魑魅魍魎
分割版第六話 、第一章です。
爆乳酪農家狙撃兵ホルスタイン零-zero- 第六話 第一章 魑魅魍魎
オズワルドの死からさほど日を置かずして、その男は執務室の豪華な椅子に身を沈めていた。
空席となった情報統括局長の椅子に、かつてその主であったオズワルドの後釜として、新たな男が座っている。
ハインリッヒ・クルーガー特務上級大佐。
これといった実績があるわけではない。
特別な才覚があるわけでもない。
ただ、命令には忠実であり、組織に対しても従順だった。
――少なくとも、その時までは。
就任の挨拶と式典を終えたクルーガーの前に、ゾルゲが姿を現した。
「このたびは、ご就任おめでとうございます」
「やぁ、ゾルゲ君だね? 組織から連絡は受けているよ、わざわざ済まないね。」
クルーガーは上機嫌だった。
「はい、これからクルーガー長官とは、長く良いお付き合いをお願いしたいと思っております。」
ゾルゲの眼が、いつものようにクルーガーを下から値踏みするようにねめつける。
オズワルドですら、好きになれなかったあの眼だ。
「私こそ、これからよろしくお願いしたいものだよゾルゲ君、我々とカルテルは今まで以上に、持ちつ持たれつで、うまくやっていきたいと思っているよ。」
「はい、前任のオズワルド長官にも、長いこと良くして頂きましたのでな、あんなことになったのは大変残念でしたが、後任の長官のお人柄をこうして感じて、安心致しました。」
オズワルドとのあの夜の、最後の晩餐を思い出し、ゾルゲの顔にうっすらと笑いが張り付く。
長官執務室のテーブルからは灰皿は撤去されている、クルーガーはヘビースモーカーだったオズワルドと違い、嫌煙家のようだ。
代わりに、オズワルド自慢の高級酒のコレクションが収められていたキャビネットの中身、高級酒の瓶が増えている。
クルーガーはキャビネットの中から一本の瓶を取り出し、二つのグラスを片手にテーブルに戻ってくる。
レミーマルタン ルイ13世 (ブランデー/コニャック) 、替えのきかない超高級ブランデーの代名詞だ。
バカラ製のクリスタルボトルに入っており、価格も数十万〜数百万円クラス。
もちろん今クルーガーが取り出したのは、後者の値段の方だろう。
他にもキャビネットの中に、同じくレミーマルタン ルイ13世のレアカスク も並んでいるのが見える。
そちらは熟成樽の中から、奇跡的かつ圧倒的な熟成を見せた「たった一つの樽」だけを厳選してボトリングした垂涎の逸品だ。
自分とゾルゲのグラスに、惜しげもなくなみなみと注ぎ勧める。
「ほぅ、レミーマルタン ルイ13世ブラックパールですか....私も実物は初めて見ましたぞ長官。」
通常のバカラ製クリスタルボトルを特殊加工し、黒真珠のように怪しく光るメタリックな輝きを持たせた超限定品だ。
数千万円クラスで取引される事もある、文字通りの「幻の酒」である。
これ一本が高級車一台分に匹敵する値段、ボトルだけでも数百万出すコレクターがいくらでもいるはずだ。
「ハハ、分かるかねゾルゲ君? この『ブラックパール』の重厚な輝きが……。そこらの成金が持っているルイ13世とは格が違うのだよ、ハハハ!」
「さすが長官、良い趣味をしていらっしゃる、やはり一流の男は、同じく一流の酒を飲むべきですからな、お相伴に預かります。」
(俗な男だ......)
もちろん声には出さず、ゾルゲは喉に流し込む。
「しかし....こうして長官という立場にもなると、何かと色々と物入りでしてな、まさかこんなに金が出ていく立場とは思っていませんでしたよ、ハハハ。」
クルーガーも続けてグラスの中身を飲み干す、この男は味というより、金額に酔っているだけのタイプだ。
「物入り、ですか?」
「ええ、長官ともなれば、やはり立場相応の付き合いというものがありますからな。」
ゾルゲは一瞬だけ黙った。
「……なるほど」
その後の話は、実に手短だった。
クルーガーは組織への忠誠を何度も口にしながら、その忠誠に見合った「便宜」を要求した。
金
高級な酒
人事への口添え
そして――今後国軍に導入が予定されているスケルトンについても。
「まあ、私としてもパワードスケルトンの国軍への導入そのものに反対するつもりはありませんよ。
ただ……こちらにも立場というものがありますからなぁ。」
そう言って、クルーガーはにこやかに笑った。
ゾルゲは笑わなかった。
その日のうちに、彼はボスのもとへ報告に向かった。
「……あの男、少々欲が深すぎますな。」
「ほう?」
「忠実....ではあります、命令にも逆らわないでしょう。」
ゾルゲは一度言葉を切った。
「....が、あれでは、こちらから餌をくれてやらない限り、動く気はないでしょうな。」
「つまり?」
「コストパフォーマンスは……あまり良いとは言えないかもしれませんな。」
「スケルトン導入の口添えには、何か見返りを寄こせ......今のままでは予定されていたスケルトン納品数の精々5分の1程度の導入の口添えしかできない.....と、まさか初対面で、あぁも露骨に見返りを要求してくるとは思いませんでしたよ。」
「組織に忠実なのはいいことだ、だが操り人形を動かすたびにコストがかかるのでは、本末転倒だな。」
ボスは茶を一口飲んだ。
「やむなく私の権限で要求に応じたのですが、そうすると今度は『それでは残りの半分の納品分については、また改めて次の機会に話をしましょう。』、ときました、なんとも強欲な男です.....我々相手に駆け引きをしているつもりのようです。」
「……そうか」
それだけだった。
やがて二人は、別の話へと移った。
◆◆
端末に映る情報は、やはり彼らが家族であることを示していた。
(あの兵士が第一室移送に反対していた女性の件は、恋人か.....)
