ウーパールーパーのアレ
玉藻の前作戦で得た資材を元に、生まれ変わっていく反乱軍の戦力。
恐るべき力を秘めた、パワードスケルトンRC(Resistance Custom)改・ミブロは、その白い装甲を煌めかせ、静かに佇み、ただ戦いの時を待つ。
その一方、零の命名センスが、ラグランジュ大佐の荒れた胃壁をさらに削り取る。
爆乳酪農家狙撃兵ホルスタイン零 第十五話 ウーパールーパーのアレ
「整備長、これどこ置いたらいいの?」
零が搬入口から巨大な資材を両肩に担いで入ってくる。
「あぁ、すまんな零、そこ置いといてくれ...あ、違う、その棚の横だ。」
整備長に指示された棚の横にドスリと音を立てて資材を置く。
「悪いな手伝ってもらって、整備班だけじゃ人手が足りなくてな。」
「いいって、整備班のみんなが改装してくれたスーパーペーちゃんのお陰であの作戦でもみんな助かったんだから、感謝してるんだ、あたし。」
ニッと笑う零。
「今度三日月亭でウラカン一杯奢ってやるよ、こっちのスケルトンも改修するから楽しみに待ってな。」
背後にあるスケルトンの装甲をスパナでコンコンと叩きながら整備長が笑う。
「うん、カッチョいいやつに改装してよね、楽しみ!!」
「おーら、どいたどいたぁ!!」
再び資材を両肩に担いで倉庫の外に出ていく零。
「全く...もう見慣れた光景だけどよ、あいつの体力どうなってんだ? あんな重量男の俺でも無理だぞ...」
スケルトンの隣で作業していたガブリエルが呟く。
「普段から50kg以上あるヨルムンガンド担いで走り回っとるからなあいつ、弾薬も考えたら60kg以上の重りを常につけて動いてるようなもんだ。」
大佐がガブリエルにレンチを手渡しながら答える。
「前に聞いたことあるんだけどね、何かスポーツでもやってたの?
って、そしたら、なんでも...『おばあちゃんに教わった、唱えると不思議な力が湧いてくるおまじないのお陰だ』、って言ってたよ。」
ホセが手元の電卓を叩きながら答える、うん、今回は十分収支が合う....。
「おまじないねぇ....一流スポーツ選手がやるメンタルコントロールのルーティーンみたいなもんか?」
「そのうちアイツ髪の毛がブロンドになって逆立って、空飛び始めるんじゃねぇだろうな...」
ザックがスケルトンから取り外した装甲を壁に立てかける。
「指令、スケルトンの復元の方はちょっと時間がかかりそうです、あとおそらく、ですが...スラスター周りの機能は復元は難しいかもしれません。」
整備兵がホセに報告する。
「仕方がないね、腐ってもカルテルの最新鋭機だ、本来ボク達ゲリラ屋の技術では手に負えるシロモノじゃないからね。」
「それに鹵獲した物資の中にもスラスター用の推進剤なんて特殊なものはなかったし、どのみちスラスターはすぐ燃料不足で使用不可能になりそうだから、復元できる部分だけで構わないさ。」
「すいません、その代わりと言っちゃなんですけど、整備班会心のアイデアを盛り込みますんで。」
整備兵が見上げる視線の先に、組み上げ途中のパワードスケルトンが降着姿勢で佇んでいる。
零のヨルムンガンドに撃ち抜かれた機体の中の、破砕孔から外れた位置の生きている部品、水没した機体の中からサルベージした部品。
それらをいわゆるニコイチ修復で組み上げているのだ。
塗装はカルテルのオリジナルのメタリックブラックから再塗装され、白を基調としたカラーリングに変更されている。
これは戦場の乱戦状態における誤認で友軍から誤射されないようにするためだ。
しかし水没によりショートした精密部品などは復元が難しく、反乱軍の技術では代替部品の製造も難しかったため、高度な電子制御を必要とするスラスター周りは復元できそうにない。
「塗装はあらかた終わりましたけど、指令の注文の手首と足首周りの塗装は...」
「あぁ、それは一番最後で構わないよ、本体の復元と組み上げを最優先にやってほしい。塗装は別に急ぐものじゃないし、ただのボクの趣味の注文だから後回しで構わないよ。」
「そういえばスーパーペイルライダーの簡易バリケードシステムだが、味気ないからな、もっと兵士の士気向上に役立つ、勇ましい名前を考えておいた。」
