毒をもって...
爆乳酪農家狙撃兵ホルスタイン零-zero- 第二十四話 毒をもって...
その夜。
薄暗い部屋の奥で、ボスが深い赤色のワインをゆっくりと口に含んでいた。
重いグラスを指先で軽く回し、脚に沿って垂れる液の粘りを確かめるように見つめる。
燭台の灯りが、深紅の液体を血のように輝かせていた。
ゾルゲは膝をついたまま、頭を下げている。
「やはりあの男、操り人形としてもコストパフォーマンスがよろしくありませんな」
ボスはグラスを置き、静かに口を開く。
「コスパの悪い不良品は必要ない」
「では、やつも?」
「ああ」
ボスの手元から、黒いアタッシュケースが静かに押し出される。
「これを使え。遅効性神経毒をガス化したものだ。ケースには仕掛けがしてあるから、手荷物検査のX線にも検知されることはない」
ゾルゲはケースに手を伸ばす。
「ただし、その検査をすり抜ける細工を仕込んだせいで、リモコンの電波も半径十メートルまでしか届かん。やつのすぐ近くでスイッチを入れろ」
「承知いたしました」
ボスのそばに控えていた黒服が、小さな瓶をゾルゲに手渡す。
「それと、これを仕事の一時間前までに飲んでおけ」
「これは……?」
「その毒専用の解毒剤だ。それを飲んでおけばお前にはガスの影響はない。ただし効果は二時間だけだ。必ず一時間前に飲んでから仕事にかかれ」
ゾルゲは瓶を受け取り、丁寧に頭を下げる。
「なるほど……それならターゲットのすぐ近くに私がいても、後々疑われることもない。」
「今後の仕事でも頼りになりそうですな」
「ああ。だが失敗は許されんぞ。ターゲットが倒れたら、念のため……」
「ハイ、分かっております。念には念を……最後の止めは私自身の手で確実に、ですな」
ゾルゲの右手が、上着の内ポケットに仕込んだ拳銃のふくらみに触れる。
彼は静かに立ち上がり、一礼して部屋を出た。
扉が完全に閉じたあと、黒服がボスに近づき、低く囁く。
「よろしいのですか? ゾルゲに渡したあれは、ただのビタミン剤。半径十メートル以内でスイッチを入れれば、ゾルゲ自身もただでは……」
「かまわん。あれはいろいろと知り過ぎている。そろそろ引退してもらわねばならん。腕のいい暗殺者は他にもいるのでな」
ボスは再びグラスを手に取り、残りのワインをゆっくりと傾ける。
深紅の液体が、喉を通る感触を楽しむように、長い時間をかけて消えていく。
「ああ、だが奴が仕事をする時には現場にスナイパーを伏せておけ。ゾルゲはああ見えてしぶとい男だ。ガスで倒れたところを……」
「……念には念を入れて、ですね? 狙撃手を手配しておきます」
黒服は静かに頭を下げ、部屋の闇に消えていった。
ボスは空になったグラスを指先で軽く叩き、低く笑った。
ホセ司令は黙ってマップに視線を落としている。
「一番厄介な航空戦力は...対戦車攻撃ヘリ4機...」
生霊からの報告では、第六には少数だがスケルトンも配備されている。
カチッ
カチッ
指令の手元で、懐中時計の蓋がリズミカルな音を立てる。
傍らのラグランジュ大佐も腕組みしたまま答える。
「うむ、第六のスケルトンにはミブロで対処するとして、援軍をどうさばくかだ...」
「どちらに先に攻撃を仕掛けるにしても、手間取り過ぎるとやってきた援軍と残った収容所内部の戦力とで、挟み撃ちにされかねん。」
「やはり、零君への負担が大きいけれど、これしかないか...」
その視線が、司令部の窓を通して夜の闇に向けられる。
「最も大きな問題は、後始末をどうする、か...」
懐中時計を握ったまま、彼の思考は意識の深淵へと沈んでいく。
「それに、第三は国境に近い。国境防衛部隊の予備兵力駐屯地としての役割も持っている」
ホセの声が、静かに続く。
「ここの戦力を削り過ぎると、戦力の空白を知った隣国軍が国境からなだれ込んできかねない。」
「ボクたちの目的は、あくまでこの国の腐敗の一掃だ。」
「この国を、隣国に蹂躙させることじゃない。」
ラグランジュが無言で頷く。
「だから、作戦の終盤には必ず『後始末』が必要になる。」
「決して負けることなく、でもほどほどには勝たねばならない、という制約がある。」
「やれやれ、いつものことだけど、今回はまた飛びっきり難しい戦いを強いられそうだね。」
「あぁ、勝つことだけ考えていればいいだけの戦いより、遥かに難しい...もちろん負けるのは論外だが、勝ち過ぎてもいけない...」
「まったくだ、先の玉藻の前作戦がかわいく思えてきたよ...」
ホセはマップの第三・第六の位置を見つめたまま、続けた。
「ただ、こちらにも仕込みはある。両収容所とも、最近の新規収監者が多い。」
「あらかじめ、そうした収監されそうだった人々の一部には、すでに話を通してある。」
「……生霊として、か」
「うん、彼らは人質だ、簡単には処分されない。同じ房の者同士なら、収監者同士での打ち合わせも比較的容易だ。」
ミゲルの時は生霊の発生は、半ば偶然とミゲルの機転によるものだった。
今度はそれを意図的に再現するのだ。
司令室に、短い沈黙が落ちる。
「情報は...パズルのピース自体は揃いつつあるよ、まぁ増えれば増えるほどボクの組み立て難易度も上がっちゃうんだけどね。」
「まったく、零君のせいで胃痛に悩む君の気持がちょっとだけ分かったよ、ラグ。」
右手で胃の辺りを抑えるジェスチャーをしながら、ラグランジュ大佐に少しからかうような目を向ける。
「...だが、それでもお前なら何とかしてくれると俺は信じている。なぁに心配するな、胃腸薬なら俺のお勧めのやつをいくらでも分けてやるぞホセ。」
いつもの意匠返しとばかりに、ラグランジュ大佐はニヤリと笑う。
「...子供向けの甘いシロップ味の糖衣のやつを頼むよ、ボク苦いの苦手なんだ...」
「じゃあしばらくは司令愛用のコーヒーもお預けにしましょう、胃が荒れますから。」
デスクに控えたクレアが、端末を叩きながら能面のような表情で告げる。
「...ボク一応司令官...一番偉い人のはずなんだけどなぁ...」
司令部の夜は更けていく。
爆乳酪農家狙撃兵ホルスタイン零-zero-
第二十四話 毒をもって...
終わり




