それぞれの戦い
静かな夜の中、それぞれの思惑と、それぞれの決意を秘め、それぞれの戦いはすでに始まっていた。
腐敗する政府軍の命令に従いながらも、葛藤を抱える兵士達。
闇の中でその時を待つ生霊達。
全ての歯車はすでに動き出していた――
爆乳酪農家狙撃兵ホルスタイン零-zero- 第二十七話 それぞれの戦い
第六収容所の整備小屋の片隅で、整備兵が手を洗っている。
隣に来た男も手を洗い始める。
「...使えそうなピン、あったか?」
「ああ、適当にポケットに放り込んである、あとであんたの分も渡すよ。」
二人の生霊は視線を合わせず、小さな声で続ける。
「刺す場所は知ってんだな?」
「何年整備兵やってると思ってんだ、ピン一本で眠らせてやるよ、ピンを抜けばたちまち元通りさ。」
「できればスケルトンも何機か眠らせたいが...」
「そっちは最近の話しだから、確実性は低くなるが...一応設計図は見ているからな、大体の目星はついてる。」
「攻撃ヘリは?」
「そっちはぶっつけ本番でも問題はない、嫁の体のほくろの位置より、構造は知り尽くしてるからな。」
「だが全部はやるなよ、疑われるからな。」
「あぁ、それは連絡も受けてるからやらない、どういう理由かは知らんが、あくまで一部だけ無力化してくれ、とよ。」
「頼むぞ...おっと。」
近づいてくる別の整備兵に気づいた男が目配せをする。
会話を中断し、何食わぬ顔で手を洗い終わった男は、収監者たちの監視警備に向かう。
収監者たちと目配せをしたのち、鉄格子越しに特殊な材質でできたメモをこっそりと手渡す。
他の看守の目を盗み、メモの中身を確認する。
「いつだ...?」
「まだだ、連絡があるまではおとなしくしておくんだ。」
「今回の連絡では、作戦時には俺達にも武器を取ってもらうから、その覚悟だけはしておいてくれ、だとよ。」
「やはりそうなるか...あんた、確か猟銃なら使ったことあるんだろう?」
「あぁ、あとで生霊の監視が来た時にでも、銃器の扱いに関する簡単なレクチャーをするよ。」
収監房の中で小さな声でのやり取りが終わると、男はメモを小さく折りたたみ、飲み込んで証拠を隠滅する。
「あとは、房から出られたときに先導される脱出経路だが、運動時間とかにちゃんと移動経路と廊下の繋がりを、自分でも確認しておけ。」
「スムーズに脱出ポイントまで移動できるようにな。」
第六の雑居房は、すでに定員を超えている。
昨夜も新しい者が三人入ってきた。
そのうち二人は、目で合図を返す。
一人はまだ恐る恐るといった感じだが、それでも、ごく小さく頷いた。
「それと、運動時間に監視兵同士の会話を聞いた、近々新しい武器弾薬が補給で届くらしい。」
「ならば、補給が終わってから作戦開始の方がいいかもな。」
「ああ、抑えることができれば、いい手土産になるかもしれん...」
傍らで会話を聞いていた男が、衣服の袖を少し破り取り、素早くその情報を布切れに書き込む。
あとで生霊監視兵が来た時、この情報を渡すのだ。
「おい...!!来たぞ...」
隣の房の男が、小さな声で注意を促してくる。
全員が黙り、房内の壁にもたれかかる。
コツ...コツ...コツ...
ほどなく硬い軍靴の音が近づいてくるのが聞こえた
監視兵が廊下を通る。
監視兵の腰に下げられた鍵束の音だけが、ジャラジャラと響く。
向かいの房の前まで来た監視兵が、伴っていた男を促し、男はおとなしく房の中に入る。
ガチャン...
