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玉藻の前作戦、発動

もう物資には余裕はない…ならば、あえて罠に飛び込み、罠ごと喰い千切るのみーー


ホセ司令必殺の玉藻(たまも)の前(まえ)作戦、始動ーーー


熱風と権謀術数渦巻く、サンタァナの長い夜が、今始まる。


爆乳酪農家狙撃兵ホルスタイン零-zero- 第四話「玉藻の前作戦」


御子神 零表情集


挿絵(By みてみん)







夜。



反乱軍拠点では、玉藻の前作戦に参加する部隊が静かに出撃準備を整えていた。



これまでの戦闘とは違い、今回は敵に作戦の存在そのものを察知されることが許されない。



車両は一斉には動かさず、時間差をつけて一台、また一台と拠点を離れていく。



必要最小限の灯火。



抑えられたエンジン音。



短く交わされる無線。



暗闇の中へ溶け込むように、反乱軍主力部隊が渓谷方面へ向けて進撃を開始する。



作戦開始に呼応し、近隣の村々にも数日前から先行分散待機していた車両と兵員も続々と村を出発し、渓谷手前の会合点を目指し移動を開始する。



挿絵(By みてみん)



先行する部隊を指揮するのはラグランジュ大佐。



その側には、ガブリエルの姿もある。




二人とも余計な会話は交わさず、ただ淡々と各車両の位置と周囲の状況を確認している。


やがて車列は夜の闇に完全に紛れ、渓谷へと向かって進んでいく。







――玉藻の前作戦、始動。





◆◆





一方、その頃。



反乱軍司令部・戦略指揮所。



複数の通信端末が並ぶ室内で、ホセ指令とクレアをはじめとするスタッフが各部隊の進行状況を監視している。



現地から短い通信が次々と入る。



「第一車列、予定地点を通過。」



「第二車列、異常なし。」



「敵側に目立った動きはありません。」



報告を受けるホセ。



作戦全体の進行状況を確認しながら、各部隊が予定された位置へ移動していくことを確認する。



クレアらスタッフも通信記録と各部隊の位置情報を照合し、作戦が計画通り進んでいることを確認していく。



ここでは現地の兵士たちとは対照的に、作戦全体が一つの巨大な盤面として扱われている。



まだ何も起きていない。



だからこそ、誰もが緊張している。



さらに時間を前後して。




渓谷から数百キロ離れた狙撃予定地点の高台。



そこにはすでに死神の姿があった。



先行した死神は、すでに所定の狙撃地点へ到着していた。



周囲の地形に身を潜め、微動だにせず待機し、塹壕の中に身を隠す。



その姿は完全に狙撃手としてのもの、右手でそっと傍らのヨルムンガンドの手触りを確かめる。



周囲を慎重に確認しながら、予定された時刻と位置を確認する。



まだ撃つ時ではない。



今はただ、待つ。



闇の中、死神は静かにその鎌の刃を研ぎ澄まし、待ち続ける。



挿絵(By みてみん)




