巨木のきしみ
爆乳酪農家狙撃兵ホルスタイン零-zero- 第六話 第二章 巨木のきしみ
「まただ……」
端末の前でミゲルが呟く。
つい先程兵士から申告があった。
知らない間に、自分が死亡した事にされている、と。
確認してみると、確かにデータ上は死亡している。人事部に連絡して修正させているが、これで二回目だ。
「いくらなんでもガバガバすぎるだろ……」
おもわず愚痴が漏れる。
「……先月なんざ、とっくに戦死した偵察小隊のやつの名前が警備スケジュールに載ってたぜ。」
いつの間にか隣にいたメンドーサ中尉が、いつものコーラ片手に立っていた。
「死人に警備させる気ですか? って嫌味言ってやったら、慌てて死亡処理手続きしてやがったがよ……」
「戦闘中の混乱によるMIA(Missing in Action、戦闘中行方不明者)は、ある程度は仕方がないと思います。どうしても混乱状態になりがちですし、戦場によっては十分な追跡調査が難しい場合もあるでしょうから。」
「でも、さすがにこれはヒドイ……。彼は戦闘中でもなんでもないのに、突然先日死亡処理がなされています。たぶんこっちの報告書にある、似た氏名の兵士のMIA報告と勘違いした結果だと思いますが……」
中尉も端末の情報を覗き込む。
「出身地も年齢も全然違うヤツじゃねぇか……適当にもほどがあるな。」
「例の長官の急な交代劇やらの影響もあって、混乱が助長されてるんでしょうけど、もうどの兵士がどこで生きて配備されているのか、どこで戦死したのか、把握できてないんじゃないですかね?」
「だろうな。最近じゃ、ちょっと生死が怪しい兵士に関する情報があると、事務的にポンポンMIA判定出してるって噂だ。もぅメチャクチャだよ、今の軍は……よっと。」
コーラの空き缶を、見事なコントロールで屑籠に投げ込むメンドーサ中尉。
「どうだい? これならいつ軍をクビになっても、プロリーグで食っていけそうだろ?」
ドヤ顔の中尉だが、ミゲルはどう反応していいやら考えあぐねているうちに、ふと思い出す。
「……あ、そろそろ行かないと……」
「うん? なんかあるのか?」
「ええ、収監者の若い女性が一人、今日出所することになってるんです。その案内と手続きにいかないと。」
「若い女ね……」
「どうかしましたか、中尉?」
書類を手に取りつつ、ミゲルが尋ねる。
「いや……よし、俺も行くよ。お前、この手続きは初めてだろう?」
「ええ、そうですけど……格別複雑な手続きでもなさそうですし、わざわざ中尉のお手を煩わせるほどの仕事では……」
「いいから、いいから。付いてってやるよ。ホレ、行くぞ。」
勝手に宣言し、部屋を出ていく中尉の後を、慌ててミゲルは追いかける。
受付カウンター前で待機していた若い娘に書類を渡し、収容所の出口まで案内する。
女性はやつれており、自由の身になれるというのに、表情は沈んだままだ。
七か月ほど前から収監されていたようだ。不自由な収容所生活で消耗しているのだろう、ミゲルはそう思った。
メンドーサ中尉は、手続きと説明をするミゲルの後ろで、黙ったままじっとその様子を眺めていた。
ミゲルは収容所の出口まで彼女を見送り、彼女に封筒を渡す。中身は金のようだが、封筒の厚みからして大した金額ではなさそうだ。
手渡された封筒をしばらくじっと見ていた女性は、突然その封筒を地面に叩きつけた。
「ふざけないでください、こんなもの……バカにしないで下さい!!」
突然の行動に困惑するミゲル。しばらく固まっていたが、地面に落ちた封筒を拾い上げ、ぎごちない笑顔を女性に向ける。
「えっと……あの、ここでの生活には、色々と不満もおありだったでしょうけど、今日からは自分の家で生活できますね。気を付けて帰ってください。」
困惑しながらも、なんとか笑顔で彼女に挨拶するミゲルだが、女性の表情は硬いままだ。
唇をかみ、無言のままミゲルを見つめる彼女の眼に宿っている色は、明らかな敵意と激しい憎悪だ。
固く握りしめられた彼女のその手には、手紙のようなものが握られている。そして女性は……
泣いていた――
ミゲルと、その後ろでポケットに手を入れて立っているメンドーサ中尉にも視線を向け、無言でにらみつける。
「私……兄のこと、一生忘れません……絶対に貴方達を許しませんから……」
女性はそう告げると、くるりと踵を返してそのまま収容所のゲートを出ていった。
ミゲルは訳が分からないまま、呆然とその後ろ姿を見送るしかなかった。
