明るく自動補正し、ガブリエルにクリアな視界を提供してくれている。
「よし、曲がり角まで来たら、曲がる前にまずは防御姿勢をとれ。」
「了解。」
ミブロの両腕が上がり、前腕部を頭部の前に並べて立てるガード姿勢をとる。
前腕部に左右分割されて取り付けられているシールド状の外装式装甲が、頭部の前で合体し、巨大なラウンドシールド状に連結される。
ガシュッッ!!
バヨネット・ロックが閂のように左右のシールドを繋ぎ固定する。
「よし、いいかガブリエル、ミブロの装甲は12.7mmクラスまではほぼ受け付けないが、角を曲がった瞬間の出会い頭にだけは気をつけるんだ。」
「ええ、シールドを構えていれば本体の装甲までは撃ち抜かれずに済む、分かってますよ大尉。」
曲がり角を曲がり、さらに奥へと進むミブロの前に、据え付けられたガトリング砲座が見える。
「よし、ここからは収容所内で想定される、敵スケルトンの攻撃に対する対処訓練を行うぞ。」
「そのまま防御体勢のまま待機だ、スケルトンの12.7mm相当の模擬弾に耐えてみろ。」
「バランサーの数値は75以下をキープするように常に気を配れよガブ、お前すぐそれ忘れるんだから。」
「分かってる分かってる、いつでもいいぜ。」
ぶっきらぼうに答えるガブリエルの声が、ミゲルに一抹の不安を与える。
「本当に分かってんのかなぁガブのやつ...」
シールドを構えたまま、ミブロが前傾姿勢をとる姿がモニタに映し出される。
素早く計器類の数値に視線を走らせるガブリエル。
バランサー負荷――12。
「よっしゃ!!バッチこーい!!」
能天気なガブリエルの声と同時に、ガトリング砲座の回転式砲身がスピンアップを開始する。
――ズガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!!!!!
ガトリング砲から吐き出される模擬弾の火線が、ミブロの全身を覆いつくすほど集中する。
「おっ...おぉぉぉお...け、結構振動すげぇなコレ...」
コックピット内にトタン屋根を叩く豪雨のような音が絶え間なく響くが、ガブリエルの声にはまだ余裕がある。
「バランサー負荷58...ガブ、もう少し前傾姿勢を深くしろ、負荷がちょっと高い。」
「お、おう。」
ミブロがさらに前傾姿勢をとると同時に、前腕部の角度も調整してシールドの傾斜角を避弾経始効果を最大化するように微調整する。
ガトリング砲から叩きつけられる模擬弾が火花を散らすが、ミブロはしっかりとその場に踏みとどまり、姿勢も安定している。
「所詮模擬弾ですが、貫通力はともかく衝撃力は12.7mm弾による猛射相当に計算してあります、しっかり耐えられているようですね。」
整備兵がモニタの数値を凝視しながらつぶやく。
「ガブリエルさん、腕部の負荷はどうなっています?ジッター(振動)や駆動部の異音などは出ていませんか?」
ガガガガガガガカギギギンギギギンガガガガガ......
「え?わりぃ聞こえねぇ、ちょっと待って、外部マイク切るわ...」
すぐに無線機から漏れ聞こえてくるコックピット内の音が少し小さくなり、整備兵がもう一度同じ質問を繰り返す。
「ああ、問題ない。腕部アクチュエーターの負荷も規定値以下だし、フレームの歪みもでてない感じだ。」
横で見ていた整備長が、油のついた手で顎を撫でる。
「へっ、ミブロのアーム部には高出力な脚部用アクチュエーターを移植してあるんだ。」
整備長の表情には自信がみなぎっている。
「ついでにあのシールド自体が、腕部のフレーム強度を補強するサブフレームとして機能するように組み付けてありますからね。」
シールドそのものが、腕部フレームを外から包み込み、補強する箱型構造になっているのだ。
「オリジナルよりパワーも剛性も上だ。日本の二式大艇にも使われた箱型構造からヒントを得た 、俺達整備班会心のアイデアだぜ。」
別の整備兵がモニタを見つめながら続ける。
「防御時はもちろん、攻撃時にも構造材として腕部の剛性を増し支える。一切デッドウェイトにはなんねぇのがミソだ。」
「よし、ガブリエル、テストは終了、結果も上々だ。帰ってこい。」
すぐにガトリング砲の猛射が停止する。
「ふぃー...さすが整備班御自慢の装甲だな、頼もしい限りだぜ。」
「うん、だけど実戦じゃ何が起きるかわからない、本番じゃあれ以上の火線が集中してくる可能性だってあるんだ。バランサーの制御も俺が言わなければちょっと危なかったぞガブ。」
「細かい奴だなぁ、お前は俺のかーちゃんかよ。」
HMDを外しながらガブリエルとミゲルは笑い合う。
「お前の母さんではないけど、バックアップの予備パイロットではあるさ、ガブが乗れないときは、俺がミブロを動かすんだからな。」
「お前がこいつに乗る時は、俺が死んだ時だ。」
「俺は死なん、仲間を守る楯になり続ける役目があるからな。」
ガキン...
ガキン...
奥の薄暗がりからミブロが引き返してくるのが見えた。
「...そうだな、お前はいつだって悪ガキどもの先頭に立ってたもんな。」
ガシュゥゥゥゥ......
目の前でミブロの膝関節が折られ、姿勢が低くなる。
肩部のアクチュエーターが緩み、ミブロの両腕部がだらりと下げられる。
パシュッッ...
首と鎖骨辺りを止めていたボルトが回転し、頭部ユニットの固定ロックが外されるのを確認した整備兵達が、頭部ユニットに天井からぶら下がるホイストの鎖を取り付ける。
ジャリリリリリリ......
持ち上げられた頭部ユニットの下から、ガブリエルの上半身が現れる。
「うん...良い仕上がりみたいだな...」
通路の入口に、ラグランジュ大佐の影がある。
腕組みしたまま、訓練を見ていたらしい。
「屋内なら、対スケルトン殺しとして使える」
大佐の声は低い。
「問題は、屋内に入れるまでの道だ」
ガブリエルがミブロの頭部ユニットを取り外されたコックピットから上半身を出し、その言葉を受け止める。
ミゲルは無線を切り、通路図をもう一度見直す。
同時攻略は、まだ始まっていない。
だが、もう最後の戦いの準備は始まっている。
機体から抜け出し額の汗をぬぐいながら、ガブリエルはミゲルとともに、電源が落とされ再び眠りについたミブロを見る。
頼んだぜ、相棒...




