幽霊たちの覚悟
爆乳酪農家狙撃兵ホルスタイン零-zero- 幽霊たちの覚悟
反乱軍拠点の村では、随分と往来がにぎやかになりつつあった。
何度かにわたる収容所解放作戦のたびに、反乱軍へと転身した幽霊が増えているのだ。
何名かは自ら希望し、そのまま政府軍内部にとどまり、内通者=生霊としてリアルタイムで様々な情報を反乱軍にもたらしてくれていた。
拠点の食堂であり、憩いの場でもある白金の三日月亭でも利用者が増えたことにより、オーナーであるガンドロワが忙しそうに動き回っている。
「――で、お前の両親、端末データから居場所は読めなかったのか?」
「うん…全ての収容所のデータが見れるわけじゃないからね。」
「そっか…まぁあまり本来の業務とかけ離れたデータ照合で、アクセスログ見られると怪しまれるか…」
「うん…」
ガブリエルはミゲルの肩を叩く。
「でもよ、少なくとも死亡情報は無かったんだろ? ならまだどこかで元気にしてるってことだぜ。」
三日月亭名物、サビ鉄鍋のガツ煮込みを二人で食べながらガブリエルが励ます。
「そうだぞミゲル、諦めるな、ホレこれ食って元気出せ。」
ミゲルの前に、ガンドロワがサービスのパエリアの皿を置く。
「あ、すまないなガンドロワ、気を遣わせて…」
ガンドロワは何も言わず、背中越しに手を挙げただけで厨房へ帰っていく。
「でもさガブ、お前の所の両親はどうなってる? おじさんとおばさんは、どこの収容所にいるのかは分かっているのか?」
「いや、俺の両親はすでに解放済みさ。」
ガブリエルがミゲルの前に置かれたパエリアの皿から、抜け目なく自分の皿に取り分ける。
「そうなのか!? それなら良かったけど…でもこの拠点では見てないけど?」
「あぁ、親父とお袋は辺境の村で生活してる、ここで一緒に生活するわけにもいかないんでな、いつ政府の監察兵が査察に来るか分からん。」
家族を救出した不知火隊員たちの中には、辺境の村に移住し、そこでひっそりと生活している者もいる。
辺境ゆえに戦略的価値がないとされたそれらの村は、政府の重点監査対象からも外されており、目立たずに暮らせるからだ。
「でも、それならお前もその村で一緒に生活すればいいんじゃないか? その村なら監査の眼もないんだろ?」
「そうだけどよ、他の不知火隊員の中には、まだ家族が収容されたままの隊員もいるんだ。自分の家族が解放されたからって、自分だけ引退して家族とのんびりするわけにはいかねぇよ。」
パエリアをパクつきながら、ガブリエルはそう言って自分のガツ煮込みを掻き込む。
そうだった…ガブは子供の頃からそうだった。
「自分だけ良けりゃいいって訳にはいかない、他にもまだ困ってる奴がいるじゃねーか。」
それがこいつの口癖だった。
だから子供たちの中でも、自然とガブリエルは頼れるリーダーとして、ガキ大将になっていった。
やっぱりこいつは変わってない、ガキの頃のまんまだ…
「…? 何だよミゲル、ニヤニヤしやがって、気持ち悪りぃな…」
「いや、なんでもないさ。」
◆◆
反乱軍の拠点の公民館、現在は偽装されて司令本部となっている司令室に、何名かの兵士が並んでいる。
傍らには、ラグランジュ大佐が腕を組んで控えている。
「さて、君達に来てもらったのは、今後の君達の身の振り方について話があるからなんだけど。」
ホセ司令が、愛用の懐中時計を片手に話し始める。
「来てもらった者は、全員すでに家族が解放された者達だよ、まずはっきりさせておきたいんだけど、ボクと君達不知火との『契約』はこれで終わり、という事だ。」
「元々家族の救出までが契約だったからね、だから家族の救出を成し遂げた兵士には、こうして数名ずつ順番に面談をして意思確認をさせてもらっている。」
兵士達は全員、ただ黙ってホセ司令の言葉を聞いている。
「契約満了に伴い、希望する者は除隊を認めるよ。少ないけど退職金も用意させてもらっている。」
「ただし…」
ホセ司令が全員の顔を見渡す。
「申し訳ないんだけど、除隊を希望する場合は別の村に移住してもらうことになる。この拠点はもう人口が増えすぎて、監察兵の眼をごまかすのも限界なんだ。」
「でもその場合、家族とは何の気兼ねもなく昔の穏やかな生活に戻れると思う。辺境だから生活はちょっと不便だろうけどね。」
兵士達はためらうことなく答えた。
「お気遣いありがとうございます司令、ですが、我々の腹はすでに決まっております。」
全員がお互いの顔を見て、頷く。
「我々は全員、このまま反乱軍への協力…すなわち幽霊としての残留を希望します。」
「…ボクとしてはその申し出は嬉しい、とても助かるよ。でも、本当にそれで良いのかね? 君達は今まで十分戦い、働いてくれた。」
「兵士を引退して、家族とささやかでも穏やかな生活に戻る権利が、君達には十分にあると思うよ。それでも残留を希望するのかい?」
ホセ司令は静かにそう告げる、だが…
兵士達は、まっすぐ前を見つめたまま答えた。
