死神の鎌
エリオット・ガルフマン中佐を襲う、常軌を逸した『鎌』による狙撃。
第13基地を襲撃してきた姿なき死神が振るう『鎌』の正体とは…
爆乳酪農家狙撃兵ホルスタイン零-zero- 死神の鎌
「駄目です中佐殿! 物影から出ては…!」
その声を無視して遺体のそばにしゃがみ込むガルフマン、飛び出してきたニルスの手がその肩をつかむ。
ニルス曹長「早く! 影へ!」
ガルフマン「貴様! いい加減にしろ! これ以上は明らかな越権行為だぞ!上官侮辱罪で軍法会議に…」
だがその声は最後まで発せられることは無かった。
その直後、またあの獣声じみた『音』がその言葉をかき消したからだ。
瞬後、エリオット・ガルフマン中佐は憂鬱な棺桶への着任わずか1時間足らずでその生涯を終え肉塊となり、先客であるミックとマークと『混ざり合って』バラ撒かれた。
格納庫入口から、固唾を飲んで事態を見守っていた兵士たちが叫ぶ。
「ニルス! こっちだ! 早く逃げろ! 殺られる!」
だが眼の前で着任まもない上官が肉片へと変わるシーンを不運にも目撃したニルス曹長は、その際の凄まじい衝撃波の影響もあり、その場にヘナヘナと腰をつく。
頭がクラクラする…入口から叫ぶ戦友達の声がグワングワンと二日酔いの頭のように響く。
なにを言ってるんだみんな…? よく聞こえない…あぁ、そんな大声で喚くと聞こえない…鎌…? 鎌って言ってるのか?
そのキーワードが、ニルス曹長の意識を急速に覚醒させていく。
弾かれるように立ち上がろうとするが…足に力が入らない。
なぜか自然と彼の視線は、格納庫の機体を搬出入するための広く開け放たれた格納庫の入口を捉える。
搬出入口からは遥か2km以上離れた高台が見える。
トンビがのんびりと高台の上を旋回しているのが見える。
視える…?
そう、『視える』のだ。
彼の姿は搬出入口から、すなわち外部からも『視えて』いるのだ。
空襲による機銃掃射に耐えうる防弾板が貼り付けられた格納庫の防弾壁と言えど、やつはものともせずブチ抜いてくる、『鎌』への盾にはなりえず、防いではくれない。
だが『隠しては』くれる。
いや…正確には『隠してくれていた』
今までは…だ。
そのことに気づいた瞬間、ニルスの歯がカチカチと音を立てる。
「ニルス!!逃げろぉぉぉ! 鎌だ! 鎌が来る! 早く逃げろ!」
仲間たちの言葉がようやくはっきりと彼の鼓膜で実像を結ぶ。
「鎌…奴だ…死神の鎌だ…!」
思い通りに力がはいらない足を奮い立たせ、半ば這いずるように格納庫に繋がる仲間たちの待つ入口に向かおうと立ち上がった瞬間…
会ったばかりの上官の身を案じ、自身の身の危険も顧みず助けようとした勇敢なニルス曹長は、その勇敢さに比例するような壮絶な最期を…
すなわち肉片となり、最後まで守ろうとした上官の隣で死神の鎌に襲われ爆散した。
◆◆
基地から2.6km離れた高台の上で、特徴的な伏せ射撃姿勢を取りスコープを覗き込んでいる人物がいる。
巨大な砲身がすさまじいリコイル(後退)から元の位置へと戻ると同時に、零は力強くボルトハンドルを引き起こし、後方へと思い切り引いた。
ジャゴッッ!!