ラグランジュ大佐がニヤリと笑う。
「.......そういえばスーパーペーちゃんのあれ、あたしも初めて見た時、名前思いついたんだぁ...」
ふいに背後から聞こえた不吉な声に、大佐がビクッと後ろを振り返る。
いつの間にか戻ってきていた零が、背後霊のごとく大佐のすぐ後ろに立っている。
手には三日月亭のロゴマークが入ったテイクアウトのサンドイッチを持ち、それをハムスターほっぺで頬張っている。
「...最初見た時アレ思い出したんだぁ、ほら、あの...」
モッキュモッキュとサンドイッチを頬張りながら零が改装作業中のペイルライダーを見やる。
「待て零!! 言わんでいい、もうあの機能の名前は俺が考えてあるんだ!!」
大佐が慌てて制止する。
「ほらアレさ、なんていうの? ウーパールーパーの顔の周りについてるビラビラ(外鰓)みたいなやつ...」
「言わんでいいぃぃぃ!! あの機能は兵士達を守護する聖なる加護の翼!! セラフィックウイングだ!! 俺がそう決めた!! ハイ解散!!」
サンドイッチを頬張る零の両肩をつかんだ大佐が、鬼の形相で零の体をガクンガクンと揺さぶる。
「......んごっくん...『ウーパールーパーのアレ』で決まりじゃね? カワイイしさ。」
ハムサンドを飲み込みつつ、零が能面のような表情でそう告げる。
「そんなふざけたネーミングがあるかぁぁぁ!! 戦場で『よし、ウーパールーパーのアレを展開しろ!!』とか俺に号令させる気かぁぁぁ!!」
「なによぅゴリさん、あたしのネーミングに文句でもある訳? じゃあいまいち可愛くない響きだけど、譲歩して『アホロートルのアレ』、で手を打とうじゃない。」
「生物学的に正しい学術名称にすりゃ良いってもんじゃねぇんだよ!! 兵士の士気向上効果もクソもないだろうがぁ!!」
しかも『アホ』という響きのせいで、さらに間抜けさが悪化している。
「とにかくこの機能の名称はセラフィックウイングなの!! もう書類にも登録しちゃったもんねーだ!! データベースにも今そう登録した!! ハイ決まり、これは上官命令なの!! 決定事項変更不可!!」
大佐がホセ指令の隣にいたクレアからノートパソコンをひったくり、必死の形相でデータベースに打ち込む。
大佐権限でロックをかけ、大人げなく変更不可のマークをつける。
「まぁ分捕ってきた物資の中には医薬品もたっぷりあったしね....クレア、あとで胃腸薬取ってきてあげてくれるかな。」
笑いをこらえるホセはそう告げ、戦友の身体を案ずるのだった。
◆◆
目の前のモニターを睨みながら、背もたれに背中を預け伸びをする。
右わき腹がまだ少し疼くが、支障がでるほどではない。
コーヒーカップから一口コーヒーを飲む。
ミゲルは友軍基地にたどり着いた後、軍病院に入院し、軍上層部からの事情徴収を受けた。
もっとも彼には死神が現れた直後からの記憶が無いので、大した報告はできなかった。
ミゲルは二週間ほどのちに退院し、原隊復帰を望んでいたが、復帰するべき部隊はすでに壊滅しており、部隊そのものが解体されていた。
作戦に参加しなかった他の戦友達もちりぢりになって別部隊に編入済みらしい。
そのため彼には国境近くの小規模な収容所の警備兵につくよう、異動命令が下った。
初日からここでは主にデスクワークが中心だ。
病み上がりということで基地の責任者が配慮してくれたらしい。
どちらかといえばミゲル自身もデスク仕事のほうが向いていると思っている。
「よぉミゲル、仕事のほうはもう慣れたか?」
ラウル・メンドーサ中尉 が傍に立っていた、この基地におけるミゲルの現場レベルでの、新たな直属の上司となった人物だ。
椅子から立ち上がり、直立不動で敬礼するミゲル。
「はっ、お気遣いありがとうございますメンドーサ中尉殿。」
「ああ、いい、いい。」
「お前はかたっ苦しくていかんな、もっとテキトーでいいんだよ、テキトーで。」
手をヒラヒラと振りながら、椅子につくように促す中尉。
自分も手近にあった椅子を足で引っ掛け引き寄せ、背もたれの上に両腕と顎を乗せるだらしない体勢で座る。
気崩した制服、緩めた襟元、無精ひげ、正直あまりまじめな軍人とはいえない。
