(40)決裂
「それではお伺いしますが、本日はどのようなご用件でいらしたのですか?」
椅子に座ったソニアは、テーブルを挟んで向かい側に座るエリアスに声をかけた。彼はゆっくりと出された茶を飲んでいたが、カップをテーブルに戻した直後、落ち着き払った様子で告げる。
「ソニア殿。私と結婚してくれ」
「……はい?」
端的過ぎる上、予想外の台詞に、ソニアは何か聞き間違ったかと首を傾げた。しかし彼女の隣と斜め前で、同時に悲鳴が上がる。
「殿下!? 物事には順序というものがありますよね!?」
「ちょっと待って!! 何いきなりぶちかましてんのよ!?」
その叫びを聞いた瞬間、ソニアの顔から表情が消え去った。そして静かに、確信した口調で呟く。
「と、言うことは? アレクシス様とリンダは、殿下が正気を疑われる発言をするのを、予め認識していたわけですね……」
「いやっ! あのっ! 確かに知ってはいましたが! もっと慎重に話を切り出すものとばかり!!」
「確かに正気とは思われないし、やっぱりどうかと思うけど! これには色々と事情があって!!」
ソニアは問題の二人に、鋭い視線を向けた。それを目の当たりにした二人が必死の面持ちで弁解しようとしたが、ここでエリアスが場違いなのんびりとした口調で付け加えてくる。
「ああ、それから、リンダ殿には毎月金貨二枚で、愛人契約を了承して貰っている」
「……それはそれは」
ソニアが今度はエリアスに殺気交じりの視線を向けているのを見て、二人はたまらず悲鳴を上げた。
「殿下ぁぁぁっ!! ついでのように言わないでください!!」
「何も、ここでそれを言わなくても良いですよねっ!!」
するとソニアは、再び狼狽著しい二人に視線を向ける。
「リンダ? 毎月金貨二枚で、随分楽しい話になっているのね。それにアレクシス様は、殿下の愛人捜しのためにリンダに声をかけておられたわけですか……」
「誤解ですっ!! 愛人というのは、形式だけの話ですから!!」
「金貨二枚だけじゃなくて、城で保管している金貨触り放題の権利も付けて貰ったから!!」
「そういう問題ではないでしょうがっ!!」
二人は力一杯否定したが、当然それでソニアの怒りを静めることはできなかった。
「どいつもこいつもろくでなし揃いねっ!! とっとと失せろっ!!」
憤怒の形相になったソニアが、勢い良く空中で手を払った。それと同時に室内で突風が沸き起こる。しかしそれは部屋全体を巻き込んだりはせず、客人三人だけを巻き込んで玄関のドアに向かって突進した。
「うぉっ!?」
「おわっ!?」
「きゃあぁっ!!」
流石に三人は為す術なく、開け放ったドアから空中に飛ばされた。外で待機していた騎士達も、家の中から噴き出してきた激しい気流に巻き込まれ、エリアス達と同様に宙を舞う羽目になる。
「殿下!? 一体、ぐわぁっ!!」
「危ないっ!!」
「何だ、これはっ!?」
「うわぁあぁぁっ!!」
「助けてくれっ!!」
そのまま一同は大きく弧を描いて森の木々を飛び越え、入り口付近で折り重なって落下した。
「うおっ!?」
「ぐあぁっ!」
「おい、危ないぞ!」
「大丈夫か!?」
激しく動揺しながらも上の者は急いで地面に立ち、下になった者を助け起こして、全員の無事と怪我の有無を確認し合う。取りあえず、全員に大きな怪我がないのを確認して安堵していると、木に繋いでおいた全員分の馬が、縦一列に並んでおとなしく森の入り口から出てくるのが見えた。
「さすがソニア殿は優しいな。人間を放り出しても、馬はそのまま解放してくれるとは」
馬達を目にしたエリアスは、感心したようにしみじみと告げる。しかしそれには、流石に部下から容赦のない突っ込みが入った。
「どこが優しいんですか!?」
「下手したら、殿下が大怪我するところだったんですよ!?」
「殿下が馬以下ってことですか!?」
「冗談じゃありません!!」
「第一、お前達二人が付いていて、ろくに時間も経たずに追い出されるとは、一体全体どういうことだ!?」
憤慨した騎士達の非難の矛先がアレクシスとリンダに向けられたため、エリアスが困ったように彼らを宥める。
「まあ、そう怒るな。私の話の進め方が、悪かった面もあるのでな」
「第一声で、『私と結婚してくれ』ですよ。何をどうフォローしろって言うんですか……」
「その次に、私と『愛人契約をした』とか……。ろくに事情説明もさせて貰えなくて、私までとばっちりを……」
「…………」
半ばふてくされた感のアレクシスに、涙目で項垂れたリンダを見て、騎士達は無言で顔を見合わせた。そしてどうするつもりかと主君に視線を向けたが、対するエリアスは全く動じずに告げる。
「馬が全て無事なのだから、問題なく城に帰れるだろう。もし馬をやられていたら、新しい馬を調達するのに時間も金もかかっていたところだ。良かったじゃないか」
呑気すぎる主君の台詞に、その場全員が頭痛を覚えた。しかしずっと呆けてもいられず、護衛責任者の騎士が控え目にお伺いを立てる。
「あの……、それでは今日は、このままお帰りになるのですか?」
「ああ。ソニア殿の気分を、著しく害してしまったのでな。また改めて出直そう。それでは城に戻るぞ」
「……了解しました」
日を改めたとしても、とても穏やかに話ができるとはエリアス以外の全員が思えなかったが、その事実から背を向けたまま一行は城に向かって馬を走らせて行った。