と、金属同士が噛み合う重い作動音が周囲の静寂を切り裂く。
次の瞬間、機関部から勢いよく弾き出されたのは、銃弾の薬莢という表現すら生ヌルイ、まるで小型の迫撃砲弾を思わせる代物だった。 金属製の巨大な空薬莢が排莢口から回転しながら勢いよく飛び出し、雑草をなぎ倒しながらむき出しの土の上へとゴロリと転がり落ちる。
そのサイズは、一般的なアサルトライフルのマガジンすら優に凌駕し、大人の肘から手首までほどの長さと、缶コーヒーのショート缶よりもさらに太い直径、常軌を逸したサイズだ。
真鍮特有の鈍い輝きを放つその超重量級の空薬莢は、あたたかな白煙をかすかに立ち上らせながら、大地に深く沈み込む。
それはこの武器が「小銃の延長」などではなく、砲と同等の破壊力を、文字通り「個人の肉体」で運用しているという狂気の証拠に他ならなかった。
「ラッキーストライクね…三体目の仕留めたやつは階級章や周りの兵たちの反応からして指揮官クラス…敵の戦力を少しでも削っておくだけのつもりだったんだけど…今日はツイてる…」
そう呟きながら巨大な銃身…いや、それはもはや『砲身』と呼ぶべき凄まじい口径を持つシロモノだった。
…砲身をなめらかに動かして、スコープ越しに次に巨大蛇の毒牙を叩き込むターゲット、動き出した重戦車を捉える。
「悪いわね、あたしの得物は巡洋艦クラスの装甲をブチ抜くために設計されてるんで…ね!!」
そうつぶやくスナイパーの殺気が、ターゲットに向けて収斂していく。
切れ長の目が弓の弦のように細く絞られる、その巨大な砲身を負けず劣らず巨大なそのスナイパーの胸がガッチリとホールドし固定する。
(正面装甲は流石に無理.....だけどお誂え向きにわざわざ旋回してくれている今なら....)
照準はエンジンデッキのグリル(吸気・排気口) 、高台からの撃ち下ろしとはいえ、貫入角度は決して深く取れるわけではない。
構造的にどうしても弱くなるエンジンデッキのグリルや各種光学センサー(ペリスコープなど )を狙わねば確実な貫徹は期待できない。
使用弾種―――徹甲榴弾。
コクッ...!!
トリガーが引かれる。
瞬間――世界が一度、静まり返った。
ライフルにあるまじき、まるで巨獣の咆哮のような異様な獣声が、空間を引き裂き、大気が爆ぜる。
音速を置き去りにした衝撃波が周囲の草木を薙ぎ払い、発射地点からターゲットに至るまでの空間そのものが、圧倒的な熱量と気圧の変動によって歪んで見える。
敵軍をして畏怖の念を込め「死神の鎌」と呼ばしめたその一撃が、目にも留まらぬ超軌道を描いて射線上の空間を引き裂き、放たれた。
着弾の瞬間、戦場の常識は無視された。
巨大蛇の毒牙は、超信地旋回中で身構えていた重戦車の厚い天板装甲をバターのようにやすやすと貫徹、内部で発生した凄まじい高圧ガスと遅延信管により内部爆発した徹甲榴弾による二次爆発によって、内部に搭載された燃料弾薬が誘爆、重厚な砲塔をその爆圧によって内部から丸ごと上空へと吹き飛ばした。
沈黙した重戦車の奥上空、建物の向こう側から一機の対戦車攻撃ヘリが必死に緊急離陸していく姿が見える。
攻撃ヘリ内部は完全に殺気立った兵士達の怒号が飛び交っている。
「探せ!死神を探すんだ!クソ野郎が!ニルスもミックも死んだ!着任したばかりの中佐殿もだ!見つけ出して吹き飛ばしてやる!」
「おいよせ!せっかく離陸出来たんだ!この基地はもうダメだ!このまま逃げるんだ、近くに別の基地がある、そこまで逃げてからそこの基地の奴らと戦力を整えて迎え撃とうぜ!」
「馬鹿野郎! ありゃ間違いなく鎌だ! 死神の鎌だ! バケモノみたいな大口径砲で重戦車の装甲でも段ボールみたいに撃ち抜きやがる! 射程距離も威力も対物ライフルの比じゃねぇ!」
「噂じゃ4km近く離れた距離から叩き落とされた航空機もあるって話しだ、足の遅いヘリじゃ有効射程外に逃げ切る前に確実に殺られる! 殺られる前に殺るんだ!」