「そういえばお前、噂の渓谷からの生き残りらしいな? 何があったんだ?」
コーラの缶を片手にそう問う。
「申し訳ありません中尉殿、上からも箝口令が敷かれておりますので...」
「そもそも自分は戦闘中に意識を失っていたので、どのみちあまり詳しい事情は把握していないのです、情けないことですが...」
「ふーん...ま、そういうことにしておくさ。」
実際はさして興味も無いのだろう、そう告げてそれ以上の事は聞かなかった。
「ところでメンドーサ中尉殿、データベースの更新作業をしていて気づいたのでありますが、この基地はかなり人員の流動性が激しいようですね。」
「あぁ、もともとが規模が小さい基地だからなココは。」
「他の大規模収容所はとっくに収容キャパを超えてる、あぶれた収監者がよく、多少は余裕のあるこの収容所に移送されてくるんだわ。」
「警備兵も同じさ、国境に近いからなここは。」
「最近は特に隣国軍との小競り合いのドンパチが頻発して、それなりに犠牲も出てるってんで、ここからも補充や戦力増強のための兵が良く異動していったりしてな。」
「それで抜けた兵力の補充で、よく新しい奴らが他の部隊から入ってきてるんだ、お前みたいにな。」
あくびをしながら答える。
「自分としては原隊復帰を望んでいたのですが、部隊はもう...」
「そうか、お前も午前中のニュースで見たろ、オズワルド中央情報統括庁長官の急死事件。」
「あれの後任への急な交代とかで、上もだいぶ混乱してるらしくてよ...」
つまらなさそうにコーラを飲む。
「まぁはっきりいえば、お前がここに配属されたのは、その混乱もあってのテキトーな人事の結果だと思うぜ。」
ミゲルも何となく気づいてはいた。
入院中、次の配属先を聞かされていたのだが、退院間際になってそれが二転三転したのだ。
退院予定日前日になって、ようやく最終的に確定した配属先がここだった。
「ここは、はっきり言えば僻地の閑職だ、お前が配属されたのには『安全な後方の閑職に回してやるから、余計なことは話すな』って上の意向もあるんじゃないのか?」
なるほど、それなら合点がいく。
復帰を報告した時、軍上層部の反応は喜ぶでもなく、妙な雰囲気だったことを思い出すミゲル。
カルテルの意向が特に強いのだろうが、自慢のパワードスケルトンは全滅、指揮官と通信兵は逃亡、反乱軍の殲滅には失敗し、集積所にあった膨大な補給物資も全て奪われたようだ、作戦は完全な失敗。
政府にとっても、カルテルにとっても蓋をしたい、臭い案件なのだこれは。
そこへ唯一といっていい生き残りのミゲルが帰還しても、歓迎されるわけがない。
むしろ意識を失っていたせいで詳しいことは分からない、と答えて正解だったのかもしれない。
ただの事実ではあるが、下手に状況を理解していたら、口封じで軍法会議にかけられていたのかも知れないのだ。
「ああ、それとな、そろそろお前にも夜間歩哨の任務もやってもらうぞ、人手が足りてないんでな。」
「了解であります中尉殿、脇腹のケガももう支障がない程度には回復しておりますので、問題はありません。」
「その時にはまた声をかけるわ、めんどくせぇが俺も出るよ。」
「全く最近は愛用のタバコの値段も、また上がって俺みたいな小市民の生活は苦しくなる一方だ。 政府のお偉方も、少しは考えてもらいたいもんだぜ...」
ボヤきながら背中越しに掌をヒラヒラと振りつつ、中尉は事務所を出ていく。
メンドーサ中尉はあまり部下からも人望があるとは言えないが、与えられた仕事は最低限はやるため、それなりに現場では頼りにはされている。
うわさでは物資の横流しや賄賂にも手を染めているようだが、小遣い稼ぎ程度のようだ。
無論褒められた事ではないが、今の政府軍内では特別珍しい光景ではないのも事実だ、みんな多かれ少なかれやっている。
その一方で、収監者達への理不尽な扱いや虐待などには加担していない。
むしろ、しばしば苦言を呈することもあった。
もっとも、上司に睨まれるとすぐ引き下がっていたので、自分の立場を危うくしてまで、収監者をかばう気もないようだったが。
まぁ、俺は自分の仕事をしっかりやるだけだ.....