「有難うございます司令、ですが我々が家族を解放できたのは、反乱軍と他の不知火隊員たちの協力のおかげなんです。」
別の兵士が口を開く。
「自分たちの家族だけが解放されたとて、他にもまだ人質に取られている不知火隊員たちが大勢います。自分達だけ良ければ…などという訳にはいきません。」
「そして何より…」
「祖国の大掃除がまだ終わっておりません。」
「我々は、それだけの覚悟を持って幽霊になる道を選んだんです。」
兵たちは次々に決意を述べる、その眼に後悔やためらいの色を浮かべている者は、一人もいない。
「…分かった、ならば引き続き協力をお願いするよ、ありがとう…」
ラグランジュ大佐も、低い声で言い添える。
「正直、助かる。すまないな。」
ホセ司令とラグランジュ大佐が、彼らに頭を下げる。
結局、その場にいた全員が幽霊として残留することになった。
ホセ司令は家族奪還に成功した者を数名ずつ呼び出し、こうして意思確認をしている。
ほとんどの兵士は異口同音に、同じ理由で同じように残留を希望していた。
ただし一部には、救出した家族が介護を必要としていたり、病気だったりといったやむを得ない理由で除隊する者もいた。
「済まない...みんな、済まない...」
「謝る必要なんかないぞ、その代わりしっかり親孝行しろよ。」
彼らはしきりに申し訳ないと頭を下げていたが、それを非難する者は一人もいなかった。
彼らはホセ司令が手配した辺境の村に家族とともに移住し、穏やかな生活に戻った。
大工や仕立屋、料理人など、徴兵される前に手に職をつけていた者の中には、ホセ司令の口利きで、移住先の村で新たな職を斡旋された者もいる。
彼らは辺境の村で家族と生活しながらも、時折暇をみては近隣の哨戒をこなし、近くで見かけた政府軍の情報を反乱軍に伝えてくれていた。
これらはどうしてもその規模ゆえに、広域での情報収集能力に限界がある反乱軍にとって、断片的ではあっても多くの情報をもたらしてくれており、諜報戦部隊の貴重なデータとなっているのだ。
しかも彼らは、それぞれ自活しているため、活動費用もかからない。
事実、最後の大規模な収容所解放作戦になると目されていた、第三、第六収容所に関する情報が集まりつつあった。
これまでに行われた作戦により、生霊となったまま政府軍内部に潜み、第三、第六収容所に配属された生霊達の暗躍のおかげでもあった。
「第三、第六収容所は最近兵士の異動が活発になりつつあるそうだ、近隣の国境で隣国軍のやつらとの小競り合いが起きているようだからな。」
ラグランジュ大佐が、紅茶を淹れつつホセ司令に語り掛ける。
「うん、収容所の内情や構造についても、生霊からの情報で丸裸にできつつある、そろそろ頃合いかも知れないね。」
いつの間にか傍らに来ていたクレアが、ホセ司令の前にもコーヒーカップをそっと置く。
「やぁ、ありがとうクレア。うん、いよいよ大詰めだね、あそこが解放されれば、人質のほとんどは取り戻せる、そうなれば家族が解放された徴用兵達の脱走も続出するだろう。」
「あぁ、多勢に無勢の俺達にとって、唯一政府軍の戦力を大幅に削り、撹乱できる方法だ。」
「そのためには、あらゆるものを利用するつもりさ。」
ホセ司令は、手元のカップの中で揺れる漆黒のブルーマウンテンを見つめながら、ポツリと呟く。
◆◆
零の自宅の窓の外は、もう真っ暗だ。
「ふぃー…」
零はイギリスインチのドライバーを作業台に置き、椅子の背もたれに背中を預けた体勢のまま、大きく伸びをする。
作業台の上には、分解掃除中のヨルムンガンドが横たわっている。
「ライフリングの摩耗がちょっと目立つようになってきたわね…ここ最近は特に派手にぶっ放してるからなぁ…」
作業台の端に置いてあった買い置きのヤキソバパンを一つ取り、おやつ代わりに口に詰め込む。
「まったく…これ設計した奴は絶対頭おかしいよね、なんで同じ武器のネジにイギリスインチと任天堂の星形特殊ネジが混在してんのよ…」
ぶつくさ言いながらドライバーを回す。
「まぁ、でも…感謝はしている、かな…」
カバーを閉じ、メンテナンス道具を片付ける。組み上げ直したヨルムンガンドは、壁に立てかけた。
「アンタがいなきゃ、とてもここまで戦えなかったし、仲間も守れなかった。」
ポツ…ポツ…ポツ…タタッ…タタタタタタタタ…
窓ガラスを雨粒が叩き始める。
降り始めた雨足はたちまち強くなり、ザーザーという音を響かせ始める、かなりの豪雨だ。
「…これからもよろしく頼むわよ、相棒。」
壁に立てかけたヨルムンガンドに、誰に言うでもなくそう告げた零は、上着を脱ぎ、行儀悪くそれをベッドの上に放り投げる。
「おっととと…またゴリさんに怒られる…」
カーテンが全開になっていることを思い出し、慌てて片手で胸を隠しながらカーテンを引くと、シャワー室へと消えていった。
激しくなる雨音に交じり、シャワーの音が聞こえる。
嵐が、近づきつつあった――
幽霊たちの覚悟 終わり




