第2音【楽しいおしゃべり】
「今日は少し涼しいねぇ」
私は、柴犬のランに話しかけながら、近くの公園を散歩していた。
ここの町には、夫の仕事の都合で最近引っ越してきたため、まだ知り合いはいない。
自宅の近くに、散歩にちょうど良い広さの公園があったのは有り難かった。
芝生広場が広く、木陰やベンチも多く、公園を一周するだけで十分な運動になる。
ただ、一つ難点があるとすれば、公園に行くためには、霊園を通らないと、とんでもなく遠回りになるということだ。
霊園の入り口には『犬のフンの始末はきちんとしましょう』という看板があるだけなので、犬を連れて通り抜けをしてはいけない、というわけではなさそうだ。
夕方は少し怖いけど、一度通ったら、ランが霊園を通る道が自分の定番の道だと覚えてしまったので、霊園を通って公園へと向かっている。
公園では、犬を連れている方々と何人もすれ違うが、ランは犬見知りをするようで、まだ友達は出来ていない。
小さな池もあり、その近くには東屋もある。
私はランを連れながら、東屋の近くを歩くと、そこには犬連れの女性3名が楽しそうに話し込んでいる。
犬たちは飼い主のお喋りに飽きてしまったのか、座り込んでいる。
その中の一匹がこちらに気づいたように、首をかしげている。
「ランちゃん。あの子、こっちを見てるよ?」
私はランに話しかける。ランもあちらを見て、小さく鳴いている。
近づいてみようかとも思うが、飼い主達があまりにも楽しそうに話しているため、少し気後れをしてしまった。
「……また今度にしようね」
「くぅーん」
ランは少し名残惜しそうな顔をしているが、私は少し強めにリードを引いて、その場を去った。
◇
「今日、あそこの公園を散歩していたら、ランちゃんが興味持った子がいたの」
「へー、犬見知りなのにね」
「でも、飼い主達が3人集まって、すごく楽しそうに話していて。話しかけづらくて、近づけなかったの」
「えーそうなんだ。ランちゃん、気になる子いたの?」
そう言いながら、ソファに座っていた夫はランを抱きあげる。
「一緒に遊びたかったのにねぇ」
「くぅん……」
「ほら! ランちゃんが遊びたかったって言ってるよ!」
夫の言葉に、ちょうどタイミングよく、ランが小さく鳴く。
「違うわよ。あなたがそこに置いてあるサブレを狙っているのよ」
「ん? これはダメだよ! 食べられないよ?」
夫は慌ててテーブルの上のお菓子を隠す。
「でも、絢香は、こっちに来てまだ知り合いもいないし、勇気出して明日は声をかけてみたら?何歳くらいの人たちなの?」
「たぶん、私とちょうど同じくらいの人が2人、もう一人は少し年配だと思うの」
「犬種は?」
「2匹とも柴犬だったの。たぶん豆柴だと思う。年配の方は犬を連れていなかったから、お喋り仲間なんでしょうね」
「へー! じゃあ、ますますうちの子と友達になれそうじゃん」
「そうだよね……今度声かけてみるわ」
夫とはこんな話をしていたものの、翌日も翌々日も、東屋の近くを通りかかるものの、なかなか声を掛けることができなかった。
というのも、3人の盛り上がり方がすごいからだ。
大きな声で笑いながら、とても賑やかだ。何を話しているのかまでは聞こえないが、3人ともニコニコしながら話していて、仲良しなんだというのがよく分かる。
柴犬たちは飼い主の会話に飽きているのか、あくびをしたり、お互いにクンクンしあったりしている。
(恥ずかしがり屋の性格が、こんなところで邪魔をしているわ)
前住んでいた場所では、比較的早くに友達が出来た。地域柄もあるのかもしれないが、犬を連れていてもいなくても、みんなが話しかけてきて東屋でワイワイするのがお決まりだった。
私の人見知りのせいで、ランにお友達が出来ないのは良くない。
明日こそ、絶対声を掛けてみよう、と心に誓った。
(そしたら、前のように、東屋でみんなでワイワイと楽しめるかもしれないものね)
そして、翌日の朝の散歩どき。
東屋近くに、いつもの3人組が大きな声で笑ったりワイワイしている。足下にはいつものように柴犬たちがいる。
(……よし! ランのために行くわよ)
「……お、おはようございます!」
「……」
3人が一斉に口をつぐんで、こちらをじっと見てくる。
その表情は真顔だ。
「あ……えーと、最近こっちに引っ越してきたんです。うちの柴犬、ランって言います」
「……」
やっぱり声を掛けたのは失敗だったのかもしれない。私は3人の無言の状況が永遠にも感じられた。
そのとき、ランが「わんっ!」と、2匹の柴犬たちに向かって吠えた。
すると、柴犬たちがランに近寄り、クンクンしたり、挨拶をしている。
それが合図だったかのように、3人が再び笑ったり、喋り出した。
(私は仲間には入れませんよってことかぁ……)
私はいたたまれない気持ちになったが、ランは柴犬たちと楽しそうに遊び始めたため、その場をすぐに去るわけにはいかなくなってしまった。
私はランのリードを握りながら、なんとなく、3人のそばに立って話を聞いていた。
しかし、3人の会話に何か違和感を覚えた。
それに気づいたときには、立ち去りたいのに足が動かなくなってしまったのだ。
「この前、うちの子が作文コンクールで優秀賞を取ったのよー」
「私、明日病院なの。この前の健康診断の結果がどう出るのか怖いわぁ」
「あの課長が、すっごく面白かったの。いま思い出しても笑えるわー!キャハハ!!」
……3人は会話をしているのではなかった。
3人がそれぞれ独り言のように勝手に話しているだけだったのだ。
全くかみ合わない会話。お互いがお互いの話を一切聞かずに、ただ喋っている。
「お兄ちゃんの方はね、作文は不得意なんだけど絵画のセンスがあるのよー」
「トマトジュースが健康に良いって聞くけど、ほら私苦手でしょ?」
「そしたらね、部長まで謝罪するはめになってさ。めっちゃウケるでしょ? アハハッ!」
私は、ランのリードを無理やり引っ張り、その場を逃げるように立ち去った。
私の背中からは、変わらずキャッキャッと楽しそうな『音』がしている。