◆◆





『コンキスタドールは黄金郷に向かえり』



オズワルドとゾルゲのもとに、現地から通信が入る。



狙撃地点に死神が現れた、を意味する暗号通信だ。



「死神の到着を確認しました、奴は見事に釣られてくれたようです。」



二人はその報告を聞く。



そして、互いに顔を見合わせる。



作戦は、思惑通りに進んでいる。



オズワルドが薄く笑う。



「当然ですよ長官、我々の立てた欺瞞作戦は完璧です...」



ゾルゲがオズワルドに粘りつくような視線を向け答える。



ゾルゲもまた、その報告を聞いて満足げな表情を浮かべている。



彼らにとっても、零がそこにいることは重要な意味を持っていた。



オズワルドが通信機のマイクを手に取る。



「間違いなく死神なんだな?」



「はい、間違いありません、情報通り化け物じみたデカい狙撃銃も確認しました。」



「それに噂通りの胸のでかい女ですよ、長官の通過予定ルートを狙撃できる、いくつかの狙撃ポイントのうちの一つに陣取ったようです。」




「そうか...まだ撃つなよ、気づかれて逃げられては元も子もないからな。主力部隊の戦闘が始まるまでは泳がせて、そこに釘づけにしておくんだ。」



「それまでは死神の監視だけにとどめておけよ、ところで死神の顔は確認できたのか?」



舌なめずりしながら、オズワルドが答える。



「いえ、残念ながら距離が遠いのと、フードに隠れて顔は拝めませんが...なんせあのスタイルですからな、素顔の方もかなりの上玉を期待したいところですなぁ。」



通信機から下品な笑いが聞こえてくる。



完全に自分たちの確実な勝利に酔いしれているが故の余裕だ。



「ははは、そうだな。あぁ、そうそう...もし死神の素顔の撮影に成功したら、私の所にも画像を送ってくれたまえ。」



オズワルドが応じる。



「はい、わかりました長官、長官もお好きですなぁ。」



「はははは、君だって嫌いじゃないんだろう? 作戦成功の暁には君も私の主催する祝賀パーティーに招待するよ司令官君。」



「ぜひとも伝説の死神のご尊顔を拝みながら、祝杯といこうじゃないか。」



用意周到に練り上げた反乱軍主力と死神の同時殲滅作戦だ、情報をリークし、おびき寄せ、厄介な死神は本体から数百キロ離れた狙撃地点にオズワルド自身をおとりとしておびき寄せた。



愚かなドブネズミどもは差し出されたご馳走に目がくらんで飛びついてきた、すべてはこちらの計画通りだ...。




◆◆






再び、渓谷へ。



闇の中を進み続ける反乱軍主力部隊。



ラグランジュ大佐が各部隊の位置を確認する。



ガブリエルも現地の状況を確認しながら、必要な指示を出す。



無線から司令部の声が入る。



「各部隊、現在位置を確認」



現地から返答。


「了解。」


「異常なし。」


「予定通り進行中。」



その言葉を最後に、通信が一度途切れる。



再び、夜の静寂。



渓谷へ向かう車両。



狙撃地点でその時を待つ死神。



そして、遠くからその動きを見つめるオズワルドとゾルゲ。



それぞれが同じ作戦の中で、それぞれの目的を胸に秘めている。



全ては予定通り。


少なくとも――


今のところは。


玉藻の前作戦は、静かに次の段階へ移行しようとしていた、あたりはすでにサンタァナの暴風が覆い始めていた...。




反乱軍主力部隊は、なおも暗闇の中を進み続けていた。



車列は一定の間隔を保ちながら、渓谷の狭い道をゆっくりと進んでいく。



周囲には切り立った岩壁がそびえ、わずかな月明かり以外に視界を照らすものはない。



ラグランジュ大佐が無線を手に取る。



「司令部、こちらラグランジュ。現在位置を報告する」



しばらくしてホセ指令から返答が入る。



サンタァナの影響下でも通信するために数台の輸送トラックが数キロ程度の距離を開け展開、後続のトラックに積んだ通信機を中継して通信を確保しているのだ。



「こちら司令部。現在位置、予定進行線上。各車列とも異常なし」



「了解。先行部隊も問題ない。」




隣でガブリエルが地図を確認する、ペッと砂交じりの唾を吐くガブリエル、渓谷の上よりはましとはいえ、ここまでサンタァナの砂塵が吹き込んでいるのだ。



「このまま進めば、もうすぐ渓谷の出口です、上に先行させた別動隊も予定通り敷設されたネット回線を首尾よく見つけたそうで、今から接続作業を開始するとのことです。」



ラグランジュ大佐が周囲を見渡す。



「ああ。出口を抜ければ、予定していた展開地点だ」



ガブリエルが無線機を手にする。



「司令部、こちらガブリエル。周辺に敵影は確認できません。」



ホセ指令から即座に返答が入る。



「了解。各部隊は予定通り進行を継続。出口付近を通過後、指定地点へ展開してくれ」


「了解。」


通信が切れる。


再び、夜の静寂。


エンジン音だけが、狭い渓谷の壁面に反響する。


一台、また一台と車両が進んでいく。


やがて先頭車両の前方に、わずかに開けた空間が見えてくる。


渓谷の出口だ。


ラグランジュ大佐が前方を確認する。


「……出口が見えたぞ」


ガブリエルも前方へ視線を向ける。


「ようやくですね」


その時だった。






――ドォォォォンッ!!




突然、背後から凄まじい爆発音が轟いた。


車体が大きく揺れる。


兵士たちが一斉に振り返る。


「な、なんだ!?」


「後方で爆発だ!!」


「何が起きた!?」



ラグランジュ大佐も反射的に後方へ振り返る。



ガブリエルが車両から身を乗り出し、後方を確認する。



「……なんだ、あれは……!?」


爆発によって大量の土砂と岩石が舞い上がり、部隊の背後が完全に崩落している。



だが、それだけではなかった。



――ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!



