(45)不穏な来訪者
アルテリア王都から馬車で数日をかけ、リベルス大公領グレイル城に到着したギデオンの機嫌は、誰が見ても分かるくらいに悪かった。
「やあ、ギデオン。久しいな。元気そうでなによりだ」
主だった側近たちと共に、父親であるアルテリア国王に仕える、初老の忠臣を大広間で出迎えたエリアスは、彼とは対照的に上機嫌だった。エリアスは満面の笑みでかつての自分の教育係だった男に声をかけたが、それに対する彼の返事は冷気を漂わせていた。
「頭も身体も耄碌してはおりませんが、すこぶる機嫌が悪いのは確かですな」
「そうなのか? やはり同じ国内とはいえ、元は国境を隔てた場所だからな。長旅で疲れがたまって、機嫌も悪くなるのは当然だ。何日かはゆっくりするとよい」
「ありがたいお言葉ですが、そうも言っていられません」
「お前は相変わらず生真面目だな」
「性分ですので」
ここでエリアスは、不穏な気配を漂わせているギデオンから、同行している彼の妻に視線を向けた。
「エミリー殿も久しぶりだな。遠路はるばるリベルス大公領へようこそ。歓迎します」
彼女も礼儀作法について、かつてエリアスの教育係を務めており、旧知の間柄であった。そんな彼女は夫とは雲泥の差の、朗らかな笑顔をエリアスに向ける。
「殿下から直々にお声をかけていただいて、恐縮です。久しぶりに愚息の顔を拝めるとあって、嬉しく思っております」
「そうですね。アレクシスもお二人の到着を、首を長くして待っていたようです」
「そうですか? 私たちが急な病にならないかと、祈っていたのではないでしょうか」
「彼がそんな親不孝なことをするはずがありません」
「そうだと嬉しいのですが」
二人が「あはは」「おほほ」と取ってつけたような笑い声を上げていると、ギデオンはエリアスの斜め後ろに控えていたノイエンに歩み寄り、平坦な声で挨拶する。
「ノイエン殿。ご無沙汰しております。これまでのお勤め、ご苦労様でした。戻ったら直々に話を聞かせてほしいと、陛下から伝言を預かっております」
「はぁ……。いろいろと力及ばず、ギデオン殿にはご迷惑をおかけします。よろしくお願いします」
目の前の男から醸し出される不穏な空気に、ノイエンは全身から冷や汗を流しながら深く頭を下げることしかできなかった。そして前任者への挨拶を済ませたギデオンは、その横に立っていた息子へ向き直る。
「アレクシス。無駄に元気そうでなによりだ」
「はい。父上もご壮健でなによりです」
顔を引きつらせながら挨拶を返した瞬間、アレクシスは憤怒の形相をした父親に掴みかかられた。そして至近距離から怒鳴りつけられる。
「何が『ご壮健』だ、この馬鹿者が! 何のために、お前を殿下につけて送り出したと思っている!」
「父上、ちょっと待ってください!」
「大体、お前がついていながら、どうしてあんな馬鹿げた話になるんだ!? お前は自分の職務を何だと思っている!?」
激しく息子を揺さぶりながら罵声を浴びせるギデオンを、周囲の者たちは慌てて宥めた。
「ギデオン殿!」
「気持ちは分かりますが、落ち着いてください!」
「殿下もなんとか言ってください!」
「この事態は、元々殿下のせいなんですよ!」
親子を引き剥がしながら、補佐官たちはエリアスに訴えた。そこでエリアスが、苦笑しながらギデオンに言い聞かせる。
「ギデオン。到着早々で悪いが、込み入った話をしたい。奥方とアレクシスも一緒にだ」
するとギデオンは、なんとか怒りを抑え込んでエリアスに申し出た。
「……分かりました。ですがその前に、紹介していただきたい人物がいるのですが。殿下が手紙に書き送ってきた、リンダ・ケルトナーとライル・ケルトナーの二人です」
それを聞いたエリアスが、笑みを深めながら頷く。
「そういうだろうと思って、控えさせておいた。リンダ、ライル、こちらに出てきてくれないか?」
「……はい」
「分かりました」
目立たない場所にひっそりと控えていた二人は、声をかけられてギデオンの前に進み出た。そして神妙に頭を下げる。
「初めまして。リンダ・ケルトナーです」
「ライル・ケルトナーです。補佐官室に席をいただいています。これからよろしくお願いします」
「ほうぅ、これはこれは。女性騎士と補佐官ですか。こちらこそ、よろしく」
制服姿の二人を見たギデオンは、一見、獰猛な笑みを浮かべながら言葉を返した。
(なんだかこの人、笑顔が怖いんだけど! 殿下は私たちのことを、どんなふうに書き送ったのよ!)
(あまり友好的な視線には思えないんだけどな。まぁ、当然といえば当然だけど。これ、どうにかなるのかな……)
普段、荒事では滅多に臆することはないリンダが密かに戦慄し、ライルは面倒ごとの気配に内心でうんざりした。そんな二人の内心など知る由もないエリアスは、笑顔でギデオン達を促す。
「それではお茶でも飲みながら、ゆっくり話をしようか」
「そうですね。じっくり話を伺いましょう」
そして大広間からエリアス達が立ち去るのを見送ってから、ライルは何事もなかったように歩き出した。
「さてと。それじゃあ、補佐官室に戻るかな」
「ちょっと、ライル。そんな呑気なことを。これからどうなるか心配じゃないの?」
慌てたように、リンダがライルの腕を掴んで引き留めた。しかし彼は素っ気なく告げる。
「殿下たちの話に加わるわけでもないし、僕たちにできることは何もないだろ? そうでなくても通常業務の他に、殿下とおばば様との結婚とその祝賀会の準備で忙しいんだよ」
「そうはいっても!」
「ほら、姉さんもさっさと仕事に戻って。騎士と愛人を掛け持ちしているんだから。騎士としての勤務を続けると主張して、殿下もそれを了承するとか、何をやってるんだよ。周りの騎士たちに、ものすごく気を遣わせているよね。少しは他人の迷惑ってものを考えてよ」
心底呆れたようにライルが口にした。それにリンダが、必死の面持ちで弁解する。
「だって! 城内でおとなしくしているだけだなんて、耐えられないんだもの! それに愛人だと、ひと月に金貨二枚しかもらえないじゃない! 給金は、騎士のほうが断然いいんだもの!」
「それなのに二つ返事で愛人業務を引き受けるとか、本当に馬鹿だよね」
「ちょっと! 実の姉に向かって馬鹿とはなによ!?」
「本当に馬鹿なんだから、言われても仕方がないだろ!?」
「何ですって!?」
そこで姉弟喧嘩が勃発しかけたが、ノイエンが冷静に二人の間に割って入った。
「二人とも、そこまでにしてくれ。仕事に戻ろうか」
疲れたような表情で促された二人は、すぐに我に返って頭を下げる。
「はい、ノイエンさん。お騒がせしてすみません」
「失礼しました」
そうして二人を含め、その場全員は大広間を出て職場に戻っていった。




