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深き森の魔女は、ただ静かに暮らしたい  作者: 篠原皐月


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39/41

(39)警戒

 通常であれば、城勤めの者達が忙しく働き始める時間帯。執務棟玄関前の広場に集まった、自分が騎乗する馬を引いた騎士達とエリアスを見回しながら、ライルが淡々とした口調で声をかけた。


「皆さんご苦労様です。おばば様には昨晩のうちに、きちんと殿下の訪問の連絡をしておきました。行き帰りの道中と森に滞在中、くれぐれも気をつけて行ってらっしゃいませ」

「…………」

 かなり投げやりな様子での注意喚起に、エリアスに同行を命じられたアレクシスと騎士達は、僅かに顔を強張らせる。その中でもリンダは、激しく動揺しながら問い返した。


「え? ちょっとライル。まさかあんた、一緒に行かないの?」

 しかしそんな懇願じみた問いかけに、ライルは冷え切った声で言い返す。


「行くわけないよ。今日は休みじゃないから、行政補佐官室で仕事をするのに決まってるだろ?」

「冗談止めてよ!? 私一人、おばば様に怒られろって言うの!? 一緒に来て宥めてよ!! 下手したら血を見るわよ!?」

「だーかーら、僕の仕事は書類仕事。姉さんの仕事は殿下の護衛と愛人業務。それぞれの仕事を全うするだけだよ。それのどこに文句の付けようがあるわけ?」

「そんなぁあぁぁっ!!」

「自業自得。だから今回は、騎士が十人も同行するんじゃないか。そもそも騎士って、身体を張って主君を守るのが仕事だよね?」

 姉の悲痛な叫びを容赦なく斬り捨てたライルは、ここでエリアスに視線を向けた。


「それにしても……、最低でも騎士を二十人は連れて行った方が良いと忠告したのに、これで本当に大丈夫ですか? 責任持てませんよ?」

 半ば呆れながら、ライルが確認を入れた。それにエリアスが苦笑しながら応じる。


「ああ。下手に多すぎると、それだけでソニア殿の気分を害しそうなのでな」

「確かにそうですけど」

「私としてはいつも通り、アレクシスだけ連れて行くつもりだったのだが……」

 そこでエリアスは、ライルの斜め後ろに立っているノイエンに視線を向ける。するとそのノイエンは、必死の面持ちで訴えてきた。


「冗談は止めてください。ライルが二十人と言っているのに、その半分では心許ないです。本当に二十人と言わず、五十人くらいお連れになるわけにはいかないのですか?」

「くどいぞノイエン。これで行く。それから本国への書簡も、直ちに使者を立てて送り届けるように」

 厳命されたノイエンは、それ以上余計な抵抗をせずに頭を下げる。


「心得ました。それではくれぐれも気を付けて、行ってらっしゃいませ」

「ああ。行ってくる。日没までには戻るから心配するな」

 明るく笑って馬に乗った主君に続き、騎士達も騎乗して隊列を組む。エリアスを囲んだまま城門に向かう一行を見送ったノイエンは、不安と疲労の色を濃くしながら呟いた。


「本当に、大丈夫だろうか……」

 そんな上司を軽く見上げながら、ライルは冷静に声をかける。


「ノイエンさん。後で静穏作用のあるお茶を淹れますから、良かったら試してみてください。考え込んでいても事態が改善するはずもありませんから、取りあえずあの困った人達の事は忘れて仕事に集中しましょう」

「そうだな……」

 かなり年下の部下からの進言でノイエンは何とか気持ちを切り替え、それからは自分の仕事に集中していった。



 ※※※



 例によって例の如く、壁の鏡の通知音と光で来訪者を知ったソニアは、何気なく通信鏡を覗き込んだ。


「ああ、ライルが言っていたように、殿下とアレクシス様が来たのね。……え?」

 しかしそこに映し出された大勢の姿に、ソニアは怪訝な表情になる。


「どうしてあんなに大勢で……。それに、リンダが一緒に来るだなんて、一言も言っていなかったわよね? それに、ライルが来ていない?」

 森の入り口からの細い道を、馬を引いて進む騎士達を確認すると、彼女の疑念は更に深まった。


「取りあえず、騎士達は外で待って貰うことで良いのよね? 何かしら? 近くの演習のついでにでも、寄ることにしたとか?」

 次にソニアが心配したのは、家の中のスペースと茶器の問題だったが、予定外の客人には我慢して貰うことにする。


「考えても仕方がないわね。どう考えても、厄介ごとの気配しかしないし」

 これまでとは異なる状況に、彼女は嫌な予感を覚えながらも出迎える準備を始めた。そしてお茶の準備を済ませたところで、玄関のドアがごく控え目に叩かれる。その直後、細くドアが開けられたと思ったら、リンダがか細い声でお伺いを立ててきた。


「おばば様……、お邪魔します。入っても良いですか?」

 常日頃とは雲泥の差である殊勝な振る舞いに、ソニアの中で警戒度が急上昇した。そして面倒な事柄に、目の前の妹が絡んでいるはずだと見当をつけ、口調だけは優しく声をかける。


「ええ。お入りなさい、リンダ。あまり元気そうではないけど、何か変な物でも食べたの? 暴飲暴食は避けなさいと、これまで何度も言い聞かせてきた筈だけど」

 そこで姉から探るような視線を向けられたリンダは、視線を泳がせながら言葉を返す。


「いえ……、いつもと同じですよ?」

「あら、そう。それでは早くお入りなさいな。あなたが出入り口を塞いでいるから、殿下が入れないのよ?」

「はい……、失礼します」

 何やら諦めた様子でリンダが入って来ると、続いて妙に機嫌が良いエリアスと緊張感に満ちあふれた表情のアレクシスが現れる。


「やあ、ソニア殿。お邪魔させて貰う」

「……失礼します」

 三人に椅子を勧めてから、ソニアは茶を淹れ始める。今度は一体何事かと考えてみたものの結論が出ないまま、彼女は客人の前にカップを置いた。



 

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