眠れない夜
静かだ。
窓の外では虫の鳴き声が聞こえる。
部屋の中は真っ暗で、月明かりだけが薄く床を照らしていた。
私は布団の中で目を開ける。
眠れない。
さっきからずっと。
「……」
目を閉じると、思い出してしまう。
暗い部屋。
冷たい檻。
首輪。
男の声。
――“自分の立場を理解しろ。”
「っ……」
私は反射的に首元を押さえた。
もう首輪なんてない。
なのに。
まだ締め付けられている気がする。
苦しい。
息が浅くなる。
「はっ……ぁ……」
ダメ。
思い出したくない。
私はぎゅっと布団を握る。
(大丈夫……ここはアレンさんの家……)
そう言い聞かせる。
でも。
頭では分かってるのに、身体が怖がっていた。
ギシッ。
廊下が鳴る。
私はビクッと肩を震わせた。
足音。
誰か来る。
怖い。
怖い怖い怖い。
ガチャッ。
「……ティナ?」
アレンさんだった。
その瞬間、少しだけ安心する。
でも同時に。
男の人。
その意識が一気に身体を強張らせた。
アレンさんはすぐ気付いたみたいだった。
「……起こしたか。」
低い声。
いつも通り。
怒ってない。
怖くない。
分かってるのに。
私はうまく呼吸できなかった。
「っ……ぁ……」
呼吸が浅い。
苦しい。
胸が痛い。
アレンさんの表情が変わる。
「ティナ?」
一歩近付いてくる。
その瞬間。
フラッシュバックした。
檻の前で伸びてきた手。
頬を触られそうになった感覚。
殴られた時の音。
「っっ!!」
私は反射的に後ずさった。
「や、ぁ……!」
アレンさんが止まる。
部屋が静かになる。
私は自分でも何が起きてるのか分からなかった。
怖い。
違う。
アレンさんは怖くない。
怖くないのに。
身体が勝手に震える。
「はっ……ぁ……っ」
息ができない。
涙が溢れる。
するとアレンさんが、ゆっくりその場にしゃがみこんだ。
距離を取るみたいに。
「……悪い。」
その声はすごく静かだった。
「無理に近付かねぇから。」
私は涙で滲む視界のままアレンさんを見る。
怒って……ない。
嫌そうでもない。
ただ心配そうだった。
「……ティナ。」
優しい声。
「ゆっくり息しろ。」
私は震えながら息を吸う。
うまくできない。
苦しい。
するとアレンさんが、自分の呼吸に合わせるようにゆっくり息を吐いた。
「吸って。」
私は小さく息を吸う。
「……吐け。」
ゆっくり。
少しずつ。
何回か繰り返すうちに、呼吸が落ち着いてきた。
「っ……ひっく……」
涙がぽろぽろ落ちる。
恥ずかしい。
怖がるつもりなんてなかったのに。
アレンさんを怖いなんて思ってないのに。
私はぐしゃぐしゃのまま俯いた。
「ご、ごめんなさい……」
「謝るな。」
すぐに返ってくる。
「でも……」
「怖かったんだろ。」
私は言葉を失った。
怖かった。
本当に。
あの時。
一人で。
誰もいなくて。
帰れないかもしれなくて。
思い出した瞬間、また涙が溢れる。
「……ぅ……」
私は小さく頷いた。
するとアレンさんが少しだけ困ったように頭を掻いた。
「……そりゃ、すぐには戻らねぇよな。」
その言葉が妙に優しくて。
また泣きそうになる。
アレンさんは少し黙ったあと、部屋の入口近くに座った。
近過ぎない距離。
でもちゃんと居てくれる距離。
「今日はここいる。」
「……え?」
「一人の方が怖いだろ。」
私は目を丸くする。
アレンさんは壁にもたれたまま、ふっと息を吐いた。
「だから寝ろ。」
「で、でも……」
「大丈夫だ。」
その声を聞くだけで、不思議と少し安心する。
私は布団をぎゅっと握った。
「……アレンさん。」
「なんだ。」
「……ありがと。」
小さな声。
でもアレンさんはちゃんと聞こえたみたいだった。
「ん。」
短い返事。
それがなんだか心地良い。
私は目を閉じる。
まだ少し怖い。
でも。
さっきよりずっと安心していた。
部屋の入口にはアレンさんがいる。
それだけで、ちゃんと息ができた。
意識がゆっくり沈んでいく。
眠る直前。
小さく声が聞こえた。
「……よく頑張ったな。」
その声を聞きながら、私は静かに眠りについた。




