ミゲルの苦悩
玉藻の前作戦で命を拾ったミゲル、しかし多くの犠牲を払って生還した彼を待ち受けていたのは、腐敗と汚職にまみれた政府軍の現実だったーーー
そんなミゲルの耳元で、死んだはずの親友の声が囁く…「お前も幽霊になるんだ」と。
これらの変化は、カルテル製オリジナルとはその運用思想が異なった結果が形になったものであるといえる。
カルテルは兵器の運用者であると同時に、スケルトンという商品を製造販売するデベロッパーでもある、そのため製造工程数が増加する傾斜装甲のデザインは敬遠されたのだ。
傾斜装甲を採用すれば製造工程の増加、歩留まりの低下を招き、それらは販売価格に反映されてしまう。
あるいは価格はそのままで販売時の利ザヤを減らすしかなくなる、それをカルテルは嫌ったのだ。
もともと9mm装甲で対応できない大火力に対しては、スラスターで高機動回避して照準を振り切る設計思想であり、そこらは問題とはならなかった。
歩兵が携行可能な自動小銃クラスの口径にまで対応できれば十分である、との経営判断が下されたのだ。
対して反乱軍にとってのスケルトンは、タダで鹵獲した兵器と、これまたタダで手に入れた資材を活用して改修したものだ。
販売価格や歩留まり、大量生産性などは意識する必要がなく、考えるべきはせいぜい運用コストぐらいなのだ。
多少の手間はかかっても、貴重な戦力を長く活用するために、傾斜装甲を採用するコストも手間も、大して問題にならない。
デベロッパーとエンドユーザーの視点の違いが生んだ差異ともいえる。
ミブロに求められる役割もまた、オリジナルとは異なっている。
オリジナルは歩兵の天敵として戦場を蹂躙、塹壕を突破して後方に回り込む、戦車相手に高機動で撹乱する。
個人では運用不可能な大型対空兵器なども運用できる、汎用性を求められる陸戦兵器であるのに対し、ミブロの役割は明確である。
収容所解放作戦の際、サイズ的に屋内への侵入ができないスーパーペイルライダーに代わって歩兵達に随伴し、共に突入。
屋内で遭遇が予想される歩兵の天敵たるカルテルのスケルトンの放つ12.7mm重機関銃弾の嵐から、反乱軍兵士を守る歩く楯となることだ。
スラスターと汎用性を捨て、屋内などの閉所での対スケルトン殺しに特化した機体といえる。
「整備班の自信作ですよ指令、スラスターが復元できなかったことだけが心残りですが、代わりとなる新機能も載せておきましたんで。」
徹夜明けの整備兵が油で真っ黒になった顔で、コーヒー片手にミブロを見やる。
「本当にお疲れ様、頼もしい新戦力をありがとう、感謝するよ。
パイロットの選定はどうなってるかなラグランジュ大佐?」
スケルトンの運用には専門的な知識と特殊な訓練が必要である。
ゆえに玉藻の前作戦に投入されたスケルトン部隊の兵士はほとんど、カルテルから派遣された私兵だった。
しかし今回吸収した元政府軍兵士、不知火達の中にはスケルトンの運用に関する知識や訓練を受けていた者もいたため、彼らを教官として適正のありそうな兵士を選別しているのだ。
「ああ、そっちの選別は大体できてる、さっそく明日から訓練を始めてもらうつもりだ。」
大佐もミブロを頼もしそうに見つめながら答える。
「指令に言われていた塗装な、すまんが、まだできとらん。」
整備長が真っ黒になった軍手を脱ぎ屑籠に放り込む、軍手を脱いだ素手も真っ黒だ。
「あぁ、前にも言ったけどそっちは単なるボクの趣味の注文だから、手が空いた時の片手間で構わないよ。
本当にお疲れ様、整備班のみんなは塗装はまた今度でいいから、今日はこのまま帰ってゆっくり休んで欲しい。」
整備兵達は大きなあくびをしながら、ぞろぞろと自分達の自宅へと帰っていった。
数日後ーーーミゲルは予定されていた夜間歩哨の任務に就いていた。
脇腹の痛みはもうほとんどない、久しぶりの歩哨任務だ。
ミゲルが任された担当区域は、収容所の監視カメラの死角となっているエリアだった、それ故に、どうしても人間による監視が必要だったのだ。
ザッ....ーーー
「こちらミゲル、異常ありません。」
定時連絡を入れる、時折目の前の雑木林から獣や虫の声が聞こえる以外、平和なものだ。
先ほどの夕食の、不味い期限切れのレーションの味を思い出す。
最近は補給も滞っており、明らかに兵士に支給される食事の質も落ちている。
申請している装備や備品も、いつまでたっても届かない。
噂では人質を取られていない職業軍人の中にも、離反者や脱走兵が出始めているらしい。
軍上層部では職業軍人もその家族を人質にとる案も出ているらしいが、すでに収容所の収監率はどこも160パーセントを超えており、もうこれ以上人質を取る余裕はないだろう。
なにより、職業軍人に対してまで人質を取らねばその忠誠を維持できない、そんな状態が長くつづく訳がない、もうすでに末期状態なのだ。
この国の政府軍も、もう長く無いのかもしれない.....
