(36)結婚宣言
広い会議室の長机に補佐官達が勢揃いする中、予定時刻ちょうどにエリアスが入室し、正面の席に座った。新参者として末席に座ったライルは、こんな重要そうな会議に自分も参加して良いのかと恐縮しながら、主君を凝視する。他の補佐官達も、神妙にエリアスの言葉に耳を傾ける態勢になった。
「揃っているな。それでは、皆の意見を聞かせて貰いたい事がある」
エリアスの第一声に、補佐官を代表してノイエンが尋ねる。
「どのような事柄についてでしょうか?」
「昨日、陛下から届いた私信への対応に関してだ。例によって例のごとく『結婚しろ』との内容だったが、『相手がいないのなら、こちらで見繕って送る』とも書いてあった。全く……、人を何だと思っている。実の息子の私はともかく、相手の女性に失礼だろうが」
エリアスが本気で憤慨している気配を察したノイエンは、どちらも困ったものだと思いながら、やんわりと主君を宥めた。
「確かに陛下の物言いは乱暴ですが、良かれと思ってのことですから。それにさすがに、いきなり女性をこの国に送り出すような真似はされないのでは?」
「全くしないと断言できるのか?」
「……できませんね。残念ながら」
問われたノイエンが言葉に窮しているのを眺めたライルは、思わずエリアスに同情してしまった。
(さすがに一国の王子で大公でもある人がいつまでも独り身っていうのは体裁が悪いし、親だって心配するよな。でも実のお兄さんが邪推しかねないとか昨日聞いたばかりだし、余人には分からない苦労とかあると思うし。地位や権力があっても、それはそれで色々大変なんだろうな……)
そうは言ってもどうするつもりなのかとライルが考えていると、他の補佐官達が顔を見合わせながら神妙に申し出る。
「あの……、この際、本腰を入れて殿下の結婚相手を検討するわけにはいかないのでしょうか?」
「殿下の希望を仰っていただければ、我々も条件に合致した女性を探すのに協力しますが」
「この間、大公領内の妙齢の女性達との縁談は、面倒な筋からの横やりがあったりしましたが、今ではその問題はありませんし」
「そうですよ。改めて、各方面に話を出してみましょう」
しかしそれを聞いたエリアスは、真顔で首を振った。
「いや、君達の気持ちは嬉しいが、それは無用だ。この機会に、結婚しようと思う」
淡々と主君が口にした内容を聞いた補佐官達は呆気に取られ、次の瞬間満面の笑みで口々に祝いの言葉を述べた。
「本当ですか!?」
「おめでとうございます!」
「本国の国王陛下も安心されますね!」
「それで、お相手はどなたですか!?」
「ソニア殿だ」
「……はい?」
補佐官達が(今、何か聞き間違ったか?)と揃って当惑したところで、エリアスが冷静に話を続ける。
「ソニア殿だ。ライルの出自騒ぎの時に、お前達も鏡越しに顔を見ただろう?」
「…………」
「皆、どうかしたのか?」
事もなげに語ったエリアスは、不思議そうに補佐官達を見回した。しかし彼らは完全に表情を消して固まり、室内に不気味な沈黙が満ちる。そんな永遠に続くかと思われた静寂は、椅子を後方に蹴倒しながら立ち上がったライルの絶叫によって破られた。
「あぁ!? 『どうかしたのか』じゃねぇよ!! 頭沸いたのか、あんた!?」
(まさか、姉様の素性がバレたのか!? いや、俺もあの馬鹿姉も、この間変な事やヘマしてないよな!? それとも俺の知らないところで、馬鹿姉がとんでもないアホな事をやらかしたのかよ!?)
予想外にも程がある展開に、ライルは恐慌状態に陥った。その挙げ句にエリアスに罵声を浴びせたが、当の本人は全く気分を害することなく、寧ろ興味深そうに感想を述べる。
「ほう? ライルもそういう言葉遣いをするんだな。なかなか新鮮だ」
「ざけんじゃねぇぞ!! 冗談にしても、言って良いことと悪い事があるくらい、おっさんなんだから理解しろや!!」
「冗談ではないのだが。しかし『おっさん』とは、なかなか辛辣だな。私はまだ二十代なのだが?」
「四捨五入すれば三十の男は、俺からするとどいつもこいつもおっさんだ!!」
「そんなことを公言していると、世の中の二十代後半の男全てを敵に回すと思うぞ?」
「うるせぇ!! あんたが頭がおかしいことをほざくからだ!!」
「ちょっと待て、ライル!!」
「気持ちは分かるが落ち着け!!」
「本当にろくでもない!! うっかり大変だなとか同情した、二分前の俺を殴ってやりてぇぞ!!」
「ライル!! キャラが変わってるぞ!!」
「いつもの冷静なお前はどこに行った!?」
完全にキレて理性を吹っ飛ばしているライルを、ここで周囲の補佐官達が狼狽しながら押さえ込んだ。更に必死の形相で言い聞かせていると、何とか気を取り直したノイエンが険しい表情で主君を問い質す。
「殿下。ソニア殿というのは、以前ご連絡した魔女殿で間違いございませんか?」
「ああ、その通りだ」
「それであるなら、通常であれば結婚という流れにはならないと思われます。何かお考えがあるのなら、子細をお聞かせ願いたいのですが」
「勿論、そのつもりだ。これから話すので、少しだけ静かに聞いて欲しいのだが」
「分かりました」
まだ幾分強張った表情ながらも何とか平常心を取り戻したノイエンは、部下達に視線を移して厳命した。
「そういうわけだから、皆、静聴するように。特に、ライル。分かっているな?」
「……分かりました」
軽く睨まれたライルは、不承不承頷いた。そして後ろに倒れていた椅子を戻し、おとなしく座り直す。いつもの状態に戻ったライルを見て周囲の補佐官達も安堵したように着席し、真剣な面持ちでエリアスの言葉に耳を傾けた。




