第1音【忘れ音】
「あっついなぁ……」
今日はお盆の最終日の8月16日。
僕は、実家の墓参りにと来ていた。
両親は昨日来たようだが、僕は仕事が昨日まであったので一緒には行くことが出来なかった。昨日の夜に実家に帰ってきた僕は、今日はお昼頃から親戚らが集まるため、朝早くに墓参りに来た。
霊園に置いてある水桶を持ち、墓へと向かう。
それにしても、今日は暑い。まだ朝なのに30度を越えているのではないだろうか。
僕は汗を拭きながら、歩く。帽子を被っていても、頭がジンジンとする。
霊園の中の道の脇には整然と墓石が並んでおり、ところどころ、青々とした雑草が墓跡周辺に生えているところもあう。長らく誰も訪れていないのだろう。
「ジージージー」
草むらから、虫の鳴き声がした。
この鳴き声は、クビキリギリスだろうか?
高校で生物の教師をしている僕は、特に昆虫が好きだ。
けど、昆虫が好きな生徒が少ないため、学校では虫博士ぶりを発揮することは出来ていない。
僕は草むらを探してみるが、音の主を見つけることは出来なかった。縄張りアピールの音でもあるので、警戒をしているのだろうか。
「クビキリギリスが鳴くのは、7月頃までだけどなぁ……」
虫も年がら年中鳴いているわけではない。鳴く季節もだいたい決まっている。
今の季節に「ジー」と鳴くのは、クサキリというキリギリスの仲間だが、これは夜行性のため、こんな太陽が燦々と注ぐ日中にはあり得ない。
「……忘れ音か」
本来の季節を過ぎてから鳴く虫の音、忘れ音なのだろうか。
僕は草むらから立ち上がり、再び墓を目指そうとすると、またしても音が鳴った。
「コロコロ、コロコロ」
「今度はコオロギ?! 夜行性なのに?」
今度も音の主を探そうと思ったが、汗がしたたり落ちてきたので、本来の目的の墓を目指すことにした。
いくつかの角を曲がり、墓が近づいたとき。
「ホーホケキョ!」
「……は? ウグイス?」
僕は木の幹を見上げる。姿は見えないが、もう一度鳴き声が聞こえた。
ウグイスは7月半ば頃まで鳴くけど、今は8月。
「でも、まぁ1ヶ月くらいの差だから……あり得なくもないか?」
ホーホケキョの声も、縄張りをアピールする声だ。
春に聞くと季節を感じて心地良いけど、大汗をかきながら聞くと、少し煩さを感じてしまう。
「みんな縄張りアピールめちゃくちゃするなぁ。暑すぎて、おかしくなっちゃったのか?」
僕も暑すぎておかしくなってしまったのか、大きな独り言が出てしまった。
そんな僕の横を、一瞬眉をひそめながら、柴犬を連れた女性がすれ違った。この霊園を通ると、広い公園への近道なのか、たまに犬連れの人が通っているのだ。
(霊園で独り言を言っているなんて、怖かっただろうな)
僕は苦笑しながら、墓へと近づく。
すると……
「ケーン、ケーン!」
僕は立ち止まった。
ケーン? さっきの犬の鳴き声? いや……これは、おそらく……キジの鳴き声。
「おいおい、この霊園にはキジまでいるのか?!」
僕は、ジリジリと太陽の光を浴びながらも、なぜか少し汗がひいてきた。
少し震える手でスマホを操作する。
(キジの鳴き声は4月から7月頃……これも縄張りアピールか……)
「……ま、まぁ! 異常気象だし!」
独り言を言うのは変かもと先ほどは思ったが、むしろ今は声を出したい。僕は自分に言い聞かせるように、大きな声を出した。
(早く墓参り終わらせよう)
僕は実家の墓石の前につくと、手早く水をかけ、お線香をあげて手を合わせた。
(おじいちゃん。ごめん、今度またゆっくり来るから)
僕が顔を上げると、風が吹き、帽子が隣の墓石のところに飛んでいってしまった。
「あ、やばっ!」
僕はお墓の小さな階段を駆け下りると、隣のお墓のところに行った。
ちょうど、墓石の前に落ちていた帽子を拾い上げて、土埃を払った。
「――ドンッ!」
「うわっ!」
大きな重低音が響いた。僕はその場に立ちすくみ、周りを見渡す。
何かが落ちたのだろうか?
僕は早くその場を立ち去ろうとした。
すると……
「ドンッ!」
「……っ!!」
その音は――僕の足下。
墓石の下からしていた。
僕の靴紐が、下から突き上げる振動で少し揺れている。いや、僕の足が震えているのかもしれない。
早くこの場から去ろうと思うが、うまく足が動かない。
「ホーホケキョ! ホーホケキョ!」
「ジージー」
「コロコロコロコロ」
「ケーン! ケーン!」
縄張りアピールの音が一斉に鳴り始める。
それに合わせて、足下からも何か突き上げるような音がしている。
僕は、転がるようにその場を立ち去った。