轟音とともに、渓谷の両岸から次々と岩盤が崩れ始める。



巨大な岩塊が斜面を滑り落ち、車列の後を塞ぐように土砂が猛烈な勢いで流れ込んでくる。



「爆破された!! 崩れるぞ!!」


「退避しろ!!」


しかし、もはや遅かった。


渓谷の両岸が大規模な爆破によって崩落し、巨大な岩石と土砂が次々と道を覆い尽くしていく。


先ほどまで通過してきた道が、すべてが巨大な岩壁によって塞がれていく。


ラグランジュ大佐が呆然とその光景を見つめる。


「……まさか……」


ガブリエルが息を呑む。


「……閉じ込められた……?」




挿絵(By みてみん)




無線機から、司令部のホセ指令の声が響く。


「ラグランジュ大佐!? 何があった!? 応答しろ!!」



しかし、現地から返事が返るより早く――


最後の巨大な岩塊が轟音とともに崩れ落ちる。


渓谷の両側を完全に塞ぐ、巨大な岩壁。


反乱軍主力部隊は、退路を失った。


――カルテルの恐るべき奸計が牙をむく。





◆◆



フェルナンド特務上級少佐指揮官は、渓谷の出口付近で起きた爆発と、反乱軍主力部隊の退路が完全に断たれたことを確認すると、満足げに口元を歪めた。


「よし……!」


フェルナンドが無線機を手に取る。


「今だ! スケルトン部隊を展開させろ!!」



部下たちが一斉に動き始める。



「了解!!」


次々とスケルトン部隊が配置につき、渓谷出口へ向けて展開を開始する。


フェルナンドはその様子を満足そうに眺めながら、胸を張る。


「ふふふ……見たか、ドブネズミども!」


「これぞフライングタイガー様の知略よ!!」


得意満面のフェルナンド。


「退路は完全に封鎖した!」


「あとは出口のないこの渓谷で袋のドブネズミどもを、スケルトン部隊で一気に叩き潰してやる!」


「どうだね通信兵? これがフライングタイガーの知略というものだよ、見事なものだろう?」


「はっ!! さすがは特務上級少佐殿であります!!」


と通信兵が追従するが...


(この作戦は全部カルテルが立てたものだろうが...なにを自分の手柄にしようとしてやがる...)



と心中毒づきながらも、それはおくびにも出さない。


フェルナンドが高らかに笑う。



「はーっはっはっはっは!!」



その笑い声が、夜の渓谷へと響き渡る。


「どうだ…完璧な作戦だろう!」


フェルナンドは完全に自分の知略に酔い痴れていた。


反乱軍を渓谷へ誘い込み、後方を爆破して退路を断つ。


そして出口をスケルトン部隊で塞ぎ、逃げ場を失ったところで一網打尽にする。


しかも、目的は敵の殲滅だけではない。


面倒な死神は数百キロ離れた場所で足止めを喰らっているる


邪魔者が入る心配はない、この作戦が終わるころには、死神も待ち構えている別動隊によって包囲殲滅されるはずだ。


居場所が露見し、罠に誘い込まれたスナイパーなど脆弱なものだ。


フェルナンドにとっては、まさに完璧な勝利の方程式だった。



――少なくとも、本人はそう信じていた。



「おい通信兵、足止め部隊に確認しろ、有線なら通信はできるんだろう?」


「はっ...」



通信兵が足止め部隊に問い合わせる。


「......間違いありません特務上級少佐殿、足止め部隊は死神に猛烈な制圧射撃を浴びせかけて、やつは塹壕に身を伏せたまま頭をあげることもできずに震えているそうです。」



「ふふ...そうか、いよいよ大統領の座が見えてきたな...」



通信指揮車の薄暗がりの中で、モニターを見つめるフェルナンドの横顔を冷たいモニターの光が照らしだす。



その目はねっとりとした光を帯び、唇を舐める赤い舌がチロチロと見え隠れする。



「やはり罠か...!! ペイルライダーは前方に展開しろ!! すぐに敵の攻撃が来るぞ!! 兵員はペイルライダーの陰に入れ!!」



ラグランジュ大佐が反射的に指示を出す、マズい....やはり罠だった...



前方に進み出たスーパーペイルライダーが即席のトーチカになり、兵士達はその陰に退避する、後続の何台かのトラックもそれに続く。



前面のみだが圧延鋼板を張りつけた輸送トラックもペイルライダーの側面を固める。


装甲車ほどの防御力はないが、前面だけは追加装甲を張り付けてあるトラックも利用しないと、兵員の全てを匿うだけの面積が稼げないのだ。




ガキン...




ガキン...




ガキン...




前方の渓谷出口から硬質な足音を響かせて、巨大な人型のシルエットが現れる...


黒光りする光沢のある装甲、全高は2.4mはある、モーターの駆動音を微かに鳴り響かせながら、異形の人型が闇夜の中に浮かび上がる。



キュイ...



キュイィッ...



