窮地
やはり罠だったーーー
政府軍とカルテルの奸計が牙を剥き、反乱軍の前に現れる不気味に闇の中光る、強化外骨格の赤いカメラアイ。
絶体絶命の窮地に、ラグランジュ大佐の号令がくだされる。
スーパーペイルライダーは、果たしてよく反乱軍を守り切る盾となり得るのだろうか…?
「よし、新兵器の出番だ!! 簡易バリケードを展開しろ!! 左側のみでいい!!」
ラグランジュ大佐の声で運転席のガブリエルが操縦装置の脇に増設されたレバーを引く。
敵火線の死角になっているペイルライダーの左側面に取り付けられている追加装甲が、油圧ジャッキにより車体先頭部にある蝶番を支点としてゆっくりと羽を広げるように側面に広げられていく。
それと同時に車体左下部に格納されていたアウトリガーが伸長され、地面に接地、重心の大幅な左への偏りを支える。
第一次改装で取り付けられた側面追加装甲を広げることで物理的な装甲防御範囲を一時的に拡張するスーパーペイルライダーの真骨頂、簡易バリケード機能である。
これを使用することで多数の兵士を守る防御範囲を拡張することができるのだ。
戦力に大規模な補充が期待できない反乱軍において、少しでも損耗率を下げるためラグランジュ大佐の要望に応じて実装された機能だ。
本来は左右同時展開するものだが、今回は右側面を大岩に預けてカバーしているため左側面のみの展開となる。
簡易バリケードシステムを展開したペイルライダーの車体の陰からバラバラと兵士がバリケードの後ろに移動し、銃を構える。
「な....なんだアレは!? ダンボの耳みたいに装甲が広がったぞ!?」
グラスを片手にモニタを見つめるフェルナンドの喉から驚嘆の声が漏れる。
その直後だった。
「撃てぇぇぇぇッ!!」
ラグランジュ大佐の怒号とともに、ペイルライダーとバリケードの陰から反乱軍兵士たちが一斉に射撃を開始する。
ガガガガガガガガガッ!!
5.56mmと7.62mmの銃弾が夜の渓谷を切り裂き、無数の火線がスケルトンへ集中する。
だが――
ガキンッ!!
キィンッ!!
キン、キン、キンッ!!
すべてが黒光りする装甲に弾き返される。
スケルトンは止まらない。
よろめきもしない。
怯みもしない。
ただゆっくりと、こちらへ歩いてくる。
「くそっ!!全然効いてないぞ!!」
「頭部を狙え!!」
「駄目だ、跳ね返される!!」
兵士たちの叫びが飛び交う。
その間にも、スケルトンの右腕がゆっくりと持ち上がる。
12.7mm重機関銃の銃口が、再びペイルライダーへ向けられた。
「伏せろォォォッ!!」
ドガガガガガガガガガガガガガガッ!!
猛烈な銃撃。
ペイルライダーの車体が激しく震える。
ガンッ!!
ガガンッ!!
ガガガガンッッ!!!
厚い追加装甲に12.7mm弾が次々と叩きつけられ、無数の火花が夜空へ散っていく。
「うおおおおおおッ!!」
「持ちこたえろ!!」
「装甲は大丈夫だ!!」
誰かが叫ぶ。
しかし、その声には明らかな動揺が混じっていた。
大丈夫なのではない。
今のところ、『まだ』撃ち抜かれていないだけだ。
ペイルライダーの装甲板が衝撃を受けるたび、車内まで鈍い振動が伝わってくる。
「ラグランジュ大佐!! このままじゃ持ちません!!」
「分かっている!!」
ラグランジュ大佐が歯を食いしばる。
前方にはスケルトン。
後方には崩落した岩壁。
左右には切り立った崖。
逃げ場はない。
しかも敵は一体ではない。
闇の向こう側では、さらに複数のスケルトンが生身の一般歩兵を守るように隊列前面に陣取り、楯となっている。
「……いったい何体いやがるんだ、あのバケモノは……」
ガブリエルが呟く。
「分からん。だが、増えている...RPG7なら破壊できるかもしれんが、数に限りがある、全部は撃破しきれん....!!」
ラグランジュ大佐が答える。
そのとき、無線機からホセ指令の声が飛び込んできた。
『ラグランジュ!! 応答しろ!! 状況を報告してくれ!!』
「こちらラグランジュ!! 後方を爆破され、退路を遮断された!! 前方から敵の機械化歩兵部隊が接近中!!」
『諜報部の報告にあったパワードスケルトンか!?』
「そうだ!!」
『こちらでも映像を確認した、あれは通常の歩兵装備では対処できそうにないな...』