コーヒーカップを片手にまた端末と向き合うミゲル。
ふとその視線が止まる。
収監者のファミリーネームと、同じファミリーネームを持つ警備兵がいる、どちらもかなり珍しいファミリーネームだ。
なんとなくその名前で検索してみると、どちらも同じ出身地、村の出身だった。
「...? まさかこの警備兵と収監者、家族か親戚なのか...? いや、そんなはずはないな...だけどかなり珍しい名前だ...」
そんなはずはない、家族が人質として収容されている収容所の警備に、その兵士が配属されることなどは無いはずだ。
そんなミスマッチ配属が起きれば、兵士が自分の家族を脱走させたりする不祥事に繋がりかねないからだ。
なにより、自分の家族に自分で銃口を突きつけ監視する任務など、誰がやりたがるものか。
兵士達の暴動が起きかねない。
ふと空腹を覚えたミゲルが時計を見ると、ちょうど夕食の時間だった。
ミゲルは作業をキリのいいところで切り上げ食堂に向かい、メニューを注文する。
トレーを持ち席に着き、食事をしていると、食堂の端っこで同じく食事をしている兵士が目に入った。
彼はデザートについていたスニッカーズのチョコバーと小さなゼリーを、周りを気にしながらポケットにそっとしまっていた。
そういう兵士は良くいる。
食事やレーションについてくる高カロリーの甘味を、いざという時の保存食として取っておくのだ。
過酷な戦場では甘いものは士気と気力を回復させてくれる効果がある、ミゲルも何本かチョコバーを個人的にストックしてある。
翌日、ミゲルは書類を受け取りに行くため、渡り廊下を歩いていた。
外では収監者達が監視付きで運動所に出て、軽い運動や散歩などをしている、自由時間らしい。
辺りにはその収監者達の脱走を防ぐため、銃を持った監視の兵達が何人かいる。
そのうちの一人が、一組の女性と子供の方を見やる。
親子であろうか?
女性とその隣にいる男の子に声をかける、昨晩食堂で見かけた兵士だ。
「おい、そこのガキ、ちょっとこっちに来い。」
と手招きをしている。
男の子は言われるがままにその兵士に近づく。
男の子の眼には何とも言えない色が浮かんでいる。
だがそれは少なくとも恐怖ではないようにミゲルには見えた。
「ボクお腹すいたよ、お父...」
「しっ!! 俺はお前のパパじゃない、いいな? これを持っていけ...」
兵士が鋭く口元に人差し指を当て子供の言葉を遮り、一瞬周りを見渡してから、子供の前にしゃがみこんで、男の子の小さな手に何かを握らせて渡す。
昨晩ポケットにしまっていた、スニッカーズとゼリーのカップだ。
それを受け取ると、子供は嬉しそうに母親のもとに走っていく。
母親は兵士の方に視線を送る。
だがその目に宿っている感情は怒りでも、恐れでも、敵意でもなかった。
ただ、悲しそうだった。
母親に視線を向けられた兵士は、すぐに視線を逸らす、その横顔で彼が唇をかんでいるのが、ミゲルには分かった。
やはり彼らは家族ではないのか...?
いや、そんなミスマッチ配属はありえないはず...
ミゲルは廊下を進み事務所に足を踏み入れ、連絡のあった書類を受け取る。
退室しようとする時、背後から兵士達のやり取りが聞こえてきた。
「第三室のあの女、第一室へ移動させろ。」
第一室は最も古い部屋で、設備は老朽化し、水漏れで湿気が多く、ネズミがうろついている不衛生な部屋だ。
とても人を収監できるような環境では無く、現在はほぼ使われず、ガラクタ置き場になっているような部屋のはずだ...
だが命令された兵士が答える。
「第一室は無理です!! あそこは人が住めるような環境ではありません、万が一にも人質が体調を崩しでもしたら、人質として役に立たなくなりす!!」
だが上官と思わしき男は応じない。
「ならば、第十一室はどうでしょうか? あそこならまだ二名分ほど収監人数に余裕がありますし...」
「第十一室は監視カメラの死角になっているからな、できればあまり使いたくないのだ。」
上官はそっけなくそう答える。
だが部下の兵士は引き下がらない。
「ならば、今夜から自分が第十一室の立哨に立って監視します、第一室で人質が亡くなりでもしたら、貴方も管理責任を問われるのではありませんか?」
上官はしばらく考えている。
しかし、管理責任という言葉が効いたのか、第十一室への収監者の移動の許可を出したようだ。
もちろん部下の兵士には、今夜から彼自身が立哨に立つという約束に念を押して、だ。
部下の兵士はその言葉を聞いた時、ミゲルには心底ホッとしていたように見えた。




