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深き森の魔女は、ただ静かに暮らしたい  作者: 篠原皐月


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(38)破天荒な対策

「ノイエンさん。あっさり納得しないでください。そもそもおばば様が殿下と結婚して森を出て、この城に来るとかあり得ませんから」

 半ば腹を立てながらの指摘に、エリアスが淡々と応じる。


「私はソニア殿と結婚しても、彼女を城に呼び寄せるつもりはないぞ? これまで通り森で暮らして貰って、用がある時は私が訪ねるつもりだしな」

「はぁ? 何を言ってるんですか。そもそもこんな意味不明な内容をアルテリアに伝えたら、ノイエンさんが呼びつけられる他に、誰かが真偽を確かめに乗り込んで来ると思わないんですか?」

「勿論それは想定済みだが、古今東西、正妻とは別居して愛人を側に置くパターンは多いだろう? 王位継承権に関して後日揉めないように、正妻に高齢女性を据えたと主張すれば、それほどおかしい話でもないはずだ」

 平然とエリアスが指摘した内容を聞いて、ライルは皮肉っぽく問い返した。


「……へぇ? 充分普通の話ではないと思いますし、もしかしてその愛人って男性ですか?」

 そこでエリアスは、おかしそうに笑いながら告げる。


「私が男色家だという噂を、ライルも耳にしていたのか。なかなか愉快な噂だが、複数の女性に相手をして貰っている。だが彼女達はあくまで商売上の付き合いだから、表向きの愛人として公表するのは色々と差し障りがあるのでね」

「それはそれは……。無粋な事を申し上げて、誠に申し訳ございませんでした」

(涼しい顔で口にする事かよ! 本当にろくでもないな!!)

 益々むかっ腹を立てながら、ライルは口先だけの謝罪を行った。するとここで、エリアスがサラリと聞き捨てならないことを口にする。


「そういうわけで、表向きの愛人はリンダ殿にお願いすることにした。出自が知れない愛人で側妃にもできないから、子どもが生まれても王位継承権は与えられない。だが他の女性と結婚するつもりもないから、敢えて高齢女性を正妃に据えた。この配置なら兄上も納得するだろう」

「てめぇ! 馬鹿言ってんじゃねぇぞ!?」

「殿下!! 何ですか、それはっ!!」

 瞬時に激高したライルの叫びと、狼狽しきったアレクシスの声が室内に響き渡った。しかしエリアスは冷静に話を続ける。


「付け加えると昨日のうちに彼女の了承を貰って、契約書も取り交わし済みだ」

「俺が知らないところで何やってんだよ、馬鹿姉ぇ――っ!!」

「ちょっと待ってください!! 俺が彼女を口説いている真っ最中なのを、殿下もご存じですよね!?」

 アレクシスが非難の声を上げると、エリアスは憮然として彼に言い返した。


「これに関しては、未だに彼女を口説き落とせないお前が悪い。他に独身でそれなりに見栄えがして、こんなとんでもない話を了承するほどの豪胆な女性がいなかったのだから仕方がない」

「あのですね!?」

 なおも文句を言おうとしたアレクシスだったが、ライルが渋面になりながら確認を入れてくる。


「因みに、どれだけ金を積んで頼んだんですか?」

「毎月、金貨二枚だ」

「……結構ケチなんですね」

「報酬は毎月金貨二枚だが、無条件での税収保管室への入室許可と、保管金貨の取り扱い許可の権利を付けた。そうしたら二つ返事で引き受けてくれたぞ」

 それを聞いたライルは、がっくりと肩を落として呻いた。


「そんな条件で愛人役を引き受けるのなんて、あの馬鹿姉くらいだぞ……」

「どうして納得してるんだ! 色々な意味でおかしいだろう!?」

 意味が分からなかったアレクシスは、思わず叫んだ。ライルは、そんな彼を哀れっぽく見やる。


「アレクシスさん……、口説いている真っ最中なのに、姉さんの究極の趣味を知らないんですか?」

「何だそれは?」

「金貨を愛でる事です」

「……すまない、ライル。解説を頼む」

「姉さんは金貨をうっとり眺めながら数えて、うきうきしながら積み重ねて、崩した時の落下音を聞いて悶える、端から見るとかなり危ない変人なんです。間違っても浪費なんかしません。物を買ったら手元の金貨が無くなりますから」

