(46)大胆な仮説
エリアスたちは応接室に移動すると、ソファーに腰を下ろしてお茶を飲み始めた。そして使用人を下がらせてから、ギデオンがエリアスを促す。
「さて。人払いもしましたし、殿下のお話を心ゆくまで聞かせていただきましょう」
それを聞いたエリアスはカップをソーサーに戻し、苦笑しながら話し出した。
「そうだな。手紙に書いた、私が結婚する《深き森の魔女》ソニア殿は、旧リベルス王家のサーフィア・エル・リベルス姫だ」
「…………」
エリアスが唐突に告げた途端、ギデオンは無言で眉根を寄せた。しかしアレクシスは、盛大に非難の声を上げる。
「殿下! まだそんなことを仰っているんですか!? もう本当に、いい加減にしてください!」
「黙れ、アレクシス」
そこですかさず制止してきた父親に、アレクシスは訴えた。
「どうして止めるんですか!? 父上だって、俺が書き送った手紙で、これまでのあれこれをご存じですよね!」
「殿下が根拠もなく荒唐無稽なことを口にするはずがない。……とりあえず、話を聞かせていただきましょう」
無表情のまま、ギデオンは息子からエリアスに視線を戻した。それにエリアスは軽く頷いてから、真剣な面持ちで語り始めた。
「まずは、旧リベルス王国に来てから漠然と感じていた違和感について話そう。王女二人と王子一人を産んだジェイコブ陛下の側妃、マリーエ殿についてだ。彼女は子どもたちと共に表向きは焼死したことになって、現在も行方不明だが、あまりにも情報がなさすぎたのだ」
そこで占領当時の資料を頭に入れていたギデオンは、該当する項目を記憶の中から引っ張り出した。
「確か彼女は出自が不明、親族の存在も不明、肖像画も皆無、でしたか?」
「そうだ。城内の使用人たちから聞き取りをしても、すごい美人だったと口を揃えていたが、どんな美人だったかを尋ねると具体的な話が出てこない。それどころか髪や目の色も覚えていないという。これはどう考えてもおかしい」
そこでエミリーが、思わずといった様子で口を挟んだ。
「『すごい美人』と印象に残っているのに、髪や目の色が記憶にないというのは不自然ですわね。逆に覚えていないほど印象が薄いのなら、『すごい美人』と評するはずがありませんもの」
矛盾を指摘した彼女に、エリアスは真顔で頷いてから話を続ける。
「その通りだ。当初は城内で冷遇されて直接接する者がごく限られていたので、はっきりと記憶している者が城内に残っていないのかと思っていたのだが。他にも不審な点がある。旧リベルス王家の出生記録の中で、側妃腹のうちサーフィア第二王女の記録はきちんと残っていたが、リディア第三王女とルーファス第二王子の記録が不自然に汚れていてな。正式な名前は読み取れるが、生誕年月日が読み取れない状態になっていた」
それを聞いたギデオンとエミリーは、揃って怪訝な顔になった。
「数多くの王族の中で、その二人だけですか?」
「確か……。以前、殿下がサーフィア姫について話された時に、殿下とは五歳違いと伺いました。そうなると、その姫は出奔時には十歳。公式行事にも参加されていたはずです。そうなるとさすがに人々の記憶に残るでしょうから、出生記録を誤魔化しても意味がないと推察されたのかもしれません」
そこで、ここまで無言で三人の話に耳を傾けていたアレクシスが、控え目に確認する。
「つまり、通常は公式行事に参加しない側妃や、公式行事に出席する年齢に達していない年少の王女と王子の記録を可能な限り消しておけば、存在を隠しやすいというわけですか?」
「情けない。いちいち説明されなければ分からんのか?」
「それで殿下の補佐官が務まると、本気で思っているの?」
「…………」
両親から容赦のない駄目出しをされたアレクシスが口を噤むと、エリアスが淡々とした口調で話を続けた。
「その違和感がずっと拭えないままだったのだが、ソニア殿に出会って、ある仮説を立ててみた。その側妃、マリーエ殿が魔女だという仮説だ」
「…………」
エリアスの主張を聞いたギデオンとエミリーは、揃って無言で顔を見合わせる。そんな二人に代わって、アレクシスが疑問を呈した。
「殿下、ちょっと待ってください。どうしてソニア殿がサーフィア姫だとする仮定から、亡きジェイコブ陛下の側妃が魔女だという話につながるのですか?」
「仮定ではない。ソニア殿がサーフィア姫だ」
「あのですね!?」
再び声を荒らげた息子を、ギデオンが鋭く叱責した。
「アレクシス、黙れ。ソニア殿がサーフィア姫だという前提での殿下の話を、黙って聞かないか」
「……分かりました」
アレクシスが不満そうにしながらも口を閉ざすと、エリアスは落ち着き払った様子で話を続けた。




