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深き森の魔女は、ただ静かに暮らしたい  作者: 篠原皐月


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35/37

(35)微妙な話題

 「失礼します」

 隣接する行政補佐官室に繋がるドアを開けて、筆頭補佐官のアデルス・ノイエンが現れた。執務中だったエリアスは、手元の書類から視線を上げて彼に尋ねる。


「どうした?」

「本国から届いた書簡です。陛下からの私信もありますので、ご確認ください」

「……分かった」

 封書の束を差し出されたエリアスは、机越しにそれを受け取った。しかし不機嫌そうな表情を隠そうともしない主君に対し、アルテリアから付き従ってきたノイエンは、半ば呆れながら苦言を呈す。


「殿下にしてみれば面白くないのは重々理解しておりますが、何もそこまで嫌な顔をされずとも……」

「そうは言っても、書いてある内容など開けてみなくとも分かるからな」

「ですが、陛下のご心配も尤もで」

「くどいぞ、ノイエン」

「……それでは失礼します」

 台詞を遮られたノイエンは、これ以上食い下がるのは無理だと判断し、一礼しておとなしく引き下がった。そして補佐官室の自分の机に戻ってから、疲れたように溜め息を吐く。


「全く……。本当に困ったものだな」

 先程、上司がアルテリアから届けられた文書の仕分けと精査をしていたのを理解していた補佐官達は、諦めと困惑が微妙に入り交じった口調で雑談を始めた。


「本国からの封書が届くと、殿下の機嫌が悪くなるのは今に始まった事ではありませんが……」

「陛下もいい加減、諦めればよろしいのに」

「王太子殿下の方も、相変わらずですかね?」

 そんなやり取りを聞くともなしに聞いていたライルは、隣席の補佐官に不思議そうに尋ねた。


「皆さん、何の話をしているんですか?」

 それを耳にした周囲が、事情を説明し始める。


「ああ、ライルは来たばかりだから知らないよな」

「要は、アルテリアの国王陛下が、大公殿下に『さっさと結婚しろ』という催促の手紙を送ってきたんだよ」

「それを受け取る度に殿下が撥ね付けて、機嫌が悪くなるってパターンなんだ」

(そう言えば未だに独身だから、勘違い女に纏わり付かれて大変だったのが、姉様と知り合うきっかけだったしな……)

 そもそもの発端を思い返したライルは、素知らぬふりで周囲に尋ねてみる。


「そう言えば大公殿下は、まだ独身でしたね。ご結婚の話とか無いんですか?」

「それはまあ……、色々あったけど、見向きもされないんだよな」

「それで、かなり迷惑を被った事もあったし……」

「ああ。誰、とは言わないが……」

「でも相手が《《あれ》》なら、殿下じゃなくても結婚なんかしたくないだろう」

「それを抜きにしても、殿下の理想がとてつもなく高いんじゃないか?」

(そうなると……、殿下が姉様を探している話は、アレクシス様を初めとする極少数の人達だけが把握していて、補佐官全員が知っているわけではないんだな?)

 溜め息交じりに語り合う周囲を眺めながら推測したライルは、慎重に問いを重ねてみた。


「殿下が独身なのを、父親であるアルテリア国王が心配しているのは分かりますが、さっき王太子殿下がどうとも言ってましたよね? 兄である王太子殿下も、大公殿下を心配しているってことですか?」

「ああ……、それはだな。心配っていうか、探っているっていうか……」

「ちょっと微妙なんだよな……」

「あっさり結婚されても困るっていうか……」

「あの……、話しにくい内容なら聞きませんから」

 何故か同僚達が言葉を濁している様子を見て、ライルは不思議に思いながら話を終わらせようとした。しかしここで、予想外の声が割り込む。


「別に、聞かれてまずい事ではないぞ? 要は兄上の所には、まだ娘しか生まれていなくてな。それで兄上は、私が結婚して息子が生まれたら、父が王太子の位を私に譲るかもしれないと邪推しているようだ」

「…………」

 いきなり現れたエリアスが淡々と語り、それを耳にした補佐官達は無言で固まった。予想外の登場で動揺したライルは、控え目に言葉を返してみる。


「ええと……、もしかして、冗談ですか?」

「事実だ。変に気を遣わなくて良いぞ?」

「はぁ……」

「ノイエン、これを頼む」

「畏まりました」

(話の最中だったとはいえ、ドアを開けて入室してきたのが全然分からなかった。変に気配を消さないで欲しいんだけど。本当に王族なのか?)

 どうやらノイエンに書類を渡すために来たらしいエリアスは、それを済ませてから再びライルに視線を合わせた。 


「一応言っておくが、私の方は兄上に対して特に含むところはないからな」

「はぁ……、そうですか。兄弟仲良くできれば良いですね……」

「そうだな」

 自分でも何を言っているのかと思いながら、ライルは当たり障りのないことを口にした。それに苦笑で応じたエリアスは、続けてノイエンに声をかける。


「ノイエン。補佐官全員の意見を聞きたい事ができた。明日にでも、会議の時間を取れるか?」

 その問いかけに、ノイエンは瞬時に真顔になって応じる。


「至急であれば、今からでも時間を取れますが」

「いや、そこまで至急というわけでもない。一応、確認しておかないといけない事もあるのでな」

「分かりました。それでは明日の午後で調整します」

「そうしてくれ」

 そこで話は終わり、エリアスは何事もなかったように執務室に戻っていった。それを見送った補佐官達は、彼の姿がドアの向こうに消えると同時に安堵の溜め息を吐く。


「何でしょうね? 本国から何か面倒な案件でも押しつけられたのでしょうか?」

「分からんが、皆、取りあえず明日の午後はそのつもりでいてくれ」

「はい」

 ライルを含めた補佐官達は怪訝な顔を見合わせたものの、すぐに中断していた自分の業務に集中し、その疑問は頭の中から消え去ってしまった。



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