 そう説明したライルは、疲れたように深い溜息を吐いた。対するアレクシスは、唖然としながら呟く。


「……それ、趣味って言えるのか?」

「趣味です。実際の支払いは月二枚でも、城に集められた金貨を触り放題数え放題落とし放題だなんて、即決しないわけがない。殿下の情報収集能力と経済観念と容赦のなさに惚れ惚れしますよ」

「そこまで褒めなくとも良いぞ?」

「九割方呆れています」

 口を挟んできたエリアスに、ライルは辛辣に返した。しかしエリアスの容赦のない話は、更に続いた。


「ついでに言うと、事情を説明してリンダ殿には使用人棟から城の奥に、部屋を移して貰うことにした。女官長に諸々を頼んで置いたから、今頃、荷物を移している頃ではないかな?」

「殿下……」

 姉の迂闊っぷりにライルが頭痛を覚え始めていると、エリアスが真顔で提案してくる。


「そうは言っても、実際にリンダ殿に相手をして貰うつもりはないからな。心配なら、ライルが一緒に暮らせば良い。三室の続き部屋を用意してあるからな。どうする?」

「はぁ? もう、勝手にすれば良いでしょう。僕は知りませんよ」

 もうどうにでもしてくれとライルが匙を投げた途端、離れた席からアレクシスが声高に懇願してきた。


「ライル!! 彼女と一緒に暮らしてくれ!!」

 必死の形相の彼に視線を向けたライルは、しみじみとした口調で言い聞かせる。


「アレクシスさん……。僕が言うのも何ですが、考え無しで変人で傍若無人な女なんてすっぱり忘れて、新しい恋を探した方が良いと思います」

「殿下を信じてはいるが、この通りだ!! 頼む!!」

(やっぱり、ここに来るんじゃなかった……。今更だけど)

 同僚達からの微妙な視線を浴びながら、ライルは心底後悔した。そして色々諦めながら口を開く。


「分かりました……。当面そこで生活させて貰いますが、アルテリアからの調査への対応が済んだり、殿下が正式に結婚する事になったら出ますからね」

「そうしてくれ。ついては明日、森を訪問したいから、ソニア殿に用件を連絡しておいてくれ」

 そのエリアスの要請を聞いた瞬間、ライルの背筋に悪寒が走った。


「え? あの、まさか……、求婚しに行くと伝えておけとか言いませんよね?」

「予め伝えておいた方が、話がスムーズに進むと思うのだが」

「冗談じゃないですよ!! そんなことをまともに口にしようものなら、通信鏡をぶち割られるだけで済めば良い方じゃないですか!? 絶対にお断りです!!」

 恐慌状態に陥ったライルが断固拒否すると、エリアスは全く気分を害した様子を見せずにあっさり引き下がる。


「そうか。それなら用件は伝えなくて良い。私が話があるので伺うとだけ伝えてくれ」

「……分かりました」

 盛大に引き攣った顔で、ライルが頷く。そこでエリアスは、居並ぶ行政補佐官全員を見回しながら尋ねた。


「私からの話は以上だが、何か質問はあるか?」

「………………」

「それでは会議は終了とする。皆、通常業務に戻ってくれ」

 静まりかえった会議室を眺めたエリアスは、何事もなかったように声をかけて部屋を出て行った。補佐官達は一斉に立ち上がり、頭を下げてそれを見送る。

 エリアスが廊下に出た直後、緊張が途切れたようにライルが崩れ落ち、大きな机に突っ伏して微動だにしなくなった。


「…………」

「ええと……、ライル。大丈夫か?」

 同僚達が控え目に声をかけてみると、彼は突っ伏したまま低く呟く。


「ここの仕事……、本気で辞めたくなってきた。地道に、商家の下働きでもしようかな……」

「ああ、うん。気持ちは分かるがな……」

「そんな事は言わないでくれ。頼むから」

「これ以上面倒な事態にならないように、俺達も協力するから」

 ライルに深く同情した同僚達は、しばらくの間、彼を宥めることに専念した。






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