そんな思考がミゲルの脳裏をよぎる。
だが、俺は与えられた任務を精いっぱい遂行するだけだ。
そう思いなおして、肩にかけた自動小銃のベルトをかけなおし、再び前方の闇を睨む。
そんなミゲルの様子を、闇の中から伺ういくつかの影があった。
ミゲル...!?
双眼鏡を片手にした影の一人が呟く。
「顔見知りか、ガブリエル?」
「あぁ...俺の幼馴染だ、すまん、あいつは殺さないでやってくれ、俺が説得してみる。」
「できるのか?」
「ああ、あいつも両親が人質に取られてる、好きで政府軍やってるわけじゃないはずだ。」
「分かった、任せる、だがもし説得に失敗した場合は...悪いが覚悟はしておいてもらうぞ、その時は俺たちに任せろ、幼馴染を手にかけたくはないだろうからな。」
「いや...その時は俺の手で始末をつける、幼馴染だからこそ、万一の時は、せめて俺の手で...」
「...分かった、そこまでの覚悟があるのなら止めん...成功を祈っている。」
「...すまん、行ってくる。」
短く言い残すと、ガブリエルは闇の中へ身を滑り込ませていく。
ーーーーーーーーーー背後に何かの気配を感じた。
振り向こうとするミゲルの口元を、突然何かが塞いだ。
同時に喉笛に何かの硬いものが押し当てられる。
侵入者!? 油断していた...!!
とっさに肩にかけられた小銃のグリップを握ろうとするが、口に押し当てられた手と、喉元の冷たい感触がそれを許さない。
ミゲルの全身からドッと脂汗が噴き出す。
瞬間、脳裏に浮かんだのは、収容所にいる両親の顔だった。
こんな所で...
喉元に当てられたナイフの冷たい感触、侵入者のわずかな手元の動き一つで、喉笛が切り裂かれ、自分は叫び声をあげることもできず死ぬ。
思わず目を固く閉じたミゲルの耳元で、小さく声が聞こえた。
「おいミゲル、俺だ。」
どこかで聞いた声だ、この侵入者はなぜ俺の名前を知っている....?
「俺だミゲル、ガブリエルだ。」
再び耳元で声がささやく。
ガブ...?
懐かしい幼馴染の顔が浮かぶ、だが彼は半年以上前に...
「いいかミゲル、手を放すぞ、声をあげるな、いいな?」
訳も分からず、ただコクコクと首を縦に振る。
ミゲルの口元から、押さえていた掌とナイフの冷たい感触がゆっくりと離れる。
ヒュゥッッ.....
解放されたミゲルの口から、夜の冷たく新鮮な空気が流れ込んでくる。
慌てて後ろを振り向く。
そこには、懐かしい幼馴染の顔が薄暗がりの中で微笑んでいた。
「...ガブ...!? どうして...お前は半年以上も前に、反乱軍の襲撃で戦死したって....」
死んだはずの幼馴染は、闇の中でニヤリと笑っている。
「時間がねぇからな、手短に話すが、今の俺は幽霊さ。」
幽霊...?
ガブリエルの姿を頭からつま先まで見るが、別に姿は透けていない。
何より、先ほどまで自分の口を塞いでいたあの手には、確かに体温の温もりが感じられていたはずだ。
目を見開いたまま固まるミゲルに、ガブリエルが告げる。
「俺はあの戦いで表向きは戦死したことにして、今は反乱軍の一員さ。」
反乱軍...死んだと思っていたガブは反政府ゲリラの一員となってた...
「いいか、手短に言うぞミゲル、お前も幽霊になれ、俺達とともにご両親を救うんだ。」
幽霊になる...死人となって自分に反乱軍に加担しろというのか...?
反政府ゲリラの仲間になれ、と...?
ミゲルの迷いと困惑を見透かすようにガブリエルは続ける。
「そうだ、お前も幽霊になるんだ、このままご両親を人質に取られたまま、望まない戦いを続けて、使い潰されるつもりか?」
もちろん、そんなのはごめんだ。
政府への忠誠心も、とうに尽きているのも事実だ、だが.....
