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深き森の魔女は、ただ静かに暮らしたい  作者: 篠原皐月


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34/36

(34)報告

 二日間の休暇を貰ったリンダが弟を馬に同乗させて森に戻った時、家の前でソニアが腕組みしながら眼光鋭く待ち構えていた。


「リンダ、ライル、お帰りなさい。一昨日通信鏡で連絡してきた通り、今回の休みは一泊していくのよね?」

「うん。殿下が『変な騒ぎになって、ソニア殿にご迷惑をかけた。お詫びの品を持たせるから、君達もゆっくりしてくると良い』と言ってくれたから。これは殿下から言付かったお土産」

「あら、ありがとう。気を遣わせてしまったわね」

 ライルとソニアが和やかに会話している横で、リンダが恨みがましい口調で呟く。


「私は日帰りでも良いって言ったのに……」

「姉さんの馬に乗せてきて貰ったんだから、僕だけ泊まったら姉さんが二日続けて城とここを往復することになるじゃないか」

「二往復するわよ!」

「リンダ」

「はいっ!!」

 思わずムキになって言い返したリンダだったが、姉の冷え切った声での呼びかけに瞬時に反応した。そんな顔色を悪くした妹に対し、ソニアが不気味な笑みを浮かべながら命じる。


「取りあえず、薪を小屋一杯作ってくれるかしら? 家の中で薬草のより分け作業の方が良ければ、それでも良いけど」

「任せて!! ありったけ割っておく!!」

「それが終わったら収穫済みの畑の西側に、うねを作っておいて」

「バッチリ作るから!! じゃあ早速始めるわね!!」

 必死の形相でリンダは馬を引いて近くの木に手綱を繋ぎ、薪小屋に向かうため家を回って裏手に駆けていった。


「全く……」

「姉様、一応姉さんも反省しているみたいだから」

「反省しても、今後を考えると不安で仕方がないわ」

「それは僕もだけど」

 互いに憂鬱な顔を見合わせてから、二人は家の中に入る。それからソニアが淹れたお茶を飲み始めた直後、ライルが話を切り出した。


「姉様。通信鏡では誰がどこで聞いているか分からないから、自分の部屋でも用心して言わなかったんだけど、姉様ってお祖母様似だったんだよ」

「え? 何それ?」

 唐突に言われた内容に、ソニアが目を丸くする。それを見ながら、ライルが冷静に説明を加えた。


「父さんの母さん。つまり僕達の父方の祖母が、紫色の瞳の姉様と良く似た感じの美女だった。王家の肖像画で残ってたよ」

「……本当?」

「うん。残念な事にね。大公殿下も、その絵を結構気にしていたみたいだけど」

「まだ《《サーフィア姫》》を探しているの? いい加減、しつこいわね」

 イラッとしながら、ソニアが思わず悪態を吐いた。するとここでライルが、慎重に言葉を継いでくる。


「それは、ちょっと分からない。あれから、特に何も言ってないしね。それから、意外なことが分かったんだけど」

「何?」

「補佐官室で管理している資料庫の整理をしていたら、偶然見つけた文書があるんだ。それによると、アルテリアがここに侵攻直後、僕達、正確には母さんとその子ども三人を殿下達が探していたんだよ」

「何それ? 詳しく聞かせて」

 意外な話の流れに、ソニアは思わず身を乗り出しながら続きを促した。ライルはそれに小さく頷いてから、真顔で説明を続ける。


「アルテリア侵攻軍の総大将は当時の王弟殿下で、あのゲス兄貴から僕達が城を出奔した事情を聞き出した直後、僕達の捜索指示を出しているんだ。だけど娘二人と息子一人を連れた未亡人を探しても、見つかるわけないよ」