「……そりゃぁ収容所の暮らしは快適ではなかったんだろうけど、収監者の待遇を決めているのは俺じゃあ……」
思わずそう呟く。ミゲルはあの女性とは、ほぼ面識はないはずだ。
もちろん、収容所内ですれ違ったりしたことぐらいはあるだろうが、先ほどの手続きまで、彼女の名前すら知らなかったのだ。
あそこまで激しい敵意を向けられるほど、恨みを買う覚えは無いはずなんだが。
理不尽な彼女の対応に、それでも声を荒げる気にはなれなかった。
自分に向けられた彼女の眼に込められた憎悪と悲しみと涙が、ミゲルにそれをさせなかったのだ。
「そうじゃねぇよ、ミゲル。」
予想外の出来事に立ち尽くすミゲルの肩に、背後から中尉の手が置かれる。
「あの娘な……兄貴が徴用兵だったんだ。」
「徴用兵……じゃ、彼女も人質に取られていた収監者だったんですか……?」
「あぁ、兄貴の方は、俺の昔の部下だったからな……兄貴が戦死して、人質としての利用価値がなくなったから解放されたのさ。」
「……第14小隊、知ってるだろ?」
第14小隊、国境付近に配備されていた部隊だ。
一カ月程前に、侵攻してきた隣国軍との戦闘で全滅したと聞いている。
確か、全員が徴用兵で構成されていた部隊だ。
隣国軍の侵攻を迎え撃っていたが、兵力に圧倒的な差があったため、援軍要請を出していたが、結局全滅したらしい。
不思議なのは、すぐ近くに士気も錬度も高く、装備も充実している政府軍正規兵部隊の大部隊がいたのに、彼らは援軍に動かなかったというのだ。
食堂で兵士達の噂を聞いた。
第14小隊は、見殺しにされた、と――
「隣国軍との戦いで、正規兵部隊の損耗を抑えるために、まずは徴用兵だけで構成される第14小隊をぶつけて、隣国軍侵攻部隊の戦力を少しでも削ってから、正規兵部隊を投入したかったんだろうな……」
「要するに、少しでも敵戦力を減らすために、捨て駒にされ、すり潰された捨て石部隊だった、って訳だ。」
メンドーサ中尉が呟く。その表情からは、いまいち感情が読み取れない。
「ひどい話です……でも、その作戦を指揮したのも、捨て駒にする判断を下したのも俺じゃあ……」
「そんなことは分かってるさ。あの娘もな。」
「ミゲル、お前が悪い訳じゃないことぐらい、あの娘も解ってるのさ……でも、誰かに感情をぶつけなきゃ、やりきれない。」
「…………」
ミゲルは何も言えない。
「お前があの娘に渡そうとしたその封筒な、遺族年金さ。はした金もいい所だ。」
「兄を無謀な絶対死守命令で死地に送り込んだのはお前じゃない。援軍を出さなかったのもお前じゃない。自分を人質に取って収容所に収監させたのも、お前が悪い訳じゃない……」
「そんなこと、あの娘にだって、解っているのさ。」
中尉は繰り返す。
「あの娘、手紙持ってたろ? 家族を人質に取られている兵のほとんどは、収容所の家族と頻繁に手紙のやり取りをしてるからな。多分、兄貴からの手紙に、自分達が捨て石にされていること、書いてあったんだろうな。」
「あの娘にとって、分かってはいても感情をぶつける先が必要だったんだ。」
「そして、お前や俺が、その時目の前にいた。」
ミゲルは黙っている。
「あの時のあの娘にとっては、あらゆる理不尽と憎悪の対象である軍の象徴が、たまたま目の前に立っていた政府軍兵士である、お前と俺だったのさ。」
「……中尉は、こうなることを知っていたから、俺についてきてくれたんですか?」
「まぁ予想はついてたからな。俺自身、過去に何度か出所者に捨てセリフを吐かれたり、息子が戦死した母親には、いつか殺してやるって言われたこともあったな……」
去っていく女性の背中に視線を送りながら、中尉のセリフにはどこか自嘲の響きが感じられた。
「だから気にするな、ミゲル。お前のせいじゃないし、お前が悪い訳じゃないんだ……考えすぎるなよ。」
「……有難うございます、中尉。でも、やっぱりおかしいですよ、こんなの……」
「だけど、どうしてやることも、俺達には出来ん。」
中尉がまっすぐミゲルの眼を見る。
「……お前も妙なことは考えんことだ、ミゲル。俺達末端の一兵卒が声をあげたところで、世の中は何も変わりゃしない。上の連中は何の興味もないんだ。」
「世の中ってのはそういうモンだ。俺達にできる事なんてのは、多少の理不尽には目をつぶって、自分のささやかな生活と、家族を守るのが精々さ……」
そう告げると、中尉は最後にもう一度ミゲルの肩を叩き、兵舎に帰っていった。
爆乳酪農家狙撃兵ホルスタイン零-zero-
第六話 第二章 巨木のきしみ
終わり