頭部の装甲から赤いカメラレンズが覗き、反乱軍の姿を捉える。




――パワードスケルトン、強化外骨格の一種だ。



カルテルが天文学的な開発費を投じて開発した機械化歩兵、全身を厚さ9mmの複合チタン合金の装甲で覆い、各種アクチュエーターで総重量800kgの巨体を駆動させる。



右手には12.7mm重機関銃を携え、バズーカや対戦車砲などの強力な武器には背部に配置されたスラスターによる高機動で回避する、まさに動くトーチカであり歩兵の天敵といえる。



もっとも、左右を切り立った崖に囲まれたこの渓谷ではスラスター回避を行える空間はないのだが、それでもその重装甲と火力は生身の歩兵にとって十分な脅威である。




挿絵(By みてみん)




「な、なんだあれは...撃て!! 先頭の化け物に火力を集中させろ!!」




ラグランジュ大佐の指揮のもと、ペイルライダーの陰に隠れた兵達が自動小銃を構え火線をスケルトンへと集中させる。



ガガガガガガキキキンッッ!!



火花を散らしながら5.56×45mm NATO弾と7.62×51mm NATO弾がスケルトンへと吸い込まれていくが、厚さ9mmの複合チタン合金製の装甲がそれらを全て空しく弾き返している。



慌てるでもなくゆっくりとスケルトンの右腕が上がり、その手に構えた12.7mm重機関銃が金切り声をあげる。



ドガガガガガガガガガガガガ!!!



「う...うおおおおおお!?」



ペイルライダーの陰に隠れた、ラグランジュ大佐の体にまで伝わるほどの振動がペイルライダーの車体を揺らす。



しかし第一次改装計画で取り付けたペイルライダーの圧延鋼板の傾斜装甲が、辛うじてその12.7mm弾の嵐を食い止めてくれている。



「ぐっ...感謝するぜホセ指令、追加装甲無しだったらハチの巣だ...!!」



運転席のガブリエルが呟く。



しかし隣につけた輸送トラックの運転席のガラスは粉々に破砕される、運転席の兵士が悲鳴を上げて倒れる音がする。



「トラックは運転席の下に身を伏せろ!! 運転席には装甲がない、撃ち抜かれるぞ!! 総員可能な限りペイルライダーの陰に隠れろ!! 確実に安心できるのはそこだけだぞ!!」



スケルトンの放つ吹き荒れる12.7mm重機関銃弾の嵐の中、ラグランジュ大佐の怒号が響く。



後方をちらりと見やったラグランジュ大佐の視界に、すぐそばの壁際に落下した巨大な岩が映る。



「よし、ガブリエル!! そのまま右斜め後方にゆっくりとペイルライダーを後退させろ、右後方に転がっているあの大岩に車体右側を後退してぴったりくっつけろ!!」



ラグランジュ大佐の指示に従い、ペイルライダーがゆっくりと右斜め後方へと動き始める。


「よし、そのままだ。兵員はペイルライダーの陰から出ないように注意しつつペイルライダーと一緒にあの岩の陰まで後退だ!!」



「なんだあの不格好な装甲車両は? スケルトンの12.7mm弾に耐えるだと!?」



ウイスキーの入ったグラスを片手にモニタを見ながら、フェルナンドが声をあげる。



「モニタの画像から確認する限り、アメリカ製の兵員輸送装甲車両M113に追加装甲を取り付けた現地改修型のようですね。」



「本来であれば、12.7mm弾を防げるような装甲ではないはずですが...」



通信機を操りながら通信兵が答える。



「ふんっ!! こしゃくなドブネズミ共が廃品利用のリサイクルガラクタとはな、まぁ良い。」



「どの道やつらの持つ小火器程度ではスケルトンには無力だ、ゆっくりとなぶり殺しにしてやるのも一興よ。」



「なによりそのほうが良い画が撮れてカルテルも喜ぶだろうさ...ほんのわずかに延命できただけにすぎん!!」



安全な後方で装甲に守られ指揮を執るこの男にとっては、モニタ越しの戦場などゲームと同じなのだろう。



「よし、そこでストップだガブリエル。そのまま車体前面を敵の火線に対して30度左に傾けて停車だ!!」



右側側面を大岩に擦り付けるように停車したペイルライダーが、正面方向に対して約30度で車体を斜めに傾けた角度を取る。



こうすることで装甲の見せかけの厚さが敵弾の進入角度に対して厚くなるため、実際の装甲厚以上の防御力を発揮する上に、斜めに配置した装甲の避弾経始効果がさらに高まるのだ。



ペイルライダーが大岩に車体を寄せ、即席の防御陣地を形成した。


挿絵(By みてみん)



挿絵(By みてみん)




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