「そうね……。私はこの森で先代おばあさまから本格的に魔術を教わり始めて、傍目には娘と息子を一人ずつ連れた夫婦ですものね……」

「しかも当時の記録だと、姉様の外見は銀髪と紫眼でその通りだけど、姉さんは栗色の髪に青眼、僕は銀髪に茶眼になっていたんだ。それじゃあ、余計に見つかるはずがないさ」

 そこまで聞いて、ソニアは思わず問い返した。


「ちょっと待って。どうして正確な情報と間違った情報が、中途半端に混ざっているの?」

 その問いかけに、ライルは考え込みながら慎重に告げる。


「思ったんだけど……、城を出る時、母さんが念には念を入れて仕組んだんじゃないかな? 元々、僕達の身の回りの世話をする女官とか侍従って、ごく少数だったんだよね?」

「そうね……、確かに片手で数えられる人数だったわ」

「それに、側妃腹ってことで、公式行事への出席も滅多に無かった筈だし。当時十歳になっていた姉様はともかく、七歳の姉さんや生まれたばかりの僕なんて、顔立ちはおろか髪や目の色だって知っている人間は殆どいなかったと思う。だからインパクトがある姉様の銀髪と紫眼のイメージを消すことは難しいけど、そうでない僕達についての記憶を改竄するのは容易だったんじゃないかな?」

「確かに、ごく少人数であれば、その記憶に若干の修正を加えるのは可能かもね……。本当なら七代目になるはずだった母さんなら、その程度の記憶改竄は充分可能だわ」

 難しい顔でソニアが考え込むと、今度はライルが気になっていたことを尋ねる。


「ところで、姉様。母さん達に連絡は取れたのかな?」

 そう問われた瞬間、ソニアは憤然として怒鳴り返した。


「取れたのなら、色々とことん漏らさず聞いてるわよっ!! こんな時に限って、いつまでフラフラしているつもりなのよ!? 本当に信じられない!!」

「……まだ連絡がつかないんだ」

 思わず項垂れたライルだったが、ここでソニアが我に返って問いを重ねた。


「ちょっと待って。まさかその情報で、ずっと私達を探していたの?」

 その問いに、ライルは即座に真剣な面持ちになって答える。


「そうじゃないんだ。探したのは確かだけど、先代の大公殿下がすぐに捜索を打ち切ったんだよ。当然エリアス殿下は抵抗したけど『あの馬鹿が側妃殿にした暴挙を考えると、国内融和のためにあれを殺さずにラルグ子爵として遇した以上、進んで名乗り出るとは思えない。逆恨みで危害を加えられるかもと警戒しているだろう』と説得したんだ」

「賢明な判断だったわね……」

「それで殿下は仕方なく、万が一名乗り出てきたら保護するようにと先代大公に依頼してアルテリアに帰国したんだ。そして自分がここに大公として赴任した直後から再度捜索したけど、当時の使用人達の所在も曖昧になっていたりして、新しい情報は集まらずに手詰まりだったようだね」

「なるほど……。この間の事情が良く分かったわ」

 ここまで話を聞いたソニアは、疲労感満載の溜め息を吐いた。そんな姉に、ライルが如何にも申し訳なさそうに申し出る。


「その……、姉様? 今後の事だけど……」

 もの凄く言いにくそうに話を切り出した弟を見て、ソニアは苦笑しながら言い聞かせた。


「分かっているわよ。城での仕事を続けたいんでしょう? 身元がバレる危険性はあるけど、そもそもの情報がかなり違っているわけだし、慎重にしていれば大丈夫じゃない? あなたの好きにしなさい」

「良いの?」

「せっかくやりたい事が見つかったんだから、納得がいくまで頑張ってみなさい。ライルの事は信用しているから」

 それを聞いたライルは、心底嬉しそうに笑いながら頷く。


「分かった。ありがとう。頑張るよ」

「ええ。あなたの事は信用しているのよ、あなたの事は……」

 そこでソニアが、物憂げに呟きながら微妙に視線を逸らす。目の前の姉が言いたいことが良く分かってしまったライルは、決意も新たに申し出た。


「姉さんについては、できるだけ目を光らせておく。間違ってもボロを出さないように、徹底的に指導しておくよ」

「そうしてちょうだい」

 真剣な面持ちで頷き合った姉弟は、そこで揃って深い溜息を吐いた。



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