(44)交渉成立
エリアスの求婚が決裂して数日後。ソニアと連絡を取ったライルは、自室の通信鏡をエリアスの執務室に持ち込んだ。そして、前日にソニアと打ち合わせた時間になると、通信鏡を起動させる。執務室の壁に掛けられた通信鏡は、少ししてからソニアの顔を映し出した。
「ソニア殿。時間をとっていただいて感謝する」
まずエリアスが真摯に頭を下げると、ソニアは微妙な顔つきで言葉を返した。
「先日のふざけた求婚については、ライルから説明を受けました。弁解があれば、まずそちらを伺ってもよろしいのですが」
「ライルが一通り説明したのであれば、私から重ねて言う必要もないだろう。言葉足らずだったのは認める。申し訳なかった」
そこでエリアスは、再び軽く頭を下げた。それを見たソニアが、思わずといった様子で苦言を呈する。
「殿下。話には進め方というものがあります。今後、他の方に誤解されないよう、この機会にいろいろと考えを改めたほうがよいでしょうね」
「そうだな。何事も単刀直入に済ませようとした姿勢は、改めるべきだと思う。それでは、話を進めても構わないだろうか?」
「そうですね。ぜひそうしてください」
ソニアから促されたエリアスは、真顔で申し出た。
「私からの提案としては、先日申し入れたように、あなたに私と正式に結婚していただきたい。これはあくまでも立場上のことであって、あなたがその森に住み続けていただいて構わないし、公式行事などは例外を除いて出席しなくてよい。そして結婚の祝いとして、正式に、その森一帯の土地をあなたの領地とする。これまでの内容について、何か異論や希望があれば言ってくれ」
「公式行事には例外を除いて出なくてもよいとのお話でしたが、さすがに大公殿下の結婚となると、挙式しないわけにはいかないと思うのですが」
「そんなものは、別にしなくとも構わないが?」
慎重に確認を入れてきたソニアに、エリアスは平然と答えた。しかしここで、通信鏡を繋いだ後は傍観者に徹していたライルが、呆れ果てたといった風情で口を挟んでくる。
「あなたはそれでも一国の王子ですか……。どう考えても、立場上そんなことはできないでしょう。そんなことを殿下が口にしたら、ノイエンさんが泣きますよ?」
それを聞いたエリアスは、ライルに向き直りながら反論する。
「彼は私の部下だし、文句を言わせるつもりはないのだが」
「それ以前に、アルテリアの国元でもどういうことかと憤慨する者が出ますよ。仕方がありませんから、一応、少人数でも形式に則った結婚式を挙げるべきでしょう。もちろんおばば様は顔を見せたくないでしょうから、ベールをしておけばよいと思います」
真剣な面持ちでライルが提案すると、エリアスは少しだけ考え込んでから鏡に向き直った。
「ソニア殿。今のライルの提案は許容範囲だろうか?」
その問いかけに、ソニアも苦々しい顔つきになりながらも同意を示す。
「確かに殿下の立場を考えたら、それくらいは仕方がないでしょうね。こんな老婆の顔をさらしたら興が削がれますし、物笑いの種でしょうから、顔を見せないのであれば茶番にお付き合いしましょう。そもそも本当にそんなことをして、招待客が来るかどうかも分かりませんが」
「それなりには来ると思いますよ?」
「……冷やかしや、茶番見たさでしょうね」
すかさずライルが突っ込みを入れてきたため、ソニアは思わず溜め息を吐いた。そんな彼女に、ライルが控え目に尋ねる。
「ええと、おばば様? そうすると結婚自体は、容認していただけるんですよね?」
その問いかけに、ソニアは諦めきった表情で頷いて見せた。
「『長年住民登録をしないまま、この地に不審者として住みついていた』と言われてしまえば、否定できませんしね。この機会にきちんとしておくのも悪くはないでしょう。それに森から出ず、これまで通りの生活ができるなら、名目上の夫が増えるだけのことですからね。多少煩わしいことが生じるくらい、致し方ありません」
「おばば様がそう言ってくれるのなら助かります」
明らかに安堵した様子で、ライルが礼を述べた。それを見てソニアも仕方がないと思いながら、気になったことについて言及する。
「殿下もアルテリアの関係でいろいろ苦労なさっているようですし、この際ですから少しは協力いたしましょう。ですが、殿下が本当に結婚したいと思う相手ができたら、そのときは、すぐに離婚させていただきますのでご安心ください」
それを聞いたエリアスは、一瞬不快そうな表情になったものの、すぐに笑顔で言葉を返した。
「今のところ、そういう女性は存在しないのだが、そうしてくれるとありがたい。そういう事態になっても、領地はそのままあなたの所領にするから、安心してほしい」
「分かりました」
「それから結婚するにあたって、もう少し協力をお願いしたいことがあるのだが」
「何についてでしょう?」
「おそらく国元ではこの話を信じず、詳細を確認するために人が送り込まれてくるはずだ」
そこでソニアはもっともだと深く頷いて応じた。
「それはそうでしょう。もし私に息子がいて、その息子が老婆と結婚するなどと言い出したら、正気を疑って殴り倒したくなります」
本気で言っていると分かる彼女の表情に、エリアスは思わず笑ってしまった。
「殴り倒すとはひどいな。そういうわけで、祖国から人が送り込まれてきたときの口裏合わせとその対応について、協力をお願いしたい」
「仕方がありません。全面的に協力いたしますよ。なんといっても、リンダが殿下との愛人契約なんてものに乗ってしまいましたからね。放置もできません」
「助かる。それでは今日はこれくらいにして、詳細な打ち合わせは後日に行おうと思うが」
「分かりました。それでは失礼いたします」
「ああ」
通信が終了し、エリアスは自分の顔しか映さなくなった鏡から、ライルに視線を向けた。
「ライル、ご苦労だった」
「ええ。とりあえず、話が穏便に済んでよかったです」
「失礼します!」
そこで慌ただしく補佐官室に繋がるドアがノックされたと思ったら、封書を手にしたアレクシスが入室してきた。
「どうした、アレクシス。騒々しいぞ。ソニア殿との話が終わっていたからよかったものの」
するとどことなく顔色が悪いアレクシスが、唸るように低い声で報告してくる。
「それが……。アルテリアから連絡が来ました」
その途端、エリアスが人の悪い笑みを浮かべながら尋ね返した。
「ほう? 何と言ってきた?」
「私宛ての封書で、ノイエンさんと入れ替わりに、父上がここに派遣されると知らせてきました。しかも来週到着予定だそうです。国王陛下から殿下宛ての封書も届きましたが、同様の内容だと思われます」
「そうか。思った以上に早かったな。それでは諸々の準備を頼む」
「……畏まりました」
あっさりと主君が口にした諸々の準備の内容に思いを馳せたらしいアレクシスは、げっそりしながら封書をエリアスの執務机に置いて補佐官室に戻っていく。そんな年上の同僚に憐憫の眼差しを向けたライルも、これから多忙を極めるのが確実であり、うんざりしながら自分の席へと戻っていった。