「その通りだ!! 小火器程度では歯が立たん!!」
『ペイルライダーは!?』
「今のところ装甲で耐えている!! だが、いつまで持つか分からん!!」
ホセ指令の声が一瞬途切れる。
『……了解した。各車両は可能な限りペイルライダーの陰へ移動しろ!!』
「すでにやっている!! だが、全員を匿うことはできない!!」
『分かっている……!!』
司令部でも、クレアをはじめとするスタッフが通信端末の前で息を呑む。
各部隊の位置情報。
車両の配置。
敵部隊の接近状況。
それらが刻々と更新されていく。
しかし、盤面をどう動かしても状況は変わらない。
反乱軍は袋の中にいる。
そして、その袋を外側からゆっくりと締め上げているのがスケルトンだった。
『ラグランジュ、何か打開策はあるか!?』
「……考えている!!」
『時間がないぞ!!』
「分かっている!!」
ラグランジュ大佐が前方を睨みつける。
スケルトンがまた一歩、前へ進む。
ガキン……
さらに一歩。
ガキン……
そのたびに、足元の岩石が鈍い音を立てる。
「…あれだけ撃ち込んでも、まったく止まらない…」
ガブリエルが呟く。
ラグランジュ大佐は答えない。
側面に回り込もうとするスケルトンに、反乱軍兵士の構えるRPG7が向けられる、さしものスケルトンも後退する。
本来この手のスケルトンの装甲でも対処しきれない大火力兵器は、スラスター機動で回避するが、狭い渓谷内ではそれは不可能だ、いかにスケルトンといえども、いったん引くしかない。
「RPG7はうかつに撃つなよ!! 数が限られてるからな、全部は仕留めきれん、強引に側面に回り込もうとするやつにだけお見舞いしてやれ!!」
ラグランジュ大佐の怒号が響く。
大佐の視線はペイルライダーの前方に広がる暗闇を見つめている。
「大佐!! 右側面の兵員がもう隠れきれません!!」
「車両を詰めろ!!」
「これ以上は無理です!!」
「何とかしろ!!」
「無理です!!」
その瞬間――
ドガガガガガガガガガガガガッ!!
再び12.7mm弾が降り注ぐ。
ペイルライダーの車体が大きく揺れる。
「ぐっ……!!」
車内の兵士たちが床へ叩きつけられる。
「装甲板の一部が変形してます!!」
「まだ抜かれてはいない!!」
「でも次も同じ場所に当たったら…!!」
誰も、その先を口にしなかった。
ペイルライダーの装甲は、確かに彼らを守っている。
だが、装甲そのものもまた、無限に耐えられるわけではない。
そして敵は、それを知っているかのように同じ場所へ何度も12.7mm弾を叩き込んでくる。
「……まずいな」
ラグランジュ大佐が低く呟く。
その視線の先で、スケルトンが再び銃口を持ち上げる。
「全員、伏せろ!!」
ドガガガガガガガガガガガガガガガガッ!!
轟音。
火花。
振動。
悲鳴。
そして、少しずつ後退していく反乱軍。
一メートル。
また一メートル。
ペイルライダーは大岩を背にしているため、それ以上後退することすらできない。
逃げることもできない。
反撃することもできない。
ただ、耐えるしかない。
その頃。
通信指揮車の中。
フェルナンド特務上級少佐指揮官は、ウイスキーの入ったグラスを傾けながらモニターを眺めていた。
画面の中では、黒光りするスケルトンが反乱軍を少しずつ追い詰めている。
フェルナンドの口元に、再びねっとりとした笑みが浮かぶ。
「ふふふ……」
「どうだね? 通信兵」
「はい?」
「見えるかね? あの哀れなドブネズミどもの姿が」
通信兵はモニターを見る。
「……はい」
「必死に廃品の装甲車へしがみついている」
フェルナンドが愉快そうに笑う。
「素晴らしい…実に素晴らしい光景だ、まさに名将のみが見ることを許された光景だと思わんかね?」
「もう少しだけ遊ばせてやろう」
空になったグラスに新しい勝利の美酒を注ぐ。
「すぐに殺してしまっては面白くない」
グラスの中で琥珀色の液体が揺れる。
「逃げ場がないと理解した時、人間というものがどんな顔をするのか…どんな悲鳴と絶望のうめきをあげるのか...選ばれし者だけがこの光景を拝める...」
うっとりとグラスを眼前に掲げるフェルナンド。
通信兵は何も答えない。
(変態サディストが...!!悪趣味にもほどがあるぜ...)
