(41)頭痛の種
想定よりもかなり早く帰城した主君を、ノイエンとライルは不思議に思いながら執務室で出迎えた。すんなり結婚を了承して貰った筈はないだろうと思いながらも、二人はエリアスに首尾を尋ねる。しかし、主君の説明を聞いた二人は、揃って愕然としてしまった。
「……それで? まともに話をできずに追い出された挙げ句、すごすごと戻って来たと仰るのですか?」
「結果的には、そういう事になるな」
大真面目に頷いたエリアスを見て、ノイエンが肩を落として深い溜息を吐いた。次いでライルが、エリアスに疑わしそうな視線を向ける。
「殿下……。もしかして、交渉術という概念をお持ちではないのでしょうか?」
「元より、すんなり受け入れて貰えるとは思っていない。今後の話の持っていきようだな」
全く動じていない様子のエリアスとは違い、二人は絶望的な表情になった。
「……今後があると、本気で思っておられるのですか?」
「下手をすると、命にかかわると思うのですが」
「取りあえず一番大事なことは伝えたし、追々説得する。ところで、急ぎで処理する政務はないのか?」
そこで問答無用で話題を変えられた事で、ノイエンは即座に気持ちを切り替えて書類を差し出す。
「あ、はい。それでは、こちらに目を通していただきたいのですが」
「分かった。ライルは下がって良いぞ」
「……失礼します」
おとなしく引き下がったライルだったが、そのまま隣室の政務補佐官室に戻る気にはなれず、廊下に出た。そして溜め息を吐き、呻くように呟く。
「頭痛がする……」
「ライル、ちょっと!」
そこで少し離れた所から、足早にやってくるリンダとアレクシスの姿を認めたライルは、やさぐれた表情で二人を待ち受けた。
「あぁ? 何だよ、姉さん。というか姉さんだけじゃなくてアレクシスさんまで同行して、この体たらくはどういう事なのか、説明して貰えませんかね?」
「そんな事を言われても!?」
「分かった。一通り説明するから、ちょっと待ってくれ。補佐官室に俺達が暫く抜けるのを伝えてくる。向こうの中庭で話すから、二人で先に行ってくれ」
「分かりました」
ライルとアレクシスの間ですぐに話が纏まり、アレクシスが補佐官室に消えると同時に、ライルはリンダを引きずるようにして指定された中庭に移動した。
そしてアレクシスが来るのを待って、ライルは二人からソニアを訪ねた時の一部始終を聞き出す。
「殿下の話があまりにも簡潔過ぎたから、もしかして経緯とかを省略しているのかとも思ったんだけど……。本当に、そのままだったのか……。それじゃあ幾らなんでも、正気とも本気とも真っ当とも思って貰えないだろ。おばば様への唐突な求婚だけでもどうかと思うのに、セットで姉さんの愛人契約まで言及するとか。色々な意味で有り得ないから」
心底うんざりしたライルは、若干責めるような目つきでアレクシスを見やった。
「一応聞きますが、事前にどんな風に話を進めるか、聞い」
「聞いていたら止める!」
「ですよね……」
真剣そのものの表情で自分の台詞を遮ったアレクシスに、ライルは哀れむような視線を向けた。そこでリンダが、神妙な顔つきでお伺いを立ててくる。
「ライル、どうすれば良いと思う?」
そんな姉に、ライルはしらけ切った視線を向けた。
「あのさ……。姉さんが心配しているのは、殿下がおばば様と結婚しないと自分との愛人契約も締結されないから、困るって事だよね?」
そう確認を入れると、リンダは激しく動揺しながら言い返す。
「そっ、そんなことはないわよっ!? 馬鹿な事は言わないで!! ただ純粋に、おばば様の機嫌を損ねてしまったから、どうしたら良いって相談しただけじゃない!!」
「……そういう事にしておいてあげるよ。一々突っ込みを入れるのも面倒だから」
そこで改めて二人の顔を眺めたライルは、溜め息を吐いて告げる。
「このまま放置もできないから、取りあえず今夜にでも話をしてみるよ。……落ち着いて話を聞いて貰えたら良いんだけどね。僕も姉さんや殿下の一味と見なされたら、問答無用で通信をぶち切られると思うし」
「頼む。取りあえず、宥めておいてくれ」
「お願い! 今度の休みに戻ったら、どんな目に合うか分からないから!」
「あまり期待しないで欲しいな」
面倒事を引き受けざるを得なかったライルは、そこでリンダと別れてアレクシスと共に補佐官室に戻った。




