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深き森の魔女は、ただ静かに暮らしたい  作者: 篠原皐月


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43/48

(43)対外的な名目

「今の話、可能性としてはあり得るの?」

 その問いかけに、ライルは真顔で答える。


「今の国法に則して考えれば、十分にあり得るね。それで殿下はこの際、この前、詐欺師の企みを暴いて、国内に混乱が生じるのを回避できた報酬として、姉様、つまりおばば様と結婚することを考えたんだ」

「だから、どうしてその結論に達するのかが、まったく分からないのだけど!?」

 ここでソニアは、悲鳴じみた叫びを上げた。するとライルは、少し疲れたような表情で話を続ける。


「要するに、殿下はまだ特定の人を決めずに、適当に女遊びをしていたい。だから、アルテリアから結婚しろと催促されるのをどうにかしたい。だけど、形式的な結婚を引き受けてくれるような、都合のよい女性がいない」

「それはそうでしょうね……」

「だから殿下は、姉様に契約結婚を持ちかけたんだよ。名目だけでも姉様と結婚すれば、一応既婚者になって縁談をごり押しされることはなくなる。そして結婚記念として、深き森の一帯を姉様、つまり《深き森の魔女》に領地として贈る。そうすれば、曲がりなりにも姉様はそこの領主として認められて居住権を侵害されないし、代官に租税を徴収されることもない」

 そこまで話を聞いたソニアは、先ほどよりも懐疑的な表情になって問いを重ねた。


「そんなこと、できるものなの?」

「可能だから提案してる。もちろん、大公に対する領主としての上納義務は生じるけど、それは姉様への贈与の際に、あらかじめ今後百年分の租税を差し引いた形で贈与するそうだよ」

「今の話、どう考えても書類上でなんとかするのよね?」

「その通り。だけど、見た目は高齢のおばば様を妻に迎えるとなったら、さすがにアルテリアから反論というか調査が入るから、それに対して姉さんを殿下の愛人として採用したわけ。姉さんを愛人にするために、姉様を名目上の正妻にしたと、対外的に納得してもらうんだよ。まぁ、姉さんは黙って座ってればそれなりに見栄えのする美人だし、十分若いし。誰が調査に来ても、どうとでもなるんじゃない?」

「ライル。ずいぶん投げやりになっているみたいだけど?」

 話が進むにつれ、口調と表情が素っ気なくなってきた弟に、ソニアが声をかけた。するとライルが苛立たしげに告げる。


「だって、姉様。ひと月あたり金貨二枚で買収されるとか、呆れてものが言えないよ。あれが自分と血のつながった姉だと思うと、ちょっと人生に絶望しかけたね」

「気持ちは分かるけど落ち着いて」

(どうして私が宥める方になっているのかしら?)

 ここでソニアは、やさぐれている弟を宥めた。それで気を取り直したライルは、冷静に説明を続ける。


「話を続けるよ。本当だったら、例の偽者の姉様を連れてきた魔術師の企みを見破ったことへの謝礼として考えたけど、魔術師同士で自作自演をしてるんじゃないかって疑う人が若干いたみたいで、あまり大袈裟なことにして人目を引きたくなかったそうなんだ。それであのとき、殿下はお礼に生活必需品をいくらか贈ったとアレクシスさんから聞いたけど」

「ええ、そうよ。そういえば、例の魔術師はどうなったのかしら? あの時使った魔力封じの拘束術は半永久的だけど、殿下から解除して欲しいと言われていないのを思い出したわ」

 すっかり忘れていたことを思い出したソニアは、詳細について尋ねた。それに半ば呆れながら、ライルが答える。


「聞いていなかったんだ……。大丈夫だよ。城内で魔術を使えないまま、散々雑用にこき使われているのを実際に見たから。偽者に仕立て上げられていた女の人も同様だよ」

「全然大丈夫ではなさそうだけど」

「それはともかく、そういうわけで、姉様、つまりおばば様との結婚は殿下なりの深謀遠慮の結果みたいだから、頭ごなしに怒らないで欲しいんだ」

 真剣な面持ちで要請されてしまったソニアは、渋面になりながら愚痴を漏らした。


「それならそれで、もう少し話を聞こうと思わせるような話の進め方はできなかったのかしら」

「殿下は先に結論を持ってくるタイプらしいけど、さすがに今日のことについては、僕が聞いても問題があると思う」

「無駄話が嫌いなのは褒められるところだけど、時と場合によると思うわ」

「それは激しく同感。殿下にはきちんと反省してもらうから」

「あなたもずいぶん腹に据えかねたみたいね」

「これが怒らずにいられると思う?」

 姉弟の意見が一致したところで、ソニアは色々と言いたいことを飲み込み、話を締めくくった。


「とりあえず、殿下の主張は分かったわ。少し考えてみるから。あと、やはり本人と直に話をしたほうがいいと思うから、明日以降にまた連絡するわ」

「そうしてくれる? 急がないから、と言いたいところだけど……。実は殿下がアルテリアに、おばば様と結婚するという知らせをすでに送ったらしいんだよね……」

 恐る恐るライルが言及すると、さすがにソニアが不快そうな顔つきになった。


「はぁ? 相手の了承を得ないうちに、勝手に話を伝えるわけ?」

「殿下は即断即決の人でもあるらしいね」

「……それを含めて、話し合いをする必要がありそうね」

「うん。そういうことでよろしく。連絡待ってるから」

「分かったわ。それじゃあね」

 眉根を寄せながらも、ソニアは一応冷静に通話を終えた。そんな姉の顔が通信鏡から消えた瞬間、ライルはがっくりと肩を落として呻く。


「疲れた……。どうして仕事以外で、こんなに神経をすり減らす羽目になるんだよ……」

 すると気配を察したのか、隣室に続くドアを開けて、リンダが姿を見せた。


「ライル、終わった?」

 その問いかけに、ライルはドアに向かいながら素っ気なく告げる。


「うん。とりあえず話を聞いてもらえそうだよ」

「よかったぁ~!」

「殿下の話は聞いてくれるけど、姉さんは説教一択だから。それは覚悟しておいて」

「どうしてそうなるのよ!?」

「五月蠅い。寝るからもう静かにして」

「ちょっと、ライル!」

 思わず声を荒らげたリンダをドアの向こうに押し返したライルは、即座にドアに鍵をかけ、そのまま迷わずベッドに直行したのだった。







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