ただ黙って端末を操作する。
フェルナンドはモニターの中で震える兵士たちを眺めながら、満足げに舌を舐めた。
「さあ…もっとだ」
「もっと絶望させろ」
「そして最後には――」
フェルナンドがグラスを掲げる。
「さぁ稀代の名将フライングタイガー様の勝利に華を添えろ!! 貴様らのその苦悶の表情、絶望に引き攣った濁った悲鳴!!」
「それこそが私のサクセスロードを飾る花道にふさわしい!!」
「はーっはっはっはっはっは!!」
『ラグランジュ!!』
無線からホセ指令の切迫した声が響く。
「こちらラグランジュ!!」
『敵の数がさらに増えている!!このままでは完全に包囲されるぞ!!』
「分かっている!!」
『何かないのか!?』
「……もう少しだけ耐えてくれラグ、まだ敵の引き込みが十分じゃない、もう少し敵を渓谷内に引き込んでくれ。」
ラグランジュ大佐が答える。
「...分かった、信じてるぞホセ!! だがあまり長くは保たんぞ!!」
その言葉に、通信の向こう側が静まり返る。
「だが、まだ終わってはいない」
ラグランジュ大佐が前方を睨みつける。
その先には、何体ものスケルトン。
その背後には、逃げ道のない暗闇。
そして自分たちの周囲には、逃げることすら許さない切り立った岩壁。
「全員、持ち場を維持しろ!! 牽制だけでいい、バケモノを側面に回り込ませないように牽制だけやれ!! 最優先は自分の身を守り時間を稼ぐことだ、無理な攻撃はせんでいいぞ!!」
「まだだ!!」
「まだ、終わっていない!!」
兵士たちは必死に銃を構える。
だが――
スケルトンは止まらない。
一歩。
また一歩。
ゆっくりと、確実に。
反乱軍との距離を詰めてくる。
そして、再び12.7mm重機関銃が唸りを上げた。
ドガガガガガガガガガガガガガガッ!!
朝日が昇りつつある渓谷に、絶望の銃声が響き渡る、展開されたバリケードのわずかな隙間から運悪く抜けた弾丸にまた一人兵士が倒れ伏す。
「負傷者をペイルライダーに収容して手当を!!」
「...くそっ、早くなんとかしてくれよホセ...!! ペイルライダーの装甲とて、この火力相手ではいつまでもは...!!」
負傷した兵に肩を貸すラグランジュ大佐の口から絞り出すような声が漏れる。
反乱軍は、完全に追い詰められていた。
――その時。
数百キロ離れた場所で、「死神」もまた苦境に立たされつつあった。
◆◆
死神は動けないでいた、わずかでも頭をあげれば、たちまち狂ったように頭上を抑えるように火線が集中してくる、塹壕の底でうずくまっているしかない。
「くっ...やはり罠...司令、これじゃ頭をあげることもできない!!」
傍らのヨルムンガンドをしっかりと抱きしめるが、これでは狙撃どころではない。
通信機に状況を報告するが、返ってくるのは相変わらず緊張感のないホセの声だ。
「ああ、分かっている。君一人を抑え込むためにこれだけの火力を投入してくるとは、まさか計算外だったよ。」
「でも君の潜んでいる塹壕は防弾板と防弾ガラスでガチガチに防御を固めてあるから、迫撃砲や空爆でも来ない限り心配はいらないよ。」
「君に陣取らせたその狙撃ポイントは、高台の真下にそこの基地の重要な通信インフラや燃料輸送パイプが走っているからね、敵としても高台ごと吹き飛ばすような荒っぽい方法は取れないはずだよ。」
「最悪の場合は事前の打ち合わせ通り、塹壕の下に用意してあるトンネルから後方に脱出してもらって構わない、無理はしなくていいからね。」
「りょ、了解...本隊の方はどうなってる!? みんなは無事!?」
死神のそばの防弾板に命中した弾丸が、防弾板の角を削り取る。
「...正直芳しい状況とは言えない、だがボクを信じてほしい。」
「司令!! 敵はしびれを切らせて渓谷出口の外で待機していた残りの戦力も渓谷内に侵入させ始めたようです。このままではいくらスーパーペイルライダーでも...」
クレアの悲壮な声が戦略指揮所内に響き渡る。
パチンッ!
その言葉を聞くと同時に、ホセの手元で懐中時計の蓋が、音を立てて閉じられる。
「よし...諜報部隊のネット回線への接続は終わってるんだよね?」
「あ....はい、終わっています、でもいまさら通信回線をジャックしたところで...」
「結構、ではその有線から敵指揮官君の通信機をジャックしてくれたまえ、それと山脈向こうに展開させている工作部隊にオペレーションY.sの発動命令を。」
◆◆
……ブツッ.....通信兵の耳元に微かな異音が響く。
「...ん? あれ...?」
「どうした通信兵?」
すでに祝杯気分のフェルナンドが、傍らの通信兵に目を向ける。
「あ...いえ、なにか通信機が...?」
ザッ....ザザッ.....