キーボードを操りながらミゲルは思考する。
(一カ月ほど前から、同じファミリーネームの警備兵と収監者がチラホラここに配属、収監され始めたようだな....オズワルド長官が死んだことで、後任のゴタゴタ騒ぎもあって、その混乱が加速しているのか....)
昨日から彼は生霊としての情報収集を始めていた、最近感じていた違和感は、やはり配備兵達のミスマッチで間違いなかった。
この収容所に配備されている兵士の中に、収監者と同じ苗字を持つ兵士がすでに五人見つかった、全員最近この収容所に転属してきたものばかりだ。
軍上層部はもはや、それらの配置ミス、ミスマッチングをチェックする能力すら失われているようだ。
オズワルド急死に伴う後任の急な交代劇に伴う混乱も、もちろんあるのだろう。
だが事実として、ここに配属されてきた兵士の中には、毎日ここに人質として収監されている自分の家族に、銃口を向ける苦痛を強いられている者がいるのだ。
(.....もう、軍の人事部もまともに機能していない、という事か....)
事務室に一人の兵士が入ってくる、運動時間に男の子にお菓子をそっと渡していた兵士だ、手に何かの書類を持っている。
「これ、来週の警備の配置スケジュールだ。」
そう言って手渡された書類を、ミゲルは受け取る。
「ああ、ありがとう。」
今の時間はミゲル一人だ、メンドーサ中尉はいない、またどこかでサボっているのだろう。
「なぁ、あんた.....ちょっと待ってくれ。」
部屋を出て行こうとする兵士を、ミゲルが呼び止める。
「ん? 何だい?」
ミゲルのデスクに近づいてくる兵士に、デスクの引き出しから取り出したチョコレートバーを握らせる。
「これ....子供さんに上げてくれ。」
短くそう伝えると、兵士の眼が大きく見開かれる。
「親子なんだろ? 俺、見てのとおり今はデスクワークが中心だから、さ...。」
ミゲルがPCモニタの方に視線をやりながら答える、画面には警備兵や収監者の名前が映っている。
画面を見た兵士は観念したように黙って、ただミゲルを見つめている。
「いや、何か他意がある訳じゃないよ、ただ、辛そうだなって思ったから.....」
「もちろん、報告なんかするつもりはないさ、配属ミスは俺の責任ではないし、関係ないことまで報告する義理はないからね。」
兵士に笑いかける。
その笑顔を見て、ミゲルに他意がないことを分かってくれたのか、兵士の表情が少し和らぐ。
「あ...あぁ、ありがとう....」
兵士はようやくぎごちなく笑い、ポケットにチョコバーをしまう。
「それと、この警備の配置スケジュール、来週からあんたをあの子達となるべく逢える配置にするよう修正しておくよ、スケジュールの調整も俺に任されているからね。」
「....すまないな、気を使ってもらって.....子供はまだ小さいし、妻はちょっと体が弱くてな.....」
ミゲルは黙って微笑む。
(やはり今のこの国は、間違っている.....)
「なぁ、あんた.....」
少し迷ったが、ミゲルはその兵士の耳元に顔を近づけ、なにかを囁く。
聞いていた兵士の眼が大きく見開かれる。
「....幽霊....」
「そうだ、あんたもいつまでも家族に銃口向け続けるこんな生活、ごめんだろう?」
ミゲルと兵士は小さな声で話し込む。
事務室の入り口ドアの外で、ドアに背中を預けている男がいる。
だらしなく気崩した制服、無精ひげ、手にはコーラの缶。
メンドーサ中尉だ。
しばらく事務室から漏れ聞こえてくる、ミゲル達の小さな声に耳を澄ましていたが....
「......ちっ.....」
中尉は小さく舌打ちをして、事務室から離れていった。