「し、しかしよぉ…見つけ出すったって…どこ探すんだよ!?」
「あれだけの大口径砲だ…身軽に移動できるとは思えねぇ、設置するにしても撤収するにしても6-7分はかかるはずだ。」
「おそらく付近の高台かどこかの地面に備え付けて仮設置してあるはず...もしすでに撤収してればそれで良し、俺たちは助かる、だがまだ撤収してなかったら…俺たちも鎌の餌食だ!」
「だからその前に殺るんだ! 見つけ出してな!」
パイロットに格納庫の入り口を狙える位置にある高台を指差し、血走った目を向ける。
兵士の言うことはある意味正しく、戦場における兵器運用の常識的な判断であった。
大口径砲はかさばり、大口径砲故の反動に対抗するため地面に簡易アンカーなどで固定して運用することが多いからだ、さもなくば発射時の反動でひっくり返ってしまう。
そしてヒットしたら狙撃地点を推測されて敵に反撃される前にその場から移動し狙撃地点を変更、もしくは即時撤収がスナイパーの常識である、だが…
「それがスナイパーが生き残るための処世術…だけどね。」
彼らが敵に回した鎌を持つ死神は、獲物の命を狩り尽くすまでその貪欲な鎌を収める気はなかった。
「あたしは舌切り雀の婆さんより欲深くってね、迷うことなくデカい方の葛籠を選んじゃう欲張りさんなのよ。」
語尾にハートマークがついていそうな軽い口調で新たな狙撃ポイントで巨大な獲物を構える人影。
射撃姿勢にはいるスナイパーの背後のジャングルから二人の男がそばに寄ってくる。
狙撃時、スコープを覗き込む狙撃手は極度の集中力を発揮するが故に、往々にして周囲に迫る危険に対し警戒がおろそかになる。
そのために周囲警戒し狙撃手をバックアップしていた同じ組織に所属する偵察兵達だった。
射手の背後に立ち、油断なく周囲に警戒の視線を這わせつつ、その集中力の邪魔にならないよう小声で話す2人。
「そう言えばお前は零の狙撃任務に付き合うのは初めてだろ。で? どうだ、あのミルクタンクデスサイスを初めて見たご感想は?」
「ご感想ねぇ…で、聞きたいのはどっちの『ミルクタンク』の感想だい?」
もう一人の偵察兵が周囲に警戒の視線を這わせつつ答える。
「ハハッ…まぁ確かにどっちも規格外のびっくりサイズなのは違いねぇな...だが実際見たらすげぇぞぉ、なんせあの死神の鎌は一発で確実に2人は仕留める。」
「そりゃまぁそうだろうさ、なんせあの口径だ、どう考えても本来人間相手には使っちゃいけねぇ口径だ、射線上に同時に2人捉えりゃ人体2つ分ぐらいはそりゃ軽く…」
とタバコを口に咥える。
「いや、そう言う意味じゃねぇよ。」
「あ? じゃどういう意味だよ…クソっ…火が付かねぇ、ガス切れたか?」
カチカチと何度もライターを鳴らす男。
「一人目は無論、撃たれた奴だが…」
「…?」
怪訝そうな表情、ライターの火はまだつかない。
「二人目は撃った狙撃手自身…さ。」
「米軍のテストの時ゃあアレぶっ放した瞬間狙撃手がミンチになっちまったってよ、反動でな。」
偵察兵の口元からまだ火のついてないタバコがボロリと落ちる…
「お…おいなんの冗談だそりゃ! ならなんであの女は平気なんだよ!?」
「MTバイポッド(銃架)さ。」
ポケットから自分のライターを取り出し放り投げて渡す。
「エムティー…バイポッド? 聞いたことねぇな、あのバケモノ砲の砲身についてるのは普通のバイポッドにしか見えねぇが....新開発のショックアブソーバーか何かか?」
「ミルクタンクバイポッド…零はあの爆乳でバケモノの砲身をガッチリと固定するんだ。」
「固定するだけじゃねぇ、ストックを通じてその殺人的な反動をあの爆乳で受け止め拡散吸収しちまうのさ…零があの死神の鎌を運用できる地上で唯一の狙撃手である理由さ。」
微妙な空気が二人の偵察兵の間に流れる。
「………マジ?」
「マジっす、ガチっす。」
「…………」