「あー...あーあー、聞こえるかな指揮官君?」
突然通信機から間の抜けた声が響く。
「....!? し、指揮官殿!! 通信ジャックです!! 通信が乗っ取られています!!」
「なんだと!? 通信は有線のはずだ!! どうやって...!?」
「お、おそらく敵も埋設されたネット回線に接続して、こちらの通信に割り込んできているようです!!」
「マイクを寄こせ!! オイ!! 貴様何者だ!!」
「 これが名将フライングタイガー様専用の通信回線と知っての狼藉か!?」
不機嫌そうに通信兵から機器を奪い取るフェルナンド。
さっきまでの上機嫌な表情は一変している、実に情緒不安定な男である。
「やぁ初めましてフライングタイガー君、素敵な名前だね、ボクは...まぁいわゆる君達が言うところの反乱軍の指揮官だね、初めまして。」
間の抜けたホセの声が聞こえる、もちろん声は加工してある。
「ふん、ドブネズミどもの首魁か...何の用だ? 命乞いなら聞かんぞ。」
「まぁまぁそういきりたたなくても...失礼、申し遅れたがボクのことは...そうだな、Mr.ノンケとでも呼んでもらおうかな、無論偽名だけどね。」
…ブフゥッ!!
ホセの背後から誰かが噴き出す声が聞こえた。
もちろんクレアだ。
「な...なんだ!? 背後で若い女がまるでアイスティーでも噴き出したような音が聞こえたぞ!?」
この男、愚かだが案外ニュータイプの素養でもあるのか?
「はっはっはっ、気にしないでくれたまえMr.クライングアイパ―君、これから派手にステージで踊ってもらう哀れなピエロ役の君に、プロデューサーとして一言ご挨拶を、と思ってね。」
「フライングタイガーだ!! ふざけた男め...ピエロは貴様らだろう? この砂塵の狐と呼ばれた名将フェルナンド・ガルシア様の立てた完璧な作戦にまんまとおびき寄せられ、これから哀れなボロクズと化し殲滅されるのだからな。」
また通称が増えたらしい。
「完璧な作戦ねぇ...少なくともボクはハメられた覚えはないんだけどなぁ...」
ホセののんびりとした声、そしてわざとやっている言い間違いがこの男の神経を逆なでする。
「ふんっ! やせ我慢もその辺にしておくのだな、退路は断たれ出口はパワードスケルトンで封鎖。」
「廃品利用のネズミの巣箱で何とか耐えているようだが、時間の問題よ...貴様らの持つ火器程度ではスケルトンの装甲は撃ち抜けん!! じきに捻り潰してくれる...!!」
「撃ち抜けない...? 本当にそうかい...?」
「お得意の爆乳の死神か? ふん、言っただろう、この名将の策略は完璧だ!! 貴様らの頼みの綱の死神は数百キロも離れた場所で今頃は別動隊の足止めで身動きとれんわ!! おとなしくチェックメイトを認めるんだな!!」
夜明けが近い、気温の上昇とともにサンタァナは小康状態となり風の音が小さくなっていく。
「特務上級少佐殿、サンタァナが収まったおかげで無線通信が回復しています、いまなら予備の無線機を使った足止め部隊との長距離無線通信も可能ですが...」
傍らの通信兵がフェルナンドに告げる。
「ふん...いいだろう、頭の悪い貴様にも解るように絶望を突きつけてやる、オイ、足止め部隊につなげ。」
しばらく通信兵が通信機を操作し、フェルナンドにデバイスを手渡す。
「おい、私だ。死神は間違いなくそこに足止めされているのだろうな?」
「はい、ご指示のとおり徹底的な制圧射撃で釘づけにしてあります。あの化け物銃もこの制圧射撃の火力にさらされては、照準を合わせるヒマすらありはしません、安心して主力部隊の殲滅を。」
足止め部隊からのその報告に、満足げに頷くフェルナンド。
「ふん、聞こえただろうドブネズミの親玉? 死神は身動きとれん、貴様らはこの百戦百勝の名将の知略の前に無様に敗北したのだ!!」
勝ち誇るフェルナンド、酒がうまい、今日は記念すべき日だ。
明日には俺は軍内でその名を知らぬものなど居ない英雄となり、凱旋するのだ。
「死神ねぇ...聞くが、その死神とやらは一発でも攻撃したかい? それは本当に死神かい?」
「そもそも君達は、誰も死神の素顔を知らないんだろう?」
敵司令官のとぼけたセリフが、名将の神経をまたもや逆なでする。
「くだらん負け惜しみを...」
ドズンッッ!!
その時背後の遠くから地響きのような低い音が聞こえ、フェルナンドが乗る装甲通信指揮車両が少し揺れた、がすぐに揺れは収まる。




