死神の覚悟
せまるブロッケン・スペクター作戦決行の瞬間に備え、反乱軍も準備に余念がない。
仲間たちの姿を見ながら、零は決意を固める。
仲間たちは守ってみせる
誰も死なせない
死神がそう決めたから
爆乳酪農家狙撃兵ホルスタイン零-zero- 第二十五話 死神の覚悟
倉庫内ではまだ昨夜の喧騒がそのまま続いている。
整備兵達はせわしなく動き、ガブリエルは設備を利用して懸垂の筋トレ。
ミゲルはモニタと手元の見取り図を交互に見ながらブツブツと呟いている。
零はぼろ布を巻いた清掃棒をヨルムンガンドの砲身から抜き取り、砲口を覗き込む。
ライフリングの摩耗が、やはり気になる。
最近は特に派手に撃っている、撃たざるを得ない状況が増えているのだ。
ヨルムンガンドを手に入れた後、零も八方手を尽くして製造元や弾薬、メンテナンス用パーツの入手経路を探してみた。
分かったことは、この砲は伝説の天才ガンスミスと呼ばれたサミュエル・マッコイという男が作り出した、試作品に近いものらしい、という事だ。
一部の消耗品は既存の銃や砲の部品で代替できたが、主要部品と弾薬はほぼ全てワンオフの一点物。補充は絶望的だった。
「百発単位の弾薬のために専用のラインなど立ちあげられませんし、一発辺り高級スポーツカー並みの価格にさせて頂かないと、採算がとれません。」
メーカーの技術者からこの返答を聞かされた時点で、零としては弾薬の調達は諦めざるを得なかったのだ。
現在ヨルムンガンドに組み込まれている消耗品パーツの一部は、すでに反乱軍整備班の協力で作られたものに置き換えられている。
零とともに戦場を駆けるヨルムンガンドは、反乱軍最強の火力だ。
その稼働率を維持するため、ホセ司令とラグランジュ大佐は整備長を拝み倒した。
オリジナルの中からコピー可能なものだけでも、と複製してもらったパーツ類である。
とはいえ、全てのパーツが十分に揃っているわけではなく、巨大蛇の稼働率は常に危うい境界線上に置かれているのだ。
弾薬はまだ十分にある、だがこちらは代替が利かない、いずれは底をつく。
メンテナンス用具を、ホルスタイン柄の牛のイラストが描かれた愛用の工具箱にしまう。
おなじ柄に塗装されたヨルムンガンドの機関部に手を触れる。
「屋内はミブロ、外からあたしとヨルムンガンドで火力支援、そして遊撃...」
指先の冷たい感触を感じながら零は呟く。
「勝ち過ぎず、負け過ぎず...か。」
「司令は、負けない事はもちろん、勝ち過ぎないことにも腐心されておられます。」
傍らで資材の在庫をチェックしていたクレアが口を開く。
「うん、分かってる。どちらもほどほどに、でしょ。」
ほどほどに勝つ、というのは言葉にするほど簡単ではない。
撃ちすぎれば、隣国が雪崩れ込んでくる。
撃たなすぎれば、作戦は失敗し、人質が死ぬ。
その限られた条件の中を、自分の足で駆け抜けるしかない。
傍のテーブルに置いてあったカフェオレのカップに手を伸ばす。
せっかくクレアが淹れてくれたものだが、相棒のメンテナンスに没頭しているうちに、冷めてしまっている。
「作戦だと、零さんへの負担がかなり大きい...お体の方は大丈夫ですか?」
「うん、身体の方はいつも通り調子は悪くない、やってみせるよ...必ず。」
ヨルムンガンドを肩に担ぎ、壁際に立てかける。
ズシリとした重さが頼もしい。
この重さこそが自分と仲間たちを守ってくれる、命の保証なのだ。
壁際に立てかけた鉄塊は、いつものように何も言わず、ただ照明の光だけを鈍く反射している。
窓の外はもう暗い。
拠点の灯は意図的に落とし気味にしてある。
遠くで犬が鳴き、その先は国境のほうへ続いていた。
第三は川を背負っている。
第六は鉱山跡で、守りやすい。
地図の上ではただの記号でも、実際に歩くと距離も高低も、確実に体力を奪ってくるはずだ。
「……走るわね、かなり」
誰に言うでもなく、零は呟く。
クレアが端末を閉じる音がした。
体力には自信がある、いざとなれば「おまじない」だってある。
しかし巴おばあちゃんに言われた言葉が脳裏に浮かぶ。
「あまり『おまじない』に無茶な頼り方をし過ぎるな、しすぎれば身体を損なうでの。」
零自身も、何度かの実体験からそれは知っている。
政府軍の奇襲を受けて作戦行動中の反乱軍の別動隊が危機に陥った時。
通常なら手分けした狙撃手が、三か所に分かれて担うべきミッションを一人で同じ効率でこなした時。
負傷し、ロクな手当てもしないままの身体で政府軍の二個小隊を壊滅させたとき。
いずれも「おまじない」の力で乗り切ったが、翌日にはすさまじい全身筋肉痛で二日間ベッドから動けなかった。
軍医の診断では、体中の筋繊維があちこち断裂したりして酷いダメージを受けている、『命には別条はないが、どうしたらこんなダメージを受けるのか...』と首をひねっていた。
軍医からそれを聞いた時のホセ司令と、ラグランジュ大佐の表情が思い出された。
「でも、今回はそうも言ってられないかも...」
誰にも聞こえないようにそう呟く。
ちらりと隣のクレアに視線を送るが、聞こえていないようだ。
聞かせるわけにはいかない。
これを聞けば、またホセ司令の懐中時計の開閉の音が早くなるから。
これを聞けば、またラグランジュ大佐の眉間のしわが深くなるから。
零はカーテンの端をつまみ、少しだけ窓を開けて外の景色を見る。
風は弱い。
湿度は少し高め。
狙撃には悪くない条件...
そこまで考えて、こんな時まで本能的に狙撃条件を確認する自分に苦笑する。
倉庫内に視線を戻し、忙しく動き続ける仲間たちを見る。
このうち何人かは銃弾に倒れるのかもしれない。
守ってみせる...
今度の作戦ではかなりの近距離での狙撃ポイントがある、本来なら狙撃手としては避けたい距離での狙撃だ。
できればもっと距離を取りたいが、作戦の都合上、そして地形の制約上、やるしかない。
やらねば、突入部隊と楯を安全に運べない。
「アンタがいなきゃ、ここまで来れなかった」
壁に立てかけたヨルムンガンドに、零は小さく告げる。
ネジの規格すらバラバラな、頭のおかしい設計の相棒。
それでも、弾は真っ直ぐ飛ぶ。
必要なときに、必要な障害物を必要なだけブチ抜いてくれる。
動く何十トンもの鋼鉄の塊だって、必要なだけの大穴を開けて粉砕してくれる。
立てかけたヨルムンガンドの冷たい手触りを確かめる。
あたしは死神だ――
死神が、ここにいる仲間は誰も死なせないと、そう決めたんだ。
決めるのは政府軍じゃない。
ここにいる仲間は、誰一人として死なせない。
死神がそう決めたんだ。
その命を脅かすものは、この鎌がすべて刈り取る。
零の拳に力がこもる。
だから...誰も死なせない、守ってみせる...
決意だけでは足りないというなら、『おまじない』だっていくらでも使ってやる。
自己暗示のように自身にそう言い聞かせ、零は上着を手に取り、後ろを振り返る。
ミブロの緑のカメラアイは消えている。
眠っている楯。
起きている鎌。
楯と鎌の両方が揃って、ようやく「ほどほど」が狙える。