「だけど...だけど俺は...兵士なんだ...。」
ミゲルの口から弱々しく声が絞り出される。
ガブリエルの表情が薄暗がりの中でふっと微笑むのが見えた。
子供の頃から何度も見てきた、懐かしいガキ大将がイタズラにミゲルを誘う時の、いつものあの顔だ。
「相変わらず杓子定規で生真面目な、お前らしい答えだ、子供の頃から変わんないなぁお前は。」
ガブの方こそ、そのイタズラっぽく笑う表情は子供の頃から変わっていない。
ガキの頃のまんまじゃないかーーーー
ふと、この場に似つかわしくない、そんな言葉がミゲルの脳裏に浮かぶ。
「だけどな、お前のその忠誠は、一体誰に捧げるものだ?」
ガブリエルの表情が一転し、声のトーンが変わる。
「家族か? 恋人か? それとも俺たちの苦しみなんぞ興味もなく、毎日贅沢なパーティーにうつつを抜かしている、軍上層部の連中にか?」
「この腐りきった国で、俺達の生き血と賄賂で肥え太った醜い政治家共か?」
ミゲルは答えない。
いや、答えられない。
彼はその答えを持っていないのだ。
「お前も幽霊になるんだミゲル、俺達と一緒に両親を救い出して、この国を変えるんだよ...!!」
ミゲルは答えない。
その時ミゲルの通信機が音を立てる、呼び出し音だ。
「はい...こちらミゲル...」
ミゲルが応答する、ガブリエルの表情に緊張が走る。
「はい...いえ、異常なし、何も問題は起きていません...」
そう告げて通信機を切る。
「ミゲル...」
「俺の両親の救出、手を貸してもらえるんだなガブ...?」
「あぁ、もちろんだ、おじさんとおばさんには、俺もガキの頃から世話になってる、お前と同じ幽霊が、反乱軍にもたくさんいるからな。」
「...分かった、協力する、さしあたりどうすれば良い?」
答えるミゲルの瞳には決意の色が浮かんでいたが、生真面目な彼の性格を反映してか、まだ少しのためらいの色もあった。
「今夜の所はこれで終わりだ、お前しばらくはここで立哨なのか?」
「ああ、昼間午前中は事務仕事だが、夜間はしばらくはここで明け方まで立哨任務の予定だ。」
「分かった、ならば明日以降もここで落ち合おう、なにか情報があるなら....
そうだな、そこのデカい木の傍の茂みに、通信筒か何かに入れて隠しておいてくれ、近いうちにここの収容所も、解放作戦が実施されるんだ。」
「分かった、警備状況やその他の必要情報はデータベースで調べてまとめておくよ...」
「これで今夜からオレも幽霊ってわけか...」
「いや、お前の場合は幽霊では無くて、生霊と呼ばれる形になるな。」
ガブリエルがニヤリと薄暗がりの中で笑った。
『生霊』、幽霊とはなってもすぐには反乱軍には合流せず、何食わぬ顔で政府軍の中で勤務を続け、内情や機密をリークし続ける常設潜入型工作員を指す符丁だ。
玉藻の前作戦で大量の不知火隊員を確保した反乱軍だが、いくつかの問題が発生したのだ。
一つは急激に増えたシラヌイ隊員により、拠点の人口が不自然に増えすぎたため、政府軍監察兵の注意をひきやすくなってしまった問題だ。
時折拠点に訪れている監察兵に対しては、政府軍が非協力的として見せしめに焼き払った、いくつかの近隣の村からの難民が流れ込んできているのだ、との説明はしているものの、やはりそれだけでは限度がある。
すでに新規入隊の不知火の何割かは、協力関係にある近隣の村々に事情を説明して、それらの村に分散配置され、付近の監視や情報収集に当たらせてはいるが、彼らの食事や活動費用はそれらの村に負担をかけるわけにもいかないため、反乱軍持ちなのだ。
「だから、彼らをすぐにこちらに引き入れるのではなく、そのまま政府軍内部に残らせて、彼らの食費や活動費は政府に面倒を見てもらおうと思ってね。」
ホセ指令はコーヒーを片手にラグ大佐に、あっけらかんとそう告げたものだ。
生霊が内部に居残ることで、政府側の内情や軍の機密、政府軍の動きがほぼリアルタイムで手に入る、おまけに彼らの活動費は政府持ちで、メシまで食わせてもらえる。
彼らの肉体は政府軍として何食わぬ顔でその場に残り続けるが、すでにその魂と忠誠は政府軍の下からは離れている....まさに生霊とは、よくぞ名付けたりである。
ガブリエルとの再会を誓い、歩哨に戻るミゲル。
明日からデータベースをいろいろと調べる必要がある...両親の収容されている収容所についてのデータも探しておく必要があるな...
もうすぐ交代の時間だ。
「だけど、きっと今夜は眠れないのだろうな...」
己に待ち受けるであろう、数奇な運命に思いをはせながら、ミゲルは肩にかけた小銃をしっかりと握り締めた。
第五話 黄泉返りの誓い 完




