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怖くないはずなのに

夜中。

ふと目が覚めた。

「……ん……」

窓の外は真っ暗だ。

静か。

隣の部屋からはミルちゃんの寝息が微かに聞こえる。

私はゆっくり起き上がった。

喉が乾いた。

「……お水飲みたい。」

小さく呟きながら布団を抜け出す。

アレンさんたちは寝ているだろうし、起こすのは悪い。

私は静かに扉を開けた。

ギィ……

夜の空気は少し冷たい。

昼間は賑やかな村も、今はしんとしていた。

私は小さな桶を持って井戸へ向かう。

コツ、コツ。

足音だけがやけに響く。

(……静かだなぁ。)

少し怖い。

でも水を汲むだけだ。

すぐ戻れば大丈夫。

私は井戸へ着くと、ロープを掴んだ。

ギギギ……

桶が下へ落ちていく。

その時だった。

ガサッ。

「っ!!」

後ろで音がした。

私はびくっと肩を震わせる。

振り返ると、そこには男の人が立っていた。

黒い服。

背が高い。

低い声。

「ん?嬢ちゃん?」

その瞬間。

心臓が止まりそうになった。

黒い服。

暗い部屋。

檻。

冷たい声。

――“自分の立場を理解しろ。”

「っ……ぁ……」

息が止まる。

違う。

違うって分かってる。

この人は違う。

でも身体が勝手に震えた。

男の人は困ったように近付いてくる。

「大丈夫か?」

一歩。

近付く。

その動きだけで、視界が揺れた。

「ひっ……!」

怖い。

怖い怖い怖い。

頭の中にあの時の光景が蘇る。

伸びてくる手。

怒鳴り声。

殴られた音。

檻の冷たさ。

「やっ……」

呼吸ができない。

胸が苦しい。

男の人がさらに慌てる。

「えっ!?ど、どうした!?」

その声すら怖かった。

私は後ずさる。

でも。

ぐらっ。

「あ……」

足がもつれた。

そのまま地面へ倒れ込む。

「っ……はっ……ぁ……!」

苦しい。

息が吸えない。

涙が止まらない。

男の人が慌ててしゃがみ込む。

「お、おい!?大丈夫か!?」

手が伸びてくる。

その瞬間。

「やだぁっ!!」

私は反射的に叫んだ。

男の人がびくっと止まる。

怖い。

怖い。

怖い。

「っ……ぁ……ぁ……」

視界がぼやける。

身体が震える。

うまく息ができない。

頭が真っ白になる。

その時。

バンッ!!

どこかの扉が勢いよく開く音がした。

「ティナ!!」

聞き慣れた声。

私はハッと目を開く。

アレンさんだった。

息を切らして走ってくる。

その顔を見た瞬間。

少しだけ安心した。

でも過呼吸は止まらない。

「はっ……ぁ……!」

アレンさんはすぐ状況を理解したみたいだった。

男の人の前へ立つ。

でも怒鳴らない。

まず私の前にしゃがみ込んだ。

「ティナ。」

低くて落ち着いた声。

「俺だ。」

私は涙でぐしゃぐしゃになりながらアレンさんを見る。

「っ……ぁ……」

「大丈夫だ。誰も何もしねぇ。」

ゆっくり。

優しく。

その声を聞くだけで、少しずつ頭の中の恐怖が遠ざかっていく。

アレンさんは無理に触らなかった。

ただ近くで、落ち着いた声をかけ続けてくれる。

「ゆっくり息しろ。」

私は震えながら息を吸う。

うまくできない。

苦しい。

するとアレンさんがゆっくり呼吸を見せる。

「吸って。」

私は小さく吸う。

「吐け。」

ゆっくり。

何度か繰り返す。

少しずつ。

少しずつ呼吸が戻ってくる。

「……っ、ひっく……」

涙がぽろぽろ落ちた。

男の人は少し離れた場所で青ざめていた。

「す、すまねぇ……!俺はただ心配で……!」

本当に悪気はなかったんだと思う。

それが分かるから余計苦しかった。

アレンさんは小さく首を振った。

「……あんたは悪くない。」

「でも……」

「この子は怖い思いした後なんだ。」

男の人は申し訳なさそうに俯いた。

私はそれを見て、胸がぎゅっとなる。

怖かった。

でも。

この人は悪くない。

なのに私は――

「ご、ごめんなさい……」

掠れた声で謝る。

すると男の人が慌てて手を振った。

「いやいや!?謝んなくていい!」

その必死な様子に、少しだけ空気が緩む。

アレンさんはため息をついて、私をそっと抱き上げた。

「戻るぞ。」

私は小さく頷く。

アレンさんの服をぎゅっと掴んだ。

帰り道。

夜風が静かに吹いている。

私はアレンさんの腕の中で俯いた。

「……ごめんなさい。」

「何がだ。」

「……怖がっちゃった。」

声が震える。

「本当は怖くないって分かってるのに……」

涙がまた滲む。

「変だよね……」

すると。

アレンさんが足を止めた。

「変じゃねぇよ。」

即答だった。

私は目を丸くする。

アレンさんは真っ直ぐ前を向いたまま言う。

「怖い思いしたんだ。当たり前だろ。」

「でも……」

「無理に平気になろうとすんな。」

低い声。

でもすごく優しかった。

「少しずつでいい。」

その言葉を聞いた瞬間。

胸の奥がじんわり温かくなる。

私はアレンさんの服をぎゅっと掴んだ。

怖い記憶はまだ消えない。

きっとすぐには治らない。

でも。

一人じゃない。

そう思えるだけで、少しだけ怖さが小さくなった気がした。

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