扉が閉まり、再びカギがかけられる音が聞こえる、新しい収監者だ。
「...毎日のように新規収監者が入ってくるな...」
「戦死した兵士の人質が解放されてるからな、その分収容所にも空きができる。」
「そうとも限らん場合があるらしいぜ。」
「女子監房の話だけどよ、旦那さんを徴兵に取られた人質の奥さんから聞いたんだ。」
「旦那さん、気の毒なことに戦死しちまったそうなんだが、その奥さんはまだ解放されてないらしいんだ。」
「兵士が戦死しても、人質の親戚や親しい友人に健康な成人男性がいる場合は、そいつらを徴兵する際の人質としてまだ利用価値がある、と判断されれば...」
「解放されない場合もある訳か...」
房の奥の壁にもたれかかっていた男が呟く。
「...兵士の命も、人質も、骨の髄までしゃぶり尽くすまで利用するわけか...」
「ああ、だけど勘違いはするな、上の連中はともかく、警備兵の中にも俺達の立場に同情的な兵士もいる。」
「分かってる、雑居房の中での収監者同士の私語も本来は禁止だが、ほとんどの監視兵達はある程度多めに見てくれているからな。」
いかに命令とはいえ、誰だって自国民、同じ国民相手に銃口を向けることには多かれ少なかれ抵抗を感じているのだ。
ましてや彼らは、何か罪を犯したわけではない。
ただ身内に若く健康な、兵士として使えそうな男がいただけなのだ。
「兵士達も、そのほとんどは鬼でも悪魔でも無いさ、人質の中には女子供までいるんだ。」
そんな収監者たちに、何のストレスも良心の呵責もなしに、銃口を向け続けられる兵士など、そうそういるものではない。
壁に背を預けていた男が息を吐く。
隣の男が、唇だけ動かす。
「房の中なら話せる、だが外ではまだ無理だな。」
向かいの房にいる男が、無言のままでハンドサインを送ってくるのが見える。
「...さっきの新規収監者も、生霊みたいだな...」
収監者たちの間で自然発生的に生まれた、「新しい生霊の仲間が入った」の合図だ。
それ以上は言わない。
言わなくていい。
彼らは兵士ではない、人質だ。
雑居房に押し込められた人質が何かの密談をしていても、それはある意味当たり前の光景だ。
ばれたところで、人質としての利用価値がある以上、すぐには殺されはしない。
まさか、監視兵とも繫がっての密議とまでは思わない。
満杯の収容所にはすでに独房の空きはなく、移されても別の雑居房。
監視を付けられたところで、今夜の通路そのものが消えるわけではない。
何食わぬ顔で監視につく兵の中にもすでに生霊は潜んでいる。
彼らが監視に立っている時なら、もう少しは安心して打ち合わせができる。
新しい者の一人が、袖の内側を見る。
印はない、印は持たない。
持つのは、目と、同じ房の呼吸、そして諦めない希望だけだ。
ミゲルのときは偶然だった。
今度は、最初から房の中に通路を作ってある。
第三でも、同じ短い言葉が別の壁の内側で秘かに飛び交っているはずだ。
生きてる。
それだけで、今はこと足りる。
外ではスケルトンが灯を落とし、整備小屋では小さなピンがポケットの奥にひっそりと眠っている。
房の中はまだ、ただの夜だ。
しかし、その夜の静けさの中で生霊はすでに目を覚まし、うごめき始めていた。
◆◆
タ...タッ...タタッ...タタ...タタタタタタタタタタタ...
外では雨が降り出したようだ。
零はグリスアップが終わり、自室の壁に立てかけたヨルムンガンドに手を添える。
「――ん~...」
頭の腕で手のひらを組み合わせ、大きく伸びをする。
傍らのテーブルの上にあった焼きそばパンを一つつまみ、口に押し込む。
「これ設計した奴は、絶対頭オカシイよね...なんで同じ兵器にイギリスインチのネジと任天堂の特殊星形ネジが混在してんのよ...」
「...でもまぁ」
「感謝してる、アンタなしじゃ今まで戦い抜いてこれなかった。」
「仲間も守れなかった。」
立てかけた鉄塊に右手を添え、目を閉じる。
「.........」
――頼むわよ、相棒...
「さて、そろそろ寝よっかなっと」
上着を脱ぎ、行儀悪くそれをベッドの上に放り投げる。
「おっとと...またゴリさんに怒られる...」
部屋の窓のカーテンが全開だったことを思い出し、片手で胸を隠して慌ててカーテンを閉める。
そのまま、シャワー室へと消えていった。
爆乳酪農家狙撃兵ホルスタイン零-zero-
第二十七話 それぞれの戦い
終わり




