猫の里
翌朝。
私は少し早く目が覚めた。
窓から朝日が差し込んでいる。
「……。」
昨日のことを思い出す。
ルーク。
白猫の里。
『妹』
そして。
なぜか懐かしかった声。
「なんなんだろう……」
私はベッドから降りた。
◇ ◇ ◇
朝食後。
私たちは昨日と同じ丘へ向かった。
風が気持ちいい。
王都が遠くに見える。
ルークはすでに待っていた。
「おはよう。」
「おはよ。」
少しだけ自然に言えた。
ルークも少し驚いていた。
たぶん。
昨日までの私なら、
もっと警戒していたから。
◇ ◇ ◇
全員が揃う。
ルークが静かに話し始めた。
「白猫の里は王国の地図には載っていない。」
私は首を傾げる。
「秘密の場所?」
「ああ。」
「白猫の獣人は珍しい。」
それは知っている。
街でもほとんど見たことがない。
「だから外から隠れて暮らしていた。」
私は静かに聞く。
「小さな里だった。」
ルークの目が少し遠くを見る。
「春になると花が咲く。」
「夏は川で遊ぶ。」
「秋は皆で果物を採る。」
「冬は暖炉の前で話をする。」
その話を聞いているだけで。
なんだか温かかった。
まるで。
本当にそこにいたみたいに。
◇ ◇ ◇
「ティナは。」
ルークがこちらを見る。
「毎日何かやらかしていた。」
「えっ。」
ミルちゃん
「今もだよ。」
「違うよ!?」
アレン
「いや。」
レオン
「同意する。」
「なんでみんなそっち側なの!?」
◇ ◇ ◇
ルークは笑った。
「木に登って落ちたり。」
「うっ。」
「川に落ちたり。」
「うっ。」
「迷子になったり。」
「うぅっ。」
ミルちゃん爆笑。
「今と全く同じ!!」
「成長してるもん!!」
全員。
「どこが?」
ひどい。
◇ ◇ ◇
しばらく笑った後。
ルークの表情が少し変わった。
「でも。」
静かな声。
「皆、お前が好きだった。」
私は顔を上げる。
風が吹く。
ルークは優しく笑った。
「よく笑う子だったからな。」
胸が少し温かくなった。
知らないはずなのに。
なぜか嬉しい。
◇ ◇ ◇
そして。
ルークの表情が曇る。
私はすぐに分かった。
大事な話になる。
「ある夜。」
誰も喋らない。
「里が襲われた。」
風の音だけが聞こえる。
「炎だった。」
「悲鳴だった。」
「誰も何が起きたか分からなかった。」
ルークは拳を握る。
少しだけ。
震えていた。
「俺はお前を連れて逃げた。」
私は黙って聞く。
「本当は。」
「皆を助けたかった。」
「でも無理だった。」
その声は。
今までで一番苦しそうだった。
◇ ◇ ◇
その瞬間。
私の頭の奥で何かが揺れる。
暗い夜。
炎。
誰かの声。
『走れ!』
『ティナ!』
『振り返るな!』
一瞬。
本当に一瞬だけ。
映像が浮かぶ。
「っ!」
私は頭を押さえた。
「ティナ!?」
ミルちゃんが慌てる。
アレンさんも近付く。
私は呼吸を整える。
大丈夫。
大丈夫。
でも。
涙が少しだけ出た。
「なんで……」
覚えていない。
はずなのに。
悲しい。
とても悲しい。
◇ ◇ ◇
ルークはゆっくり近付いた。
でも。
触れない。
ただ少し離れた場所で止まる。
「無理に思い出さなくていい。」
優しい声だった。
「忘れたなら。」
「それでもいい。」
私は顔を上げる。
ルークは笑った。
少しだけ寂しそうに。
でも。
どこか安心したように。
「今のお前は笑っている。」
「それで十分だ。」
◇ ◇ ◇
帰り道。
私は少しだけ考えていた。
覚えていない。
でも。
一つだけ分かる。
ルークは嘘をついていない。
そして。
本当に私のことを大事に思っている。
だから。
私は小さな声で言った。
「……ルーク。」
「ん?」
私は少しだけ照れる。
なんだか恥ずかしい。
でも。
言いたかった。
「また話聞かせて。」
ルークは一瞬固まった。
それから。
本当に嬉しそうに笑った。
「ああ。」
「いくらでも。」
その時だった。
レオンの表情が変わる。
アレンも同時に振り返る。
「……?」
私が首を傾げた瞬間。
ルークが前に出た。
いつもの優しい顔ではない。
鋭い目。
張り詰めた空気。
「隠れているのは分かっている。」
低い声。
森の奥へ向けて。
「出てこい。」
風が吹く。
そして。
木々の間から。
黒い服を着た人影が現れた。
その人数。
一人じゃない。
二人でもない。
五人。
私は思わず息を呑む。
ルークの目が細くなる。
そして小さく呟いた。
「やはり来